12月7日

DreamMaker2 Sample 青い空に囲まれた空間で、青空を閉じ込めたような神秘的な瞳を持つ小さな少年との夢は、あれから何度も見ることになる。
見た目が少女のように非常に整っていることも相まって、会話の少なかった数か月は、しかめっ面をするだけで反応も鈍く、まるでお人形さんのような印象を受けた。随分と浮世離れしていて世間に疎い、けれど中身は子供そのもので、外の世界に興味津々とが見せるものすべてに目だけは輝かせていた少年。初めは大人としての責務やら母性本能が掻き立てられただけだった。けれど徐々に懐き始める少年に、目に入れたら痛いが構う事は止められず。会う度に少年が蒼い目を細めて、嬉しそうに微笑むようになった頃にははすっかり親馬鹿に落ちていた。
今では当初は無口であった頃が想像つかない程、饒舌に話し屈託なく声を出して笑う。膝枕を強張っては、猫のようにすり寄る姿は癒し以外の何ものでもない。ふわふわとして、その癖サラサラな天使の輪を作る白銀の髪を撫でれば少年は嬉しそうに目を細める。
気が付けば3年の月日が流れ、子供であった彼も成長し随分と大きくなってきたが、今でも何かにつけてにくっつくことを止めない。さすがに子離れせねばとは思うものの、純粋に慕ってくる少年についついの猫可愛がりも進む一方だった。
だからその日も、彼女は少年を思いふと夜更けに外を出歩いていた。

2×××年、4月1日
その日は特別な日である。少年がとうとう中学校へと入学するのだ。義務教育である小学校は、彼のお家事情から通っていなかったのだという。ならば同級生がいる環境をさぞかし楽しみにしているかと思えば少し丸くはなかったが、スレている彼はその素振りを見せない。
昨夜桜を見せてもそっけないままだ。それでもは祝いたかった。彼が腰のあたりの小さな背の頃の三年前から共に夢の中で過ごしてきたのだ。すっかり、は保護者の心地である。どうすれば少年が喜んでくれるか考えて、思い浮かんだのは彼の誕生日だ。

初めて少年の誕生日を知ったのは、3年前、誕生日当日である。
何てこともないように、ようやく続くようになった会話の最中でさらっと告げられたのだ。慌てたのはである。
一瞬で頭が真っ白になり、こうしてはいられないと思いつく限りの誕生日パーティーを急遽開催。この頃には既に夢の中の空間ではの想像したものが現せられることが分かっていたから、折り紙の輪っかで作られたガーランドに、小さなテーブルとお誕生日席。とはいっても二人だけなのあまり大差はないが、なるべく中心に位置する場所に少年を座らせる。
頭にはカラフルなとんがり帽子を互いに被り、クラッカーを打ち鳴らせばハッピーバースデーと英字で書かれた色付きサングラスをかけられた少年はサングラスの向こう側で蒼い目を瞬かせていた。おめでとうの言葉とともに思いつく限りのごちそうと、ついつい張り切って現したウェディングのような二段重ねのケーキ。出した後にぽかんとした表情を浮かべる少年を前にやりすぎたと若干は反省したが、―――結果として少年はとても喜んでくれたらしい。というのも、この頃は打ち解け始めたばかりでその後、少年は始終むっすりとしていたからだ。少年が喜んでくれたと知ったのは、少年が後に、そっぽを向きながらお礼だといって綺麗な色の石がついたネックレスをプレゼントしてくれたからである。現実に起きれば手元になく身に着けることも叶わないが、夢の中では不思議といつも身についているネックレスはの大切な宝物だ。

あれから、彼は誕生日の二段ケーキを気に入ってくれたようで毎回それを強張る。
―――彼が喜んでくれるなら、これだろう。
甘いものがいつの間にか好物になっていた彼だが、二段ケーキは彼の中でも特別なようだから。そう検討はついたが、はそろそろバリエーションも変えたかった。
夢の中でははっきりとした姿かたちを思い浮かべなければ現せられない。見た目ならばネットサーフィンで漁ればどうにかなるが、味はが味わったものしか再現できないのだ。今までいそいそと色々なケーキを買い、リサーチを行ってきた。絶対に悟君が喜んでくれるケーキを出すぞ、と意気込んでいたは仕事が終わり家まで帰宅して、けれどそこから念押しでコンビニのケーキでも見てこようと思ったのだ。まあ、平たく言えば意気込んだあまり寝付きづらかったのである。昨今のコンビニスイーツは侮れない。何かしらインスピレーションが湧くかもしれないし、イメトレイメトレ。とは小銭だけを入れた財布をポケットに差し込み、家を後にしたのである。

数年前はしょっちゅう電灯が切れかかっていた道も、今では整備されたのかいつの間にか随分と明るくなっている。道脇に植えられた桜は花を咲かせ、雪のように闇夜に散っていた。ふと、道先の舞い散る桜の下で誰かがいるのが目に入る。
「ちょっと、お嬢さん」
小さな組み立て式の四角テーブルを前に、パイプ椅子に腰かけているのは年老いた老女だ。
机の前には潰れた缶ビールが1本と、飲みかけなのか2本目が置かれている。こんなところで夜桜の花見でもしているのだろうか?そう思ったの考えは次の瞬間吹き飛ぶ。
「あなた、あなたよ。あなた、何か悪いモノが憑いているわね」
おっと。ちょっとヤバめなお方だった。速攻で足早で去ろうとするだったが、すぐに肩を掴まれる。
「うん、これで大丈夫さね」
この老女、気が付けば背後に立っての肩を掴んでいたのである。僅かな酒の香りと共に、にんまりと赤い口紅をひいた老女の唇が弧を描く。
「っ!!」
恐怖のあまり戦慄して思わず手を払ったの反応は、至極当然なものであった。肌の穴という穴から冷汗が湧きだし、そのまま脇目もふらずその場から駆けだす。心臓がばくばくと鳴っていた。

振り払われたにも拘わらず、老女は脱兎と逃げる彼女の背を見て満足そうに頷いた。彼女の背にはもう、小さな黒い靄は乗っていない。大きさこそ大したことはないが、あれは人に多少害を与えるだろう。
老女は見える人間であった。だから彼女に憑いていたそれを親切心から祓ったのである。正真正銘の力を持つ彼女は、けれど、花見をする酔っ払いでもあった。

闇夜に消えていく彼女の背が、小さな靄が消えた途端大きく膨れ上がり彼女の体中を覆っていく。祓ったモノよりも、どす黒く質が悪いソレが胸元から背中を這い、手足を覆った。
やがて彼女の全身を覆いぱくん、と飲み込む。
その様を、酔っ払いの彼女は路地の向こうに走って消えただけだと呑気に勘違いしていた。

恐怖からか、体力的からはっはっと息を切らして走っていたは、心臓が早鐘のように鳴るまま走る。
絶対に、不審者だ。近づいちゃいけないタイプの人だ。ああいう人が子供を拐かしたりするのだろう。成人済みの女にも声をかける程だ。悟君みたいな可愛い子だったら絶対に有無を言わさず連れ去られてしまう。などと考えている彼女が、無垢だと信じてやまない少年の底の見えない思惑により有無を言わさず拐かされそうになっているとは、彼女は気付かない。
夢魔が万が一にも祓われてしまったときへの保険であり、彼女に危機が訪れない様にする為の保険。そして、いつか彼女を迎える道しるべ。
何をやらせても出来てしまう。呪術界のパワーバランスを崩した神童による、毎日毎日、ありったけの力(呪い)を込めて年数を重ねた彼女への贈り物。
闇はふわりと広がり、何も見えない一般人の彼女は覆われても気付かない。
けれど、走る彼女は唐突に足の力が抜けてしまう。驚くも間もなく、ぐらりと視界が揺れる。
―――暗転。


***


2005年、12月7日
東京都 原宿。メディアに掲載された有名なケーキ屋の前では多くの人が並んでいた。30分待ちだろうが魅惑の食べ物の為ならば。若い女性達を中心として並ぶ人の列の中に、制服を着た黒髪の三つ編みの少女と簡素なパンツスタイルに長い黒髪を後頭部で纏めた女性がいた。
「一度で良いから、食べてみたかったのじゃ!」
差して回りの若い女性達とも変わらない彼女達だが、制服を着た少女は随分と古風な口調であった。頬を紅潮させた彼女は、連れの女の腕を引っ張り目前に迫ったショーウィンドウを指さす。
「見ろ黒井!妾は2段ケーキがたべたいぞ!」
「二人でこの量はさすがに無理ですよ」
女は腕を引かれ苦笑を浮かべながらも、少女を諫める眼差しは暖かい。少女の口調こそ変わっているものの、どこにでもいる普通の人に見える。
ガラスの向こうにはキラキラとした宝石のようなフルーツに、ふわふわのクリームで飾られたケーキ。どれもこれも胸を弾ませるには十分で、列をなす人々の視線は皆そちらに向けられていた。
そんな中、瞬時に動けたのは彼女たちだけだった。

女性の声で軽やかだった空間に、突如悲鳴が上がる。驚いて振り向けば、女が一人背後の道端で倒れていた。ぐったりとした顔は、黒い髪に覆われて見えない。周囲の目はケーキに向かってはいたものの、女は突然現れたように見えた。
そう思えたのは、制服の少女の世話役であり、護衛でもある連れの女だけだった。二人は普通に見えるが、目に見えないものを知っている。周囲に脅威がないことをさっと確認してから、女は倒れている女に駆け寄った。
「理子さま!救急車を!!」
「わ、わかった!!」
楽しいその場から一遍、顔を青ざめていた少女は慌てて携帯を取り出す。私服に身を包んでいるものの護衛の女は眉を潜める。起こした女は気を失ったまま、目を覚まさない。脈は正常に動いているし怪我をしている様子もない。専門のよる詳しい検査をせねば原因は分からないが―
けれど普通ではない世界を知る彼女は、女の周りを包む呪力が気にかかった。それは決して、女へ害をなすわけではない。むしろ膜を張り、守っているのだろう。けれどあまりにも解れも淀みもなく、完璧すぎる守りだ。彼女を覆う呪力は害をなさずとも、逆に呪いが関係しているとしか思わずにはいられなかった。

女は昏々と眠り続ける。
女の胸元には、蒼い石のついたネックレスが輝いていた。


―――ケーキ屋の前で騒ぎが起きる、その数刻前。
黒い襟付きの学ランに、ボンタンズボン。後頭部で黒髪をお団子にした青年は携帯片手に原宿を歩いていた。携帯の向こうからは悲痛そうな声が喚き立てる。
「な ぁ ん で!誕生日なのに、俺は呪霊とデートしなきゃなんないわけ!?」
不満の声は力の限り通話先で喚いている。合間に肉を抉る音、断末魔が遠くから聞こえるから、今も呪霊と相対しているのだろう。学生だろうが、呪術師に休みなどない。それも強くなればなるほど、周囲に引っ張りだこだ。
事実、電話口の彼は今東京から離れた四国で呪霊退治中である。学生の身であるものの、既に一級呪術師である彼らは頻繁に全国へ派遣される。嘆く親友相手に、男は肩を竦める。「仕方ないさ、私達は人気者だからね」
けっと舌打ちの後に、再び通話先の向こうから地を這うような野太い呻き声があがる。誕生日に任務に駆り出された彼は機嫌が悪いようで、十中八九呪霊に八つ当たりじみた容赦ない攻撃をしているのだろう。
「お前、今どこいんの?」
まさに彼が想像した通り、呪霊を切り刻み、軽く足蹴にする彼は通話先ののんびりとした様子の彼に尋ねる。
「丁度任務が終わったところでね。原宿だよ」
「お、じゃあケーキ買ってきて!俺二段重ねのやつが良い!」
親友からの無茶ぶりに、思わず頬が引き攣った。
「ええ・・・いくら悟でもそれは無理だろう。私と家入は一切れしか食べないからな」
「いけると思うんだけどなぁ〜」
「食べたことはあるのかい?」
二段ケーキなど、ウェディングじゃあるまいし。と思ったところでタイミングよく視線の先に女性が列をなすケーキ屋が目に入った。ショーウィンドウに飾られたケーキはまさかの二段である。しげしげと眺め、いや、これは私と家入じゃ無理だなぁ・・・と思いながらも悟が食べれるなら、と思い尋ねれば僅かな間の後、返答が返ってきた。
「・・・いける気がする!」
はあ、と呆れたため息が零れた。
「ホールで我慢しなさい」
「ちぇーっ」
いじけた声に苦笑しながら、男はケーキ屋から踵を返す。随分と並んでいる様子だったから違う店で適当に、買って行ってやろう。踵を返して歩き始めた男は、そのまま他愛もない雑談を交わす。


しばらく進んだ所で、その背後を救急車が走って行った。





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