DreamMaker2 Sample 「・・・お主、少し年の離れた生き別れの姉とかおるか?」
「は?」
おさげの少女、天内理子の言葉に思わず五条悟は素っ頓狂な声を出した。
季節は春。肌寒い冬は終わり、厚手のコートも必要なくなってきた季節。五条悟と夏油はある任務を任されることになった。
天内理子の護衛と抹消。呪術界に欠かせない、数百年を生きる天元という存在がいる。天元は結界を張る術式に優れ、彼らが通う高専も天元の結界により守られている。本来、天元は不死。けれど500年に一度、肉体は変えなければならなかった。その対象が天内 理子。女子中学生であるおさげの少女である。彼女は数日後に天元との同期が備えている。それまでの間、同期化に反発し星漿体である天内理子を葬ろうとする者達から、既に最強と名高い高専の五条悟、夏油傑両名に護衛を任されることになったのである。天元様の同期化が失敗すれば、一般社会にも影響が及ぶ。心してかかれ。と彼らの担任から険しい表情で――といっても元から極道顔負けな強面な教師だ――夜蛾から任命された彼らは、神妙に顔を引き締める。と、思いきや既に負けるという事を知らない強さを持っていた。気が抜けた返事ともにそれよか放課後ゲーセンに行こーぜと誘う白銀の髪の少年に、諫めてはいるもののちゃっかり私はボーリングが良いなと答える黒髪の少年。即座に担任である夜峨から雷が落ちたのは言うまでもなかった。
片や生まれたときから最強を約束された御三家の子息。しかしそんな背景故に捻くれに捻た非行少年。もう片方は一見温和な口ぶりで真面目そうに見えるが、その不良少年と親友である時点で根っこは軽薄な少年と、こうして不安しか感じないものの力に関してはこれ以上ないほど信頼できる最強ペアがここに揃ったのである。
と、なれば「俺達ならラクショーでしょ」とポケットに手を突っ込み隠さずに緩み切った態度を出す非行少年、五条悟に対して「油断は禁物だよ」と正論で諭すものの冬服は暑くなってきたし、そろそろ夏服出すかななんて任務とは異なる考えをしている外面は真面目な軽薄少年、夏油傑。しかし、そんな彼等でもさすがに護衛対象との初顔合わせではきちんとだらけた様子なく対応するはずであった。直前までだらけきっていても、さすがに対象が現れればそうした様子で振る舞うつもりはない。そんな様子でもして、もし担任に報告でも入れられたら真っ先に怒鳴り声と共に拳骨が降り今時珍しい古典的な罰としてバケツを両手に下げて廊下に立たされるだけだ。だからまあ、それなりに。気を引き締めて邂逅に臨んだのだが。
早速襲われていたQの強襲をサクッと退け、改めて自己紹介を行おうとすれば、出会い頭、顔を合わせるなり少女と彼女に付きそうメイドは目を丸々とした直後、神妙な顔つきで唸った。彼女たちはじい、と頭からつま先まで最強ペアの片割れ、五条悟を見る。穴が開きそうなほど見られた五条悟といえば、不躾な視線に隠さず眉を潜める。彼は自身の容姿を十分自覚していた。今は胡散臭い丸サングラスをかけて多少落ち着いてはいるが、昔から家から抜け出した先で町中での視線は随分と好機に満ちたものであった。声をかけられるのも数え出したらキリがない。顔を赤らめ、熱っぽい視線を向けられるのは慣れている。けれど顔をしかし彼女達の様子は、そういったものではなかった。丸サングラスに全身黒の制服姿から、不審者を見る目でもない。
んだよ、と彼の口から乱雑な言葉が飛び出る前だ。護衛対象である少女、天内理子から出た思わぬ問いは五条悟を、そして内心首を傾げて様子を見ていた夏油を呆気に取らせるには十分だった。
揶揄っているのかと五条は思ったが、二人は随分と真面目な表情を浮かべている。
こう言っては何だが、御三家、五条家の子息なんて呪術界で知らぬ者はいない。そんなもの、聞く前から分かっているだろうに。五条は質問の意図を掴めず呆気にとられた表情から眉を潜めた。
「んなもんねぇーよ。いたらクソみたいな五条家も少しは大人しかっただろうよ」
五条の回答に二人は少し、何故か安堵の表情を浮かべた。しかし、依然として腑に落ちていないようで五条を見て首を傾げる。
「なにか・・・?」
何か気にかかる事があるのだろうが。静観していた夏油が尋ねると、理子の隣に佇んでいたメイドが頭を下げた。
「突然の質問、失礼いたしました。悟様の呪力が、うちのメイドのものと似ていらしたので・・・」
天内理子の世話役は、この場にいるメイドだけではない。もう一人、数か月前から雇っている者がいた。といっても、ほぼ保護しているようなものだ。彼女は数ヶ月前、道端に倒れていた女である。
道端に倒れていた彼女に救急車を呼んだのはいいが、彼女が目を覚ましても、身元が分からなかったのだ。身分証もなく、小銭をいれた財布だけを持った彼女はコンビニ向かう途中だったのだという。目が覚めて告げられた住所に名前、勤務先に家族構成。しかし彼女から告げられたものは全て存在しなかった。
第一発見者の彼女達に連絡は真っ先にきた。何か知らないか、と。
天内理子のメイドであり、多少呪術の心得もある黒井は真っ先に検討がついた。呪術が関係している。発見した直後から、女の纏う呪力は異常だったからだ。そうとなれば、医療機関等ではなく専門の者に託した方がいい。けれどその前に、一度この目で再度確認した方がいいだろう。そう思って改めて女が入院しているという病院に向かおうとすれば彼女の主人である天内理子が、何かあったのか、と尋ねてきた。
少女は天元様の星漿体ではあるが、彼女自身は一般の中学校に通う普通の少女だ。特殊な体から呪力や呪霊を見ることは出来ても、ただそれだけ。祓う力もない。後々天元様になる事は生まれた時の定めであっても、呪術の世界に浸ることもない善良な少女が、目の前で倒れていた女性のその後を心配するのは当然のこととも言えた。視線を彷徨わせ、黒井は悩んだ。けれど幼い主人の目の縋るような結局負けてしまい、白状してしまった当時は随分と自分を責めた。
―――けれど結果的に、この時の決断を黒井は心からよかったと思う。
女の事情を聞いた理子は、途端女に対して同情的になる。彼女に両親はいない。幼いころ事故で亡くしているのだ。独り身であった彼女にとって、世話役である黒井だけが家族のような存在であった。だからこそ、身元のない女に共感されてしまったのだろう。そこからはトントン拍子に進んだ。黒井の得体の知れない、理子様に害をなす者かも、という忠言にも耳をかさず理子は強引に自身のメイドとして雇い入れる―――保護することに決めたのである。
帰る所がないと、寂しい。ぽつりと理子から零されてしまえば、結局理子に甘い黒井は反対を押し切る事は出来なかったのだ。理子様に害をなすような変な様子でも見せれば速攻首を撥ねる。穏やかな笑顔の下で当分、黒井は目を光らせていた。けれどそれは気鬱だったと分かるのは1か月もしなかった。
当然のごとく疑う事をしらない理子がまず2日もかからず身元不明の女――に懐いた。黒井は監視の目を更に強くする。近づいた傍で理子さまに害する可能性は高い。けれどは、何時だって隙だらけだった。仕事は雇われたメイドとして、それ以上に身元のない自分を保護してくれたと随分と熱心にこなす。一方でと理子が揃えば、ほんわかと辺りに花が漂っているような気すらした。
鎌をかけた彼女の纏う呪力や外中で漂っていた低級な呪霊にも、彼女は一切反応しない。演技かもしれないとそれでも警戒を緩めず、黒井はかなり粘った。けれど彼女を保護して1ヶ月後。理子の笑顔は曇ることなく、むしろ自分とは違い全うな感覚を持ち、接する彼女と過ごす様子は楽しそうで。――そういう自分も、穏やかな同僚にすっかり絆されていた。
「そいつは来てねーの?」
自身と似たような呪力と言われれば当然興味が沸く。しかし同じ世話役にも拘わらずこの場に他の姿はない。五条悟の問いに、黒井は首を降った。
「彼女はあくまで理子さまの世話係の、非呪術師なので」
は呪力を纏っているが、一般人だ。理子も黒井も。平穏な日常の象徴たる人物だと今では認識している。
常に死が間近に横たわる呪術界とは無縁で、最も危険を伴うこの期間を彼女と過ごすつもりはない。それは主人である理子の意向だった。黒井の言葉を受けて、一般家庭で育った故にまとまな感覚を持つ夏油が気遣うようにちらりと理子へと視線を向けた。
「・・・彼女と別れは済んでいるのかい?」
「あやつは一般人だ。知らせる必要はないし、知った所で、悪戯に悲しませてしまうだけじゃ」
この数日後が過ぎれば、理子は天元と同化する。もう二度と会うことはないだろう。気遣う夏油に、少女は首を降った。
「出先の不幸な事故で死んだ事にすれば、あやつは優しいからな。一時は悲しんでくるじゃろうが、いずれ忘れよう。
 もちろん、妾は死ぬわけではなく天元さまとなるだけなのじゃがな!」
死ぬのではない!と快活に笑う理子に、傍に控えた黒井は一瞬悲しげに表情を歪める。夏油もまた眉を潜めている。

彼女達の様子を見ながら、五条は首裏をかいた。最強たる自分と似た呪力に興味は惹かれたが、ただの一般人だという。一瞬で彼の興味は失せた。
星漿体、宿儺の指等、呪術にはまだ解明されていないことが多々がある。なら、ただの一般人が特異体質で呪力を纏う可能性もないとはいえない。まあ、ただの一般人であれば十中八九呪具が原因だろうが。
興味はない。が、見るからに彼女を想って離れましたと言わばかりの二人の様子に、ふと思った。

俺なら地獄の底だろうが、何があっても手離さない。
唐突に、思い当たる人物もいないというのに、彼はそう思った。


***


は、小さな主人である天内理子と、彼女の世話役であり同僚の黒井を大切に思っていた。何しろ、気づいたら見知らぬ病院にいて、何かしら事件の可能性もあると事情聴取を受けて住所や名前を告げれば、そんなものは存在しないという。いやいや、そちらこそあり得ない、とからかっているのかと疑うに、医者は記憶喪失ではないかと言い出し警察は変な薬でも飲んだかと疑い始める始末。あり得ないと思っていてもびっくりと掲げられたプレートをつい探しただったが、ついぞそんなプレートは見つからず。は現状を受け止めざるを得なくなる。
突然全てを失うことになった失意の最中、彼女を雇うといったのは倒れていたを見つけて救急車を呼んでくれた少女だった。戸籍もないのに、どうやって。そもそも事件かと警察すら疑っているのに。そう思った彼女に、少女は妾は天内じゃからな!と謎の発言を胸を張り宣言してーー本当に、どういうことか突然事情聴取は終わり、彼女に腕を引かれメイドとして雇われる事になったが。
古風な口調といい少し変わったな面はあるものの小さな主人と、同僚として頼りのある黒井。が彼女達を大切な人達と思うには時間はかからなかった。


だから、数日出かけると言った二人を笑顔で見送ったあとも彼女達が戻るまで綺麗に部屋を保ち、彼女達が戻った時には日頃の感謝もこめてご馳走も用意しようと考えていた。理子の好きなメニューのレシピをお復習し、食材を調達に走る。黒井には戻ってから仕事をしばらくしなくても良いように準備する。
理子達が出掛けて、二日目の事である。ポケットにしまったの携帯が鳴った。この携帯も、理子達が用意してくれたものだ。なんだろう、と見れば同僚である黒井からのメールだった。もうすぐ帰ってくるとの報せかもしれない。早朝から下準備を進めていたは手を止めて文面に目を通す。読み進める内に、しかしの表情は色を失った。文面を読んで、すぐには内容を飲み込めなかった。そんな事、あるはずがない。一般人である彼女にとって、黒井の話は――随分と軽略されてはいるが――それでも、到底信じることのできない話だった。けれど、悩んだ末から送られたのだろう彼女の文面からこれだけはわかった。
理子が、いなくなる。
顔面を蒼白させたは、携帯を握りしめて、急いで家から飛び出した。
目指すは、理子に最期の別れを告げれる場所。メールに記載されていた都外の住所――都立呪術高専だ。


***


刺客に常に狙われ続け、天元様との同化当日。高専までついたところで、待ち伏せする人物がいた。
伏黒甚爾。現天元を唯一無二とし、理子との同期化を拒絶する宗教集団、盤星教に雇われた者だ。得意な体質であるが故に高専内に潜りこみ、男は五条に不意打ちを食らわせた。あの五条悟相手にだ。
男は御三家の1つ、禅院家の者だった。男は呪力を持たないが故に天与呪縛として身体能力が異常に強化されている。だが祓う力がない故に家からは見下され、男は家を出る。禅院家の落ちこぼれーーしかし、術師殺しと名を馳せる男。呪術師である五条達にとって、最悪な相手といえよう。伏黒の相手はそのまま五条がすることで、天内達は門の向こうへと進む事になる。高専内で最も天元様に近く、固い結界に守られる門内に入れば、いかに手練れであろうとも理子にはもう誰も手出しが出来ないからだ。

五条に背中を任せ、理子達は鳥居をくぐっていく。
――高専最下層、薨星宮参道。
鳥居の先、昇降機で降り続けたそこは、天元様へのお膝元へと向かう一歩手前の場所であった。金属が擦れ、扉が開く。降りた昇降機から進み、しばらくすると薨星宮手前の広い広間にたどり着いた。しかしそこには、思わぬ人物が立っていた。理子は目を見開く。
「・・・?」
メイド服に身を包む20代の女は、この場にいるはずのない者だ。ひょんなことから保護する事なった非呪術師。理子の世話役であり黒井の同僚ーーだ。
彼女は真剣な表情でこちらを見ていた。
理子達がやって来たことに気付くと足早に近寄る。そのまま呆然とする理子を、は抱き締めた。
「よかった理子ちゃん・・・!間に合った・・・!!」
警戒した様子なく、むしろほっとした表情を浮かべた黒井に、夏油は彼女達を静観することにした。彼女が黒井が言っていた、もう一人の世話役なのだろう。黒井と同じメイド服であることもそうだが、彼女達が当初言っていた通りだ。彼女の纏う呪力は見慣れたものに似すぎている。まさに、五条悟のものそのもの。どういう事だ、と夏油は困惑する。
理子もまた、置いてきたはずの世話役に困惑した。
「なんで、仰ってくれなかったんですか・・・!
 なんで、置いてきぼりにしたんですか・・・!!黒井さんが連絡をくれなかったら、今頃・・・!!」
「・・・申し訳ございません。理子さま」
の言葉に、理子は黒井へと視線を向けた。黒井は理子の咎める視線を受け、謝罪を述べる。
その時、理子を抱き締める力が強まる。
「私、今から駄々をこねます」
そう言って、は理子と向き直った。ここまで来れたのは、一重に高専までの道を黒井が教えてくれたから。そして勢いのまま来たはいいが、高専の外ではしばらく手詰まりだったのだ。天内理子の使用人だから会わせろと言われてはい、わかりましたと通してくれるとは思えなかったのだ。
そのわりには何故か、門番はを見て随分と驚愕し若干恐れた様子で引っ込んだがーー余程鬼気迫る切羽詰まった表情をしていたのだろうとは思った。事実はあの五条悟の呪力を纏っていることに戦いた門番が直ぐ様夜俄を呼んだのだがーーそうしてやって来た高専の教師だと言う随分と怖面の夜俄に若干気圧されながらも説明したところ、関係者としてはここで理子が訪れるのを待つことができたのだ。存外、人情深い人物だったらしい。怖面だけど。
本当に、現象はなんとか間に合ったような状況だ。は理子の目を見る。
「私、理子ちゃんが好きなお料理作って、黒井さんが少しでも息を抜けるように準備万端にしてたんですよ。
 まだ理子ちゃん達に全然、恩返し出来てないんです」
理子の眉は下がり、瞳は揺れている。いや、の視界が揺れているのかもしれない。目に浮かび上がる熱を必死に堪えながら、は伝える。
「私は多分、全然、理子ちゃんが置かれてる状況も、葛藤も分かりません。
 二人が何かを隠したがってるのも・・・結局、私には分からないままです」
警察への事情説明も必要なく、身元不明のを引きとった理子。一緒に過ごす内に彼女達はには見えない何かが見えてるとは勘づくようになった。それを二人は隠しているようだったから、は追及しなかったが。だってそんなもの、関係ないほどは二人を大切に思っている。
彼女達のいる世界もこの場所も、は普通とは違うと感じとっても何かは分からないままだ。それでもたった一つなら、よく知っている。
「けど、いくら理子ちゃんが特別でも!私も、黒井さんも!
 理子ちゃんが普通の女の子だって知っています!!お願いです、理子ちゃん・・・!!」
震える手を押さえて、理子の力なくぶら下がっている掌を握る。すがるように、祈るように。にはそれしか出来ない。
理子の視線が、目の前で堪えるに向かう。理子より少し大きくて、体温は低いのに不思議と暖かいの手。
ふと、その手の上に重ねられる。
見知ったそれは、理子を幼い頃からずっと見守ってきたもの。はっとして視線を上げれば何時のにか傍らに佇んでいた黒井が、何時も冷静な彼女が泣きそうになりながらも手を重ねていた。
「私達は最強なんだ」
三人の様子を見守っていた夏油が、そこで口を開いた。親友そのものの呪力を持つ女性は気になるがーー彼女はただ黒井と同じように理子を想っている。
初めから、夏油も五条も違和感を持っていた。今回の任務は天内理子の護衛と抹消。それはただ、同化する理子を守り、天元様となる彼女が消えるのを見届ける、そういった意味で担任である夜俄が言ったとは思えなかったのだ。
彼女が生きたいと言ったならば。事前に五条と話していた夏油は、既に結論を出していた。
「理子ちゃんがどんな選択をしようとも、君の未来は保証する」
優しげな眼で、夏油は告げる。夏油の眼差しから、震えるに、今までに見たことがないほど堪えた表情を浮かべる黒井へと視線が向ける。
ふと脳裏に今までの日常が浮かんだ。いつだって今まで見守ってくれた世話役の黒井。たった数ヶ月で打ち解けた。今はこの場にいないが護衛の五条と夏油達とともに訪れた水族館と。ばいばいも言えなかった、学校の同級生達。
ぽつり、と理子は溢す。
「私は生まれた時から特別で、
皆とは違うって言われ続けて。
私にとって特別が普通で、危ないことはなるべく避けてこの日のために生きてきた。
お母さんとお父さんがいなくなった時のことは覚えてないの。
もう悲しくも寂しくもない。
だから同化で、皆と離れ離れになっても大丈夫って思ってた」
だって、知っている。
初めは苦しくて、何度もなんで、と叫び続けた感情もいつかは薄れていく。
「どんなに辛くたって、いつか悲しくも寂しくもなくなるって。・・・でもっ、
でもやっぱり・・・もっと皆と一緒にいたい・・・!」
理子の言葉に、は顔を上げる。相変わらずぼんやりとしたの視界は、隠しきれない涙で覆われてしまっている。
けれど、その先で彼女は見てしまった。
「もっと皆と色んなところに行って、色んなものを見て・・・!・・・・もっと!!」
「帰ろう、理子ちゃん」
理子へと、夏油が優しく手を伸ばす。延長線上にいるのは、だけで気づけたのも彼女だけだった。
目尻に涙を浮かべつつも微笑んだ理子は、夏油の手を取ろうとする。「うん・・・!」
「理子ちゃん!」
次の瞬間、タンと乾いた音が空間に響いた。
咄嗟に理子を押し退けた体が倒れていく。庇われた理子がの腕の中で表情を失くした。
「はるか・・・?」
「あーズレたか」
呆然とするその場に軽薄な声がした。数分前、聞いたばかりの声だ。
すぐさま夏油と黒井が警戒体制をとる。理子はまだ、衝撃に呆然としたままだ。
夏油は叫ぶ。
「黒井さん!理子ちゃんを連れて逃げて下さい!」
気だるげな様子でやってくるのは、硝煙を纏った拳銃を片手にした伏黒甚爾。五条と相対しているであろう男だった。
「なんで、お前がここにいる?」
使役する竜の姿の呪霊を現した夏油は、鋭い視線のまま尋ねる。しかし殺気を投げかける夏油を歯牙にもかけず、伏黒は平然と答えた。
「あ?あのガキを殺したからだよ」
「いたた・・・」
!!!」
膨れ上がった殺気は、しかしすぐに拡散した。
うめき声に、まさかと視線を走らせたのは夏油だけではない。先ほど理子を庇い頭部を撃たれたはずの女が、傷ひとつなく起き上がろうとしているのだ。夏油は目を疑い、改めてメイドを見た伏黒は顔を嫌悪に歪める。「うっげぇ・・・」
「俺でも分かるほど、気持ち悪ぃ呪力纏わりつかせがって・・・」
男は天与呪縛により呪力を持たない。しかし見ることならば出来る。女が纏っているのは、紛れものくつい先程相対したばかりの五条悟の呪力そのもの。女は何が起きているか分からず目を白黒させているが、発動されているのは無下限呪術。五条家相伝の術式。女が致命傷を受けても傷ひとつついていないのは、それに他ならない。思わず伏黒は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「あの糞ガキ、めんどくせぇことしやがる。
あんた、あのガキの女か?」
理子を咄嗟に庇い、撃たれたはずのは混乱に襲われながらも問いかけてくる侵入者を見る。しかし生憎、男の言っていることは皆目には見当がつかなかった。溜め息を吐くと男は首裏をかく。
「まあ、面倒なガキももういねぇ。何回か攻撃を喰らわせれば壊れんだろ」
そう言って、男は一降りの刀を手に空を斬った。



再会まで、あと僅か




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