DreamMaker2 Sample その日は、兎に角ついてない一日だった。

まず、朝から天気が悪く空には分厚い鈍色の雲が覆っていた。朝一で外への任務が入っていた五条は今にも雨が降りそうな空に、ツイてねぇー、と内心うんざりした。 任務中に雨でも降れば無下限で弾けばいいが、確実に足場は悪くなる。場が開けていれば浮く事で対処も出来るが、はたして任務地は都会から離れた森の奥であった。 運悪くも現場に到着後、雨は本降りになり始め、案の定足場はすぐさま泥濘でいく。鬱蒼と茂る葉に覆われた暗い森の中で、五条はイライラが募っていく。
その日に限って、討伐対象の呪霊はちょこまかと動き回る小賢しさがあった。さっさと終わらせて街中をぶらついたり、高専に戻ってこの間の桃鉄の続きを傑とするのもいい。
無下限術式で調整してもいいが、呪霊を相手にしながらでは未だに精密さに欠けてしまう。雨で濡れることは防ぐものの、フルオートに切り替えは出来ないから泥濘は妥協せねばならない。
一刻も早く、この場から去りたいとしか考えていなかった五条はついイラッとしてしまう。

(あ、やべ)

炸裂する閃光に、次いで囂々とする爆音。
気付いた時には呪霊ごと草木をなぎ倒し、大地を剥きだしにした森の跡が続く。あまりの衝撃に雨すら割き、空には晴れ間が覗いてる。思い出したようにぽたり、ぽたりと小雨が落ち始めた辺りで、動きを止めていた五条は思いなおす。

(まっ、仕方ないか。
呪霊は祓ったし結果オーライ!)

山の一部を消し去っても何のその。顔を蒼褪めることもなく、いっそスッキリした表情で開き直る性格はまさに悪童。五条は悪びれた様子もなく片手をポケットに突っ込むと、ざあざあと空が本降りを始める中、軽い足取りで付き添いの補助監督の元へと向かうのだった。


麓に止めていた補助監督の車の元へと下ると、任務についていた補助監督は車の外に立っていた。指先まで綺麗に伸ばした直立をし、顔を青褪めさせ、携帯片手に何やら話している。 すると五条に気づいた補助監督は、電話を切る事無く手に持っていた携帯を五条へと渡してきた。促されるまま渡された携帯を受け取れば、すぐさま鼓膜を殴りつけるような怒鳴り声が飛ぶ。電話越しにも拘らず相変わらず厳つい声である。夜蛾センーー五条の担任だ。

それから長々と、約10分程の説教が続いた。どうやら山を消し飛ばしたことに大分お冠らしい。携帯から距離をとり適当に相槌を打つ。それが夜蛾の怒りを助長させているのだが、悪童に反省の色は浮かばなかった。止まらない説教に、こりゃ、帰ったら拳骨を落とされるな、と察した五条は街中でばっくれる算段を立てたが、察した夜蛾に先回りをされ、すでに補助監督には高専に直帰するよう指示を出されていた。この時点で五条の気分は最悪であった。
しかもせめてもと嫌がる補助監督を拝み倒して小休憩に寄ったコンビニですら、その日に限って五条の気に入りの菓子はどれも売り切れている。伽藍とした棚を前に、やる気のないコンビニ定員の声さえ苛立ちが嵩増しされていく。仕方がなしに渋々妥協し、目について購入した酢昆布片手にコンビニを出ればカラりと晴れた青い空が広がっていた。数分前の悪天候が嘘のようである。
街中で遊ぶことも出来ず、甘いものも補充できない。高専に戻れば担任が仁王立ちで待っているだろう。・・・ついてねぇー、と五条は舌打ちを零した。


高専に戻った五条は予想通り、額に青筋を浮かべた夜蛾に出迎えられ、特大の雷を落とされる事になる。
それだけで済まず、罰として高専内にある境内の掃除を科せられる。ヒリヒリと未だに痛む後頭部を摩り、たん瘤が出来ていないか確認する。夜蛾センの所為で俺の冴えわたる脳細胞が一万死んだ。と零せば、その日は任務もなく教室で座学を受けていた傑に目で嘲笑を浮かべられ、うっかりカチンときた五条と喧嘩になりかける。少しは抑えろといった傍から椅子をはっ倒し、血の気の多い五条に夜蛾が追加の罰として掃除を申しつけたのだ。なお、この間同級生である硝子は関わりたくないと視線すら寄越していない。
基本的に喧嘩両成敗の夜蛾だが、今回はまだ手を出していないとの事で夏油には小言だけ終わった。頭を摩りながら、相変わらず優等生面だけは上手い事で。と零す。竹箒片手に境内までやってきたところで、五条は落ち葉を眺めてピンと閃いた。
これ、術式使えば一瞬じゃね?
蒼の原理で集めてしまえば態々箒で集める必要もない。ヤバ。俺って天才すぎ。なんて自画自賛しながら一瞬で落ち葉を集める事に成功した五条は、早々に竹箒を放り投げた。
すぐに戻ってしまえば、ズルをしたと夜蛾センにバレて雷を落とされるだろう。少し時間を潰してから戻ればいい。休憩、休憩。五条は長い足を投げると、かけていた丸サングラスを外し、社にどかりを腰を掛けた。
今朝の鈍空とは打って変わり、快晴の空をぼんやりと眺める。
間延びした白い雲の数を数え始めるほど、暇だった。任務の時もこんだけ晴れてればマシだったろーに。天候と立地、呪霊の相性もあったが、少なくても初めで出頭を挫かれなければ、術式の調整を誤って山を吹き飛ばし、夜蛾センに絞られることもなかった。 一つ一つは大したことはなくても、小さな運の悪さが積み重なり続け、兎に角、ついてない。今日一日散々だった。鬱憤を吐き出すように、五条は頭を掻きむしる。
暇つぶしにコンビニで買った酢昆布でも食うか、なんてポケットを漁り始めた時である。

カツン、と小石が蹴る音がした。

同時に、五条がぼんやりと空を眺めている内にいつの間にかたむろっていたのだろう、境内にいる鳩達が小石に驚いて一斉に空へと飛び去っていく。

バサバサと鳥が羽ばたいていく向こう側、黒い目がこちらを見ていた。

五条は思わず目を見張る。境内の向こう側、女は紅い鳥居の向こうから突如として現れた。
女はそれまで『いなかった』
気配を察せられなかった、その可能性も零ではない。しかし五条の持つ碧い眼ーー六眼は、見過ごさない。
呪力がない訳でもないが、なけなしといった程度の、僅かばかりの呪力を纏った女は五条の眼から視れば、文字通り突然現れたのだ。
―――神隠しか
状況を分析し、瞬時にそういった部類だと五条は気付く。天元の結界により部外者は入ることの出来ない呪術高専に、気配もなく突然現れた女。

女は、随分と混乱しているようだった。固い表情で、仕切りに瞬きを繰り返している。
目を泳せていた女が、口元を引き結び、意を決して口を開こうとする前に、五条は社にかけていた腰を上げて言葉を被せた。「ストップ」

「お前、名前は言うなよ」

虚を突かれたように目を瞬かせる女に、両ポケットに手を突っ込んだまま五条は続ける。

「ここの人間でもないのに、本名でも名乗っちまったら、根付くだろ」

女がこの場に現れた瞬間を目撃したからこそ、五条は女はがこの時代の人間ではないと確信していた。
ならば、本名を口にする事はまずい。名は体を表すというが、まさにもっともといったことで視えないモノを視る呪術界において、言葉の持つ力は強い。言葉で呪う呪言師といった存在もあるほどだ。
いずれいなくなる女が、名を浸透させる訳にはいかなかった。女は困惑を口にする。「なんで・・・」
五条は己の碧い目を指さす。

「俺、目が良いから、お前がここの人間じゃねぇのも分かんの。
 言葉っつーのは何が呪いになるかわかんねぇから。異分子なら気をつけろ」

女が息を飲む気配がした。

「・・・あー」

言葉の選択をミスったかもしれない。強張った表情の女に、五条は頭を掻く。
女の表情は相変わらず硬いままだ。どうにも、こういった対応は苦手だ。特に、女子供。術者なら誰しも性格がイっているからまだしも、非術師となれば、大雑把な五条からすれば、どうすればいいのかわからない。
非術師でも、図太く強かなものもいる。そうした奴なら付き合いやすいが、しかし黒い目を不安に揺らす女は、どうみてもその部類ではない。五条が苦手とする部類だ。こんな時こそ同級生であり五条からすれば面の厚い似非紳士の傑がいればいいのに。傍から見れば洗脳しての?と思ってしまうほどあっさりと女子供を丸め込んでしまうのは、あいつの得意分野だ。
頭を掻きながら、傑を呼んでくるかな、と考えがちらりと脳裏に過る。女を横目で見れば、意外にも黒い目はじっとこちらを見上げていた。
相変わらず不安に揺れた眼は隠しようもない。悲観のような色を宿し、若干浮かんでいる膜は半透明で、涙腺が緩みかけているかもしれない。
泣かれるのは特に苦手だ。挙句喚かれでもしたら、問答無用でほかの人間に擦り付けてきた。面倒だからだ。手がかかるのはうんざりするし、関わりたくもない。
女は泣きそうな表情で、なのに泣くことはない。目を逸らさずにいる点から、意外にも肝は据わっているのだろう。
ーーー次第点だ。

「しかたねぇーから、連れてってやる」

五条はそれだけ零すと、踵を返した。

「ついてこい」

五条は女が表れた瞬間を特殊な目で見たからこそ、現状を受けいることができた。しかし一般人に見える女は別だろう。状況も説明しない五条に困惑し、連いてくることはないかもしれない。事実、踵を返す直前に見た女は、呆気にとられたような表情をしていた。

来るか、来ないか

五条は振り返らない。さっさと境内を後にするべく足を動かす。
ーー背後で砂利を踏む足音がした。
どうにも見た目に反して、図太いらしい。悉く予想を覆して、背後の足音は続く。ここまで泣き喚かないのも、決断が出来るのも悪くはない。面倒がかからず、好む見た目ではないが、嫌悪感を抱く事もない人間だ。

ーーーーなのに女の目を思い出すと、妙に腹の底がざわついた。




邂逅





「あれ、五条先生?」

高専内にある寮で暮らす虎杖は、自室から出たところで以外に人物と出くわした。
純和風の木材で出来た、明け透けに言えば古びた日本家屋には不釣り合いな、白銀の髪に長身。黒い衣服を纏い目を黒い布で覆った男は自身の受け持つ生徒にゆるりと片手を上げた。「やっ、悠仁」

「久しぶりに五条先生見たなー。任務でも行ってたの?」

担任である男が高専内にいても何も可笑しくはない。しかし声を上げたのは、男を随分と久しぶりに見かけたからだ。
ここ最近、姿を見かけることがなかった男は肩を竦める。

「いや、探し物があってね。しばらく蔵所に籠ってたんだよ」
「へぇーなんか意外」

先生、最強だし。虎杖が知る限り、五条は正に天上天下、唯我独尊。物を調べるといった行為すら必要がないようにすら見える。
その五条がここ数週間見かけなかった間蔵所に篭っていたとは、随分な事である。純粋に気にかかかる虎杖に対して、五条は人差し指を上げる。

「伊地知には内緒だよ」

五条さん居ませんか!?と濁流と汗と涙を流し探し回っていた補助監督である伊地知の苦労は報われない。
もしここに虎杖以外の生徒がいれば、どうせただのサボりだろ、と突っ込みを入れるだろう。しかしこの場には純粋な虎杖しかいないので、欠片も疑うことなく五条に尋ねた。

「それで、探し物はみつかったん?」

対して、五条はにっこりと笑った。

「ぜぇ〜んぜっっん!もう笑っちゃうくらい、綺麗にありませんでしたっ!」

いっそ清々しい程言い切った後、五条は頬に手を当ててシナを作った言い回しをする。「お陰さまで悟くんの珠の肌は寝不足よ?」嘆かわしい!と悲壮感溢れる表情を浮かべたかと思えば、五条は真横を指さす。

「だから、今度はこっちを探そうと思ってね」

示された先に視線をやって、虎杖は五条の目的を理解したものの、理解しきれず内心疑問符を浮かべる。
虎杖と五条が会ったのは高専内にある男子寮だ。そして五条が示したのは、虎杖の自室の隣の部屋だった。


ノックもなく五条は扉をあけ放つ。

「恵ー、入るよー」

声を掛けたのは既に入室した後である。プライバシーもなんのその。そこを退け退け五条悟様が通る。堂々たる入室に、こりゃ、伏黒怒るなと虎杖が思えば、案の定部屋の主である伏黒は顔を思いきり顰めてこちらを振り向いた。
伏黒の非難が飛ぶよりも早く、五条は伏黒の自室の惨状に小さく呟いた。

「・・・ふぅん、結構入り込んでたんだ」

虎杖には、五条の言葉の意味は分からなかった。しかし五条を追いかけるように伏黒の自室に入って、僅かに呆気にとられる。
普段なら生真面目な伏黒らしく、整理整頓された伏黒の部屋に物が乱雑されていたからだ。
テーブルの上に開きっぱなしページには、小さな伏黒と、姉らしき人物の写真が貼ってある。アルバムだ。
脇には何かの古びたチケットと、こちらも開きっぱなしの本が数冊。服も窓際に干しっぱなしで、畳んでいる気配もない。いつも小奇麗な伏黒の部屋には珍しく、荒れている印象だ。
ーーーそういえば、ここ最近伏黒の機嫌が悪かった。てっきり、腹でも下したかと思ってたけど。

ひょい、ひょい、と長い足を駆使して散らばった本を避けた五条が空いてる床のスペースにどかりと腰をかけた。

「恵さ、最近変だなーって思うことない?
自分なら買わないだろうモノが家にあったり、とか」

突然自室に入ってくるなり、勝手に部屋に胡坐をかいて居座った男に、伏黒は不快の色を隠さず顔をしかめていたが、五条の言葉に非難しようとしていた言葉を引っ込める。
にまにまといつも通り軽薄な笑みを浮かべた五条と、五条の的を得ない質問にも関わらずぴたりと動きを止めた伏黒に、虎杖は一人違和感を感じ始めていた。
ーーー何か、違う。
二人の様子はちぐはぐで、薄い氷の上に立っているような感覚だった。
五条の問いに、しばらく伏黒は無言だった。やがてぐぐ、っと眉間に皺を寄せて溜息をこぼす。

「・・・腹ん中が、ざわざわします。何かかは、わからないんっスが・・・
・・・兎に角、無償にムカつく」
「ははっ!」

伏黒は、憤りを隠せない様子だった。鋭い目つきをいつも以上に鋭くさせて吐き出した言葉が、伏黒の本音だろう。上手く覆い隠していた感情が剥き出しになり、僅かにピリついた空気の中、五条は一人、何故か手を叩いて笑った。え、今笑うところ?唖然と凝視する虎杖を他所に、五条は高鷹に頷く。

「ウンウン!わかるぅー!」

重い空気の伏黒に対して、きゃっきゃっとした様子の五条の腹は相変わらず読めなかった。「ほーんと、」そう零し、ふと五条の口元に浮かんでいた軽薄な笑みが消える。

「ーーどうしてやろうか。
 今からワクワクしてるよ」

空気が凍えていく心地がした。この場だけ暗雲が立ち込め、ブリザードが吹き荒れているような心地すらする。据わった表情の二人を前に、虎杖は思う。
なんで二人とも切れてんの・・・?
マジ切れである。理由は全く分からない。そしておそらく現在進行形でガチ切れの二人とも、原因を掴めていないのだろう、にも関わらずだ。
虎杖が感じていた違和感はこれであった。覆い隠していた本音が漏れだし、いっそ人でも殺ってきたんではないかと思うほど鋭く、狂猛な目だ。
二人の異様な様子に、虎杖は内心一人ガタガタ震えるのだった。





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