DreamMaker2 Sample 出かけてくるので、後を頼みますね。扉に手を掛けたままそう告げたに、小さな同居人は器用にも片眉を上げた。
「いいのかい?私を一人にして」
ぱっと見円らな瞳は可愛らしいのに、隠すこともない不躾な視線だった。見た目はレッサーパンダといえども、夏油の本性が滲み出ている。ここ数か月は特に。夏油の問いかけに、は目を瞬かせた。
「今更ですしねぇ・・・」
夏油は相変わらず、非呪術師が嫌いだ。呪祖師である彼は、非呪術師全ての死を望んでいる。
一度、白を黒と決めたら黒。潔癖なまでに男の意思は変わらない。はだからこそ、夏油の本性を知った後は決して目を離すことはなかった。
あっという間に月日は流れ、五条と出会った季節が巡ってきた今も、は男を信用していない。呪術師といえども底辺な存在であり、むしろ非呪術師に近いに対して、それは男も同じだろう。けれど、
は夏油からの問いかけに思わず腕を組む。
「まぁ、世界から一般人の人を全員消すなんて考え、いい加減無理なんだから諦めれば、とは思いますけど。高専の皆さんは強いですし、なんといっても、こちらには五条さんがいますから」
「・・・言うようになったね」
零れ出たの本音に、夏油の頬が引き攣った。いつも特級二人に散々振り回されては疲労困憊となるは、珍しい夏油の様子に僅かに胸が躍る。
「そんな、夏油さんには叶いませんよ」
口の端を上げて言うに、夏油はそれ以上突きつめるのは止めたらしい。早々にベッドに飛び上がり、そのまま窓際へと登る。暇つぶしになれば、と随分と前に購入した本は非呪術師が書いたものだからと夏油は頑なに読もうともしなかった。仕方なく高専から借りた呪術についての本ばかり夏油は読んでいる。いくつかある内の、夏油のお気に入り、呪霊の解体書なんてからすれば読みたくもない挿絵からして随分とリアルでおどろおどろしいそれを夏油は広げる。窓から差し込む春の日差しに、日向ぼっこするレッサーパンダ。これだけなら愛らしいのに、手元の血生臭い本が全てを台無しにしている。
男は変わることなく、物騒な思考なのでどうやっても信用に値いする事はない。
例えそうであっても。流れる月日はいつの間にか、こんな物騒なレッサーパンダの存在すら日常の一つとなっていた。視線を本に向けたままの夏油に、はぽつり、と零す。
「私は、いつか皆でお花見に行きたいですよ」
何度も何度も、この男に助けられた。表面上は冷たいまま口を開けば穏やかな口調で、その実言葉の本質といえば人を喰ったような物ばかりである。笑顔で人を掌で転がし、性格は捻くれ捻くれ螺子曲がったような男だが、いつの間にか男が肩に乗るのも、にとって当たり前になっていた。
せっかく呪骸という違う体があるのだから、呪詛師夏油傑としてではなく別人として高専で講師でもすればいい、なんて理想を抱いてしまう。夏油傑であれば処刑対象だが、彼は既に故人だ。名乗りさえしなければ誰も夏油本人だとは思いもしないだろう。の零した願望に、夏油は手元の本から目線をあげることすらなく鼻で笑った。
「戯言ばかり言ってないで、早く行かったらどうだい。そろそ悟も来るだろう」
夏油の信念は変わらない。一蹴する夏油に、しかしも落ち込んだ様子はなかった。
ーーー男が夏油傑がある故に、曲がらない信念を持つ男だからこそ、背を預け、押され続けてきた。ま、ある日夏油さんに刺されて死んでもしたら、再びトイレの花子さんとなって祟るまでである。なんてことすら、冗談でも思えてしまっている。窓際に座る夏油にひらりと手を振って、はドアノブに手を伸ばす。
「じゃあ、行ってきますね!」
ぱたん、と扉が閉まると、慌ただしく足音が遠ざかっていく。部屋には静寂が戻り、時折手元のページを捲る音だけがした。
静かで、心地のよい空間だ。本来好む静けさに気付くと、夏油はため息を零した。
「・・・まったく」
気が逸れてしまった。夏油は手元の本から、外の景色に視線を向ける。五条と住むの部屋は高層階に位置する為、眼下には町並みが広がっている。視線を遠くへと向けると、青空の下、淡い色の桜が色づいていた。
月日が流れるのは早く、人は環境に順応していく。
雪は解け、今年も春がくる。


***


巡る季節は早く、蕾が花開く季節。
薄桃色の桜が満開にき誇っていた。この日は今朝から快晴で、真っ青な空に桃色の桜がよく映えている。枝木が風に揺れる度、ひらり、ひらりと舞い落ちる花弁は春の雪のようだ。芽吹いたばかりの足元の新緑に桜色の絨毯を作っていく。桜特有の柔らかく甘い香りと、僅かな緑葉の匂いが鼻腔を擽る。体の健康にも良いといわれる桜の香りに、知らず肩の力が抜けていく。温かな春の日差しに、この日桜見に集まった面々もいつもより表情から力が抜けた様子で、各々穏やかに談笑していた。
すると唐突に、陽気な日差しの中、陽気な声が響いた。
「よーし!花子さんと僕の『トイレでどきどき☆恋の鼓動〜聞くも涙語るも涙!〜』めくるめくる馴れ初めを語っちゃうぞー!」
淡い桜の木の下、白髪の男が長い足で胡坐をかいて座っていた。黒い衣服に黒の目隠しの男は、春の景色中異様に浮いて見える。やれ、五条悟の大好きなところで山手線ゲームしよー!と唐突に言い出したり、授業中にイントロドンを始めて好き勝手するなど、男の言動事態も突拍子のないものばかりだ。しかし周囲は男の唐突な言動にも慣れていて、ほぼほぼ相手することはない。例のごとく、男と同じ教師等高専関係者達はいつもの事だと流し振り返る気配すらしない。
男の唐突な言葉に、高専在学生の中でも純粋でノリもいい生徒だけが反応を示す。
「え!俺、聞きたい!」
はいはい!と元気よく手を上げたのは赤茶色の髪をした虎杖悠仁だった。ノってくる生徒に、白髪の教師、五条はにやりと意味深に口の端を上げた。
「あ、でも学生の君たちにはちょーっと刺激が強いかもね!」
「ええ、そんなに壮絶なの?どんな感じ??やっぱり、呪霊関連で・・・・」
「どんなって、
 アオハルを爛らせて、ちょっとえっちにした感じ?」
「 何 を 出 鱈 目 を 仰 っ て る ん で す か ? 」
あることない事語りだしそうな五条に、冷ややかな声がかかった。
仮にも教師だろうに、学生相手に何を吹き込むつもりか。手製の弁当を広げ、簡易食器を出して周囲に配り、男から目を離せばすぐこれである。黒髪の女、の冷たい視線に五条といえばいつもと変わらない表情である。それどころかへらへらとした笑みは、に話しかけられて若干嬉しそうでもある。反省してないな、そう判断したは五条へと渡そうとしていた紙皿を渡す事なく、くるりと踵を返した。
「皆さん、五条さんはお弁当いらないみたいなので、私達で全部食べちゃいましょう」
「やーだー!無視しないでー!!」
の言葉に、掌返して男はしがみついてきた。背後から伸し掛かれる黒い巨体に耐え切れず、は若干呻き声を上げて前のめりになる。衣服越しに背骨にあたる男の鍛え上げられた胸筋が、地味に痛かった。
男としては、せっかくの花見である。去年は行けなかったからこそ存分にとイチャイチャしたかった。にも拘らず彼女は人がいるからか、微塵も甘えてこない。元から彼女は甘え下手ではあるけれど。せめて隣に座っていれば、こちらからさり気無く手を出すつもりだし五条としては満足するのだが、彼女と言えば常に動き回っている。「僕より他が大事なの!?」なんて面倒くさい女の如くヒステリックに喚き散らし、意地でも気を引こうとする男は子供よりも子供らしい28歳児だった。「どうどう」とまるで馬を宥めるかのように言うも、度々暴走する五条に大分慣れている。昔は抱きしめただけで僅かに頬を上気させて、可愛く固まっていたというのに今ではそんな気配もない。いや、今も可愛いけど!「冷たいも好き!愛してる!でも構ってくれなきゃヤダ!!」駄々を捏ねる五条を気にも留めず、は伸し掛かられたまま周りの空いたコップへと飲み物を注ぎに向かおうとする。五条はむっと表情を歪め、腹に回した腕に力を込めた。
「僕にあーんしてくれるって言ったじゃん!!」
「妄想ですか??」
「現実だよ!!分かったよ。君が思い出してくれるように話してあげる。
 君、どろどろだったからね。昨日の夜はなんでも言うこと聞いてくれて、本当に可愛かったな〜」
「酔っ払ってただけなのに勘違いするような事、言わないでくれます!?あなたそれでも教職ですか!?」
ドロドロというよりは、正しくはデロデロである。普段は下戸である五条もいる為、控えているだったが昨夜は珍しく五条が出張の土産としてご当地酒を買ってくれたのだ。
飲めない五条にはちょっぴり申し訳ないが、これはありがたくご相伴させて頂こうと、ジュース片手に土産の甘味をつまむ五条を横目に一口、一杯と止まらずうっかり一本丸々飲み切ってしまった。はべろんべろんで、途中から記憶もない。酔い止めを服用したため頭痛こそないが、今朝から矢鱈ハイテンションで生き生きとした五条にはやってしまったと心の底から反省した。
は深酔いすると記憶がなくなり、恵曰くやたらと絡むようになるらしい。さすがに酔っぱらってそのまま致した訳ではないだろう。とはいえ鼻歌を歌いそうに上機嫌な五条にこれは何かしら無理難題押し付けられて言質をとられたな、と察する。恐らく、五条は端からそのつもりだっただろうとも。珍しい五条からの酒の土産に疑えばよかった。とはいっても、やっと花見の準備が終わり満足した矢先、酒を勧められてしまえば仕方がないじゃないか。卑怯者め。にとって存在しない記憶となれば、五条はやりたい放題だった。
「え〜、もーう何想像したの?エッチ〜!!」
態々目隠しまで下げて、にまにまと笑みを浮かべて揶揄ってくる五条に、は頬が引き攣るのを感じた。水を得た魚のような五条を前に、は溜まらず溜息を吐く。の機嫌良し悪しに関わらず、男の表情は先程より明るい。

男との生活も、気が付けばもう一年だ。五条がこうして、年甲斐もなく喚き散らし始めるのも、構ってほしさからであるとも理解していた。出張に向かう度に、下手したら任務に出る時ですら似たように駄々を捏ねる始めるのだ。なんとも面倒な男である。とはいえも、結局のところ男が気が済むように付き合ってしまう。惚れた者が負けとは言うが、本当に厄介な男に惚れてしまった。けれど五条の思惑通りになるのも癪で、は苦し紛れに零す。
「・・・そんな事言うなら、お弁当は上げませんよ」
「嘘嘘!」
飛びつく五条に、眉を潜めて苦言を零しつつも、の手元はしっかりおかずをよそって五条へと紙皿を渡す。人前だからと何時にもましてつんと澄ました表情を浮かべているが、その眦は若干緩んでいた。しかたがないな、という表情の彼女に、五条はにやつくのを止められなかった。計画通りとはいっても、なんだかんだと彼女も甘いのだ。
「はい、あーん」
早速箸でとったおかずをの口元へと持っていく。目前まで掲げられたそれに、は一瞬ためらうように視線を泳がせた。逡巡するに、五条はおかずを差し出したまま満面の笑みだ。ややあっては溜息を零す。こうなった男は梃子でも譲らないだろう。しぶしぶ、と口を開ける。気乗りしない表情で咀嚼するに対して五条は締まりのない表情であった。
楽しげな五条に、結局この日もは付き合う事になる。呑気に大口を開けて待つ無邪気な五条に、吐息を吐くとはおかずを放り込んでいくのだった。


「五条先生って、いつもこんな感じ・・・?」
「んー、今日はお嫁さんいるからねー。せんせー、お嫁さん大好きだからなぁ」
肩までのストレートの黒髪の青年が、二人の様子を見て思わずつぶやく。数か月前に高専へと編入してきた吉野順平である。数か月前といえども彼が編入した時期は随分とばたついていて、正直なところそれどころではなかった。始めて顔を見た人間もいる程で、数か月経ち落ち着いてきた今、花見の席で改めて彼の自己紹介が出来たのである。まだあまり馴染めていない吉野に対して、隣に座る虎杖がフォローする。すると、場に不似合な低く物騒な声がした。
「公然猥褻罪で捕まれればいい」
「伏黒、ガチトーン怖いんだけど」
鋭く尖った黒髪に、端正な顔立ちの青年、伏黒である。何時もの澄ました様子には珍しく、切れ長の目は鋭さを帯びている。据わった表情の伏黒に対して、同学年であり紅一点の少女、釘崎が引いたように言う。麗らかな天候にも拘わらず、伏黒により温度の下がった周囲の空気に、躊躇いなく火に油をそそぐのはこの男だった。
「あはは、ざーねん!
僕達って皆の前でもあーんし合う程ラブラブな相思相愛だからね!罪状も成立しないし、昔お世話になったぐらいのガキンチョも入り込む隙間もありませーん!!残 念 でし た ☆」
「先生の伏黒くんに対するマウント何・・・?」
「一番じゃないのが気にくわないんでしょ。本当、ガキね」
大人げない五条に対して吉野が思わず零し、釘崎は肩を竦める。優越の表情を浮かべる五条に対して、しかし伏黒も黙っていなかった。恩師と言えども男の不快な表情に、隠すことなく苛立たしげに舌打ちを零す。
「単に黙らせるために口に咥えさせただけだろ」
「ふ、伏黒くん・・・!?」
「伏黒もお嫁さん慕ってるかなぁ。気にすんなって、順平」
険悪な雰囲気に溜まらずか細い悲鳴を上げる吉野に、虎杖が陽気に肩を叩いた。五条はやれやれと両手を上げる。
「ほーんと、誰に似てこんなクソ生意気に育ったんだか」
「ハッ!アンタだろ」
「あ?」
「先生!?」
鼻で笑った五条に対して怯むこともなく、憎たらしく同じく鼻で笑って返す伏黒に今度は五条の頬が引き攣った。米神にうっすらと青筋を立てた五条の碧眼が鋭く吊り上がる。目隠しもない五条の眼圧は凄まじかった。しかし鋭い眼光で睨みつける伏黒もまた普段の落ち着いた様子など欠片もなく、穏やかな花見の場の空気は下がっていくばかりだ。互いに譲る気配は微塵もなかった。師弟関係、こんな所まで似なくていい。
ひっと悲鳴を上げた吉野に、虎杖が言う。
「大丈夫だって」
「いや、でもさ!?二人とも明らかにメンチ切り始めたよ!?そこら辺の不良より怖い顔してるんだけど!??」
「伏黒、元ヤンだからなぁ」
ははは、と軽く言う虎杖が吉野にはわからなかった。普段からクールで格好いいなぁとすら思っていた同級生が実はグレていたという衝撃な事実もあったが、それにしてもだ。
「先生もめっちゃ怖いんだけど!?」
「ナナミン曰く、せんせーも昔は相当ヤンチャだったらしいよ?」
「元ヤンしかいないのこの学校!??  
 僕、この先が不安だよ・・・!」
舞い落ちる桜の花びらにほっこりしていたというのに、今やこの二人の背景のみ、ブリザードの嵐が吹き荒れているかのような幻覚を引き起こしている。両者、鋭い眼光だけで人を殺しそうな剣呑さだ。物騒すぎる。ピリリと張りつめた空気は、もしかしなくても両者から滲み出た呪力だろう。か、勘弁して・・・!慌てる吉野を宥めるように釘崎が言う。
「大丈夫でしょ。もうそろそろ動いてくれるはずだから」

「七海さん、先日、お好きだと伺ったので色々な具材でカスクート作ってみたんです。良かったら如何です?」
五条の傍らにいたはずのが、席を離れていく。その様子に釘崎が肩を竦めた。「ほらね」
七海はから差し出されたカスクートを受け取ると、礼を述べる。
「ご好意、有り難うございます。頂きますが、私をダシにしてこちらに避難しに来ないでくれませんか」
心底面倒事は遠慮したいという七海の眼差しを理解しつつも、すみません、私も巻き込まれたくないんですと男の視線をスルーしようとしただったが、途端、の言動を聞き咎めた五条がくるりと背を向ける。
「なんで七海だけ!?僕は!?」
ぎゃん!と吠える五条に、は先程よりも凍えた視線を向けた。
「用意していましたけど、煩いんであげません。あ、恵ちゃんにはあげるね」
「・・・わりぃ」
「いえいえ。あ、虎杖くんと順平くんにはお肉多め、野薔薇ちゃんにはアボカドサーモンね。これで大丈夫?」
「やっりぃ!」
「あ、有り難うございます」
「大丈夫よ!さっすが、分かってる〜!」
「良かった。あ、皆さんの分もあるんで、良かったら」
学長の夜蛾に家入、と次々に回っていくに、五条は非難を飛ばした。
「ずっるい!すぐそうやって贔屓する!!僕が恋人でしょ?!」
「子供に喧嘩売るような教師は恋人じゃありません」
追いすがる五条に、冷え冷えと告げたにさすがの五条も固まった。今回ばかりは彼女を怒せてしまったらしい。怒った様子のに長身を縮まらせていく五条だけでなく、流れ弾を受けたのは伏黒である。
気付いたのは最近といえども、幼少の頃から慕っている彼女の言葉は青少年の柔い心を容赦なく抉った。何時まで経っても子供扱いしてくる彼女の態度に分かってはいたし、気にしている部分もあって思わず呻きそうになった。
「伏黒、元気出せよ」
「どんまい」
普段は澄ましている彼だが、彼女に関しては分かりやすく熱しやすくなる同級生の心の内を察している虎杖と釘崎が、慰めるように肩を叩く。口を一文字にして無言で落ち込む伏黒に対して、慰める会を開く彼等とは別に、は正座する五条の前で腕を組んで反省を促していた。
「悟さん、反省して下さい」
「スミマセンデシタ・・・」
正直なところ、五条は自分は微塵も悪くないと思っている。だって恵ってば明らかに彼女に気がある上に、諦めることなく恩師の恋人を虎視眈々と掠め盗ろうとしているし。そんな趣味は到底なく、恋人に指一本触れさせたくない五条としては解釈違いにも程があった。断固として阻止する。とはいえ、怒っている彼女にそれを言えるはずもない。大きな上背を縮まらせて正座し、反省の姿をみせる五条に、眉を吊り上げていたもややあって腹の底から長い吐息を吐いた。
「・・・じゃあ、どうぞ」
「へ?」
膝を叩いてみせたに、五条は目を瞬かせた。呆気にとられた表情を浮かべる五条には気恥ずかし気に視線を逸らす。
「・・・しないんですか、膝枕」
花見をしようと話が出た当初から、度々五条はあれをしたい、これをしたいと要望をつきつけてきた。先程の食べさせ合いも、その時から言っていたのだ。もう一つ、五条がどうしてもしたいと言って聞かなかった事がある。はその度、人前で絶対に嫌だと言って拒絶していたが、大きな背を小さく丸める五条を前に、どうしても甘やかしてしまう。膝を差し出すに五条は呆けていたもののすぐににへら、とだらしのない笑みを浮かべる。
結局のところ、惚れた方が負けなのだ。
五条は遠慮なくその場に寝転ぶと、の膝に頭を載せる。膝の上に広がる白銀の髪に、つい手を伸びた。春の木漏れ日を浴びて、艶めく男の白銀の髪は相変わらず痛みなど無縁で、指通りの良い上等な絹糸のようだった。
撫で梳かすを見上げて、五条は無邪気に笑う。
「ね、だーいすき」
桜の木の下、白皙の顔に春の日差しよりも温かな笑みを浮かべる。
蕩けきった碧の瞳に見上げられ、ひらりと舞い落ちた花弁を白銀の髪から取ろうとしたはピタリと動きを止めた。
「・・・ほら、食べてください」
胸の内側を、形容しがたいむず痒い気持ちが走った。は問答無用で五条の口元へと食べ物を運んでいく。
こうすれば、恵の言う通りいらない言葉も減るだろう。熱の籠っていく顔をこれ以上熱くしたくなくて、容赦なくは五条の口を塞いでいった。五条も抵抗する事はない。むしろ頬を上気させたに目を細め、喜んで大口を開くのだった。



春巡る








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