DreamMaker2 Sample 「本当に、くるんでしょうか」
声を潜めて尋ねるに、夏油は頷く。
「くるさ必ず。」
扉の隙間から様子を見ることを忘れず、空き教室の扉の前に座り込むに夏油は続けた。
「ここまで舞台を整えたんだ、来ないはずがない
 ーーーあの呪霊の目的は、彼だろうからね」


テイク2




ーーー数分前、倉庫前

夏油と一時協定を結び外へと出たは、広がっていた周囲の異様な様子に眉を潜めた。
校舎を包み、門から先の外界を遮断するように闇色の幕が落ちている。空には日の光が一欠けらも差さず辺りは薄暗さに包まれていた。校舎を覆うように降りていた薄い闇が、時折揺らぎ波打っている。以前見た事がある帳だ。五条が浜辺で降ろしていたそれは、周囲を遮断する結界のようなものだといっていた。規模は校舎を丸ごと覆う程の大きなもので、達が先程までいた備品倉庫も含まれている。
校舎中央の時計によると、時刻は朝の8時40分。昨夜は遅くまで凪と酒を飲んでいたので、夜ではないだろう。
「なんで・・・」
平日のこの時間帯、既に生徒達も登校しているはずである。しかし周囲が暗闇に包まれた異様な様子にも拘わらず辺りは静けさを保ったままだった。生徒達はどこに?唖然とが呟いたその時だ。
静謐な闇夜に、ガラスが割れる音が響き渡る。
咄嗟に視線を向ければ、四階校舎の窓から男子生徒が落下していた。息を飲んだとは正反対に、傍らの夏油は冷静に呟く。
「なるほど。呪霊の目的は彼か」
生徒は運よく突き出た屋根へと転がり落ちる。すぐさま追うように四階の割れた窓から赤茶色の青年が飛び降りてきた。
空中で攻撃されては避けきれない。そこを狙いクラゲのようなものがすぐさま攻撃をしかけるが、上半身を捻り全てを避けきる。黒い制服に赤いフードの青年はそのまま拳を屋根に叩き付け、勢いを殺すことで難なく着地してみせた。足元に小さなクレーターを作り着地した彼は、見慣れた青年、虎杖だった。相対するように蹲っていた生徒が起き上がり、傍に半透明のクラゲを纏わりつかせる。虎杖と呪霊のようなクラゲに視線が向いていたは、そこで黒髪の青年に目を見開いた。
「なんで順平君が・・・!?」
事件の関係者であるかもしれないと、虎杖とともに接触した吉野順平。凪の息子であり、数時間前まで虎杖と楽しそうにゲームをしていた彼は、呪祖師ではないはずだった。
呪霊を視えてはいるが、それだけだろうと判断した青年が虎杖と向き合っている。順平はクラゲを虎杖へと仕向け、虎杖は拳を構えている。遠目から見ても二人の様子は、明らかに友好的なものではない。
「と、とりあえず、虎杖君に加勢しないと・・・!」
彼等の間に何が起きているかは分からない。後に式神だと知ることになるが、この時のは正体不明のクラゲを呪霊ではないかと怪しんだ。順平がなぜ呪霊に組しているかはわからないが、ひとまずは虎杖を手助けするべきだろう。しかし、そこへ夏油が待ったを掛ける。「いや、その必要はないさ」
「彼なら、大丈夫だろう。仮にも宿儺の器だ」
「そうはいっても・・・・!!」
クラゲから鋭い針のようなものが飛び、瞬時に避けた虎杖の足元の屋根を容赦なく抉る。校舎が壊れる程の攻撃に慌てるに、夏油は焦った様子もなく首を振る。
「彼等は若いからね。学生ならあれ位、喧嘩つきものさ」
「そ、んなものですか・・・?」
恐る恐る確認するに、夏油は鷹揚に頷く。
「そうとも。私も学生の頃は、よく校舎を壊してしまっていたからね。若気の至りだよ」
あくまでつきものだと夏油は淡々と述べる。なるほど、男子高校生なら校舎を壊すぐらいの喧嘩は日常茶飯事だと。・・・いや、そんなことないよね??さも当然とばかりに諭す穏やかな表情の夏油に、うっかり流されそうになったはすぐさま我に返った。
土埃が舞い、抉れていく屋根を見上げては改めて思う。放っておけばすぐに更地になりそうな勢いだ。ブルドーザーいらずである。それ、単に貴方たちが規格外なだけでは・・・?がそう意を唱える前に、夏油は続けた。
夏油はコテン、と首を傾げる。
「そもそも、だ。まさか、君、なにも用意せずにあの呪霊と相対するつもりかい?
 あれだけコテンパンにやられたのに、足りないと??」
円らな瞳で見上げてくるレッサーパンダからの正論に、ボコボコにされていたは、ぐう、と言葉を飲み込むしかなかった。



恐らく、呪霊の目的は宿儺の器である虎杖だろう。しかしここまで狡猾にもお膳立てしたのであれば、早々に手は出さないはずだ。もし出てくるのであれば決着がつく頃だろう。呪いとは、そういうものだ。そう述べた夏油により、虎杖と順平が対峙している間、夏油曰くちょっと意見の相違で彼等が喧嘩している間に、達は呪霊への対策を練る事になる。とはいっても時間はあまりない。夏油の脳内には既に打開策が浮かんでいるようで、は肩に乗る夏油からの指示で動きながら、彼の話を聞く。
「君も知ってのとおり、あの呪霊に物理攻撃は効かない。攻撃を阻むことは術式であれば可能だが、あれは呪霊だ。
恐らく、呪霊本来の特性によるものだろう」
の攻撃は当たっていたというに、あの呪霊には効いていない様だった。
淡い水色の長髪を、肩口の辺りで緩く二つに結った成人男性のような姿をしていた。人を喰ったような態度で薄く笑みを浮かべ、土色の肌に、まるで細切れの布で紡ぐように、肌の至る所に縫い目のあったツギハギの呪霊。「実験だよ」と愉し気に、軽薄に笑いながら殴打された体中の怪我がじくりと痛みを思い出し、は思わず顔を歪めた。
「それも持っていてくれ」
へと解説しつつ、夏油は追加の指示を飛ばすことを忘れない。言われた通り、浮かび上がらせ移動させるに夏油は説明を再開させた。
「この場合、対策として考えられるのは二つ。
 一つ、周囲の物や建物を利用する。
 呪霊が無理ならば、周りを崩せばいい。ただ、これでは傷を負わせられないから、呪霊への決定打にはならない。足止めにしかならないだろう」
が行っている準備も、あくまで呪霊への足止めのためだろう。なら、一体どうするのか。夏油の指示で倉庫内を駆け回るは訝しむ視線を向ける。夏油は続けた。
「二つ、呪霊の弱点をつく。
 生憎、私もあの呪霊については詳しくなくてね。あれは最近生まれたばかりの呪霊だろう。となると、推測するしかないのだけれど」
の肩でくつろいだ様子で、夏油は腕を組む。「特徴的なのは、まず物理攻撃が効かない。外側に傷を加えられないが、アレ自身は形を自由自在に変えられる」
「あの呪霊は当初、君を捕らえる目的があったようだけれど、直前で変更した。君で遊ぶ方向にね。
 ここまでの呪霊の言動から見て、あれは随分と好奇心の塊のようだ」
ゆらり、と夏油の尻尾が揺らぎ首元を微かに擽った。思わず一瞬動きを止めかけたを夏油は見る。
「君と関わり合いがあるのかな?魂の形が気になると言っていたね。
 ーーーつまり、ここだよ」
視線を寄越したものの、の返答は必要ないようだった。夏油は腕を組んだまま、二の腕をとん、と指先を叩く。
「物理攻撃は効かないが、体を変形出来る。通常、醜悪な姿の呪霊とは異なり、普段から人らしい外見、好奇心旺盛、魂という言葉。
 以上によって導かれる可能性とすればーーーあれは人間の根幹に関わる呪霊、およそ人の感情から生まれた呪霊といったところか。実に面倒臭いのが生まれたね」
と異なり、夏油は様子を見ていたといっても、短時間で呪霊の本質を見抜いてきた。呪霊に詳しいというのも嘘ではないらしい。
人の数だけ、負の感情が生まれる。そうしたマイナスの感情から生まれる呪霊の数は、あまりにも多い。加えて今回の呪霊は、4千体もの呪霊の知識がある夏油すらも、知らない呪霊だという。ならば対策を練るにも正直なところ、てっきり手当たり次第準備を進めていると思っていたは思わず目を丸めて感心したように夏油を見た。夏油は肩を竦める。
「さて、あとはどうすれば攻撃できるのか。特性が分かってしまえばあとは簡単だよ」
そこで夏油は目を細め、口の端をあげた。可愛らしい外見とは異なり、随分と胡散臭い笑みが滲み出ていた。
「君は運がいいね」




虎杖と順平の戦いは、達が全ての準備を終えた頃には、落ち着きを取り戻していた。
順平は語る。昨夜夜遅くの事だ。順平が気付いた時には、呪霊も犯人も逃げた後で、意図的に家に置かれていた呪具におびき寄せられた呪霊により、散乱し、家具も破壊されつくされていた。その中で怪我を負い、倒れていた順平の母親、凪。母親は運よく軽症で、命に別状はなかったものの室内の現状に順平は血の気が引いた。人によるものではない、呪具に引き寄せられた呪霊による被害を見れば、一歩間違えれば母親も死んでいた。それ程までに室内は悲惨な状態で、もし物音で起きた自身が、あと少しでも気付くのが遅れていれば、全てが手遅れだっただろう。人の呪いにより、母親が襲われた。順平はその犯人に報復するため、学校の生徒を襲ったのだという。
ここまで話を静かに盗み聞いていたは、だらだらと背筋に冷汗が流れていくのを感じた。何も知らない者が見れば、相当なこととが起こっただろうと思える散乱した部屋。どう考えてもそれはの所為だった。
は必死に否定する。いやいや、あれは呪霊が悪い訳で。そうでもしないと、ほら、多分やられてたし?全部、あの呪霊が悪いんだよ、と必死に自身を肯定しようとしながらも、つい動揺で視線を泳がせていた先で、同じように待機している夏油と目が合う。目が合った夏油は、にっこりと微笑む。君のせいだね。清々しさすら感じる夏油の笑みは、言葉にせずとも語っていた。・・・はい、そうです。あとで土下座と弁償を必ずしよう、とは例え呪霊が元凶とはいえども、惨状を起こしてしまった手前、大いに反省するのだった。順平に勘違いさせてしまった事に関しては、あの場に居ただろう夏油が上手くフォローしてくれててもよかっただろうに。そうは思うも、夏油は素性がばれるばれない関わりなく、非術師が随分と嫌いなようで、すぐに難しいだろうと思い直した。
どうすればいいと慟哭する順平に、虎杖は全ての話を聞き終えると向き直る。
高専にくればいい。高専には強い仲間がいるから、皆の力で、犯人を見つけよう、と。否定することもなく、真剣に向き直る虎杖は強い視線で訴える。人に呪われ、人を信じられなくなっていた順平に対して、虎杖は真っすぐな視線をそらすことはない。
彼はいつだって、相手の意思を竦み取ろうとする。例え攻撃され傷つけられても、虎杖は言う。
「一緒に戦おう」
揺らぐことなく真摯な瞳で訴え続ける虎杖に、やがて順平も肩を落とした。
上手く説得出来たようだ。敵意の消えた順平に、安堵する虎杖とは異なりは周囲に意識を巡らせる。夏油の予想通りであれば、
「初めましてだね。宿儺の器」
もうそろそろ、だ。
気を引き締めた正にその時、件の呪霊はやってくる。三階の階段を悠遊と降りながら、薄ら笑いを浮かべて虎杖へ語り掛けた。想定通り、呪霊は目的だろう呪いの王を宿す、宿儺の器の虎杖に近づく。
こちらは準備万端。
ーーーリベンジマッチ開始だ。

は気を引き締めると、夏油の策の一つを思い切り投げ込んだ。勢いよくぶん投げた石灰が、宙に散布する。あっという間に、周囲は白い粉に覆われ見えなくなった。視界をもうもうとした粉に覆われ、虎杖が驚きの声を上げる。「な、なんだよ、これ!?」
視界を覆うのは倉庫にあった、石灰である。のポルターガイストで持てるだけ運んできのだ。宙に浮かばせ放り投げられた石灰は、一瞬で視界を覆う程舞い上がる。
石灰はすぐに晴れるだろう。しかしその数瞬で十分だ。周囲が見えなくなった一瞬、思わず動きを止めた呪霊ーー真人へと小さな影が迫る。目で追えたのは、既に眼前まで迫った時だった。
影は茶色の塊の、小動物のようだ。いや、呪骸だろう。呪骸のレッサーパンダは、一切の躊躇いなく鋭い爪を真人の右眼球へと振りかぶる。突き刺す鋭い痛みが走り、真人は咄嗟に後方へと避けた。焼けるような痛みに、通常なら味わうはずのない真人は唖然とする。
この呪骸、一切の躊躇することなく目を狙ってきた。咄嗟に後方へ避けなければ、確実に目が抉られていただろう。本来魂を傷つけられなければ外側だけの攻撃は通じない自身が怪我を負っている。考えられるのは、器と中身が違うという可能性だった。器が魂と異なるがゆえに、魂を無意識に知覚出来た。ーーーただの呪骸ではない。
(なんだ、この呪骸?)
しかし考える時間も与えない様に、レッサーパンダの呪骸は追撃する手を止めない。鋭い爪先が、今度は首を掠める。先程よりも深く傷を負ってしまった。首から止まることなく血が溢れ、校舎の壁に飛沫する。
(・・・頸動脈を狙ってる)
先程といい、この呪骸、随分と戦い慣れているようだった。躊躇いもなく瞬時に人体の急所を狙ってきている。一度、立て直した方がいいかもしれない。完全に不意打ちを取られ、懐に入り込まれてしまっている真人は距離をとるために階段をバックステップで飛び降りる。しかし後方へと降りた足先が、何かを踏んだ感触がした。
はっとして頭上を見ると、階段の裏側に張り巡らされたワイヤーから、包丁や鋸、ハンマーといった帯びたたしい数の凶器が落ちてくる。当たったところで大したことはないだろうが、今は傷つけられる恐れのある未知の呪骸から距離をとりたい。真人は迷うことなく中段を降り、二階廊下へと出る。
二階は石灰の舞った三階の一角とは異なり、視界は晴れていた。
随分と、念入りに準備されているようだった。このまま追撃が止むとは思えない。気を緩めずにいた真人の耳が空気を裂く音を拾う。咄嗟に避けた先で、透明な何かが横切っていく。避けた先で、ガラスが割れて床へと砕け散る。飛び出た中の液体に床が溶けていた。
(硫酸か・・・!)
いくら決定打にはならにといっても、これは厄介だ。外側の修復に、それなり時間がかかってしまう。小さな体を利用して身軽に階段から飛び降りた呪骸は、そのまま腰に括り付けたフラスコを勢いよく投げつけてきた。
「・・・チッ」
用意周到にもほどがある。明らかに戦い慣れている呪骸に、真人は思わず舌打ちを零す。折角時間をかけた計画が、たった一体の呪骸の参入により狂わされてしまってる。
楽しみにしていた時間が崩されつつあることに、微かな苛立ちが湧きあがる。だが、すぐに思い直す。
(・・・ま、いっか)
先にこの呪骸を消してしまえばいい。まずは一度、校舎から出た方がいいだろう。ここまで念入りにトラップをしかけてきた呪骸を相手するには、校舎内でなく外の方が分がいい。姿を自在に変形できる真人としても、狭く障害のある通路よりは広い空間の方が動きやすかった。
真人は両腕を鞭のように撓らせ、刃物のような鋭さを纏った両腕に変形させると瞬時に呪骸へと攻撃を繰り出す。小さな呪骸は、やはり身軽な様子で身を翻し避けきってしまう。しかも避けた先で休むことなく、呪骸は攻撃をしかける手を止めない。
(動きだけでなく、目もいい。その上、頭もよく回る)
小動物のような見目に騙されてしまいそうだが、随分と面倒な相手だった。動きを止めていた真人へと投げられた硫酸入りのフラスコを、初動をいれることなく後転して避ける。外へと向かおうとした真人は気付かなかった。
ーーー仕掛けはこれだけだけではない。

ぴりり、と周囲の空気が変わった。
文字通り、一変して張りつめた空気に真人は目を見開いた。真人が窓を目指して逃げ込んだ先はただの変哲のないトイレのはすだ。さっと視線を巡らした景色も特に変わった様子はない。しかしこの空間は、明らかに先ほどまでの校舎の中ではない。例えるならば異次元。異空間のようなーーーそこで、思い当たる。
(ーーーまさか)
景色は変哲のない学校のトイレのままだ。しかし、このような術式は一つしかなかった。背後へと振り向こうとした真人の横っ面を、勢いよく拳が振りかぶられる。
ガツン、と鈍い痛みが真人を襲う。
本来怪我を負う事のない彼を傷つけられる可能性。一撃必殺、必殺必中の空間、領域展開。
一見、変哲のないトイレだ。実に格好のつかないヘンテコ空間で、拳で振りかぶったままの黒髪の女。
「ざまぁみろ!!」
ただの実験対象でしかない、雑魚でしか過ぎない女が眉を吊り上げ満足げに息巻いた。



トイレにより底上げされたの呪力で、真人の体が吹き飛ぶ。ようやく殴る事の出来たは思わず満足げに声を上げた。
「よし!ぶん殴れた!!」
生霊であった名残か、は魂が抜けやすい。幽体離脱してしまえば、呪霊を寄せやすい性質のままだった。同時に、以前判明したトイレでの底上げも可能であった。
領域展開と呼ぶにはあまりのもお粗末なものだ。相手が術式を習得していれば簡単に押し負けてしまうだろう。のそれは、どちらかというと霊体状態で得た生得領域に近かった。しかし生まれたばかりであろうこの呪霊は後々成長する恐れはあるが、まだ領域展開まで至っていない。
器と魂が異なるゆえに、魂を無意識に知覚出来るだろう夏油。しかし夏油だけでは呪霊を追い込むことは出来なかった。彼はあくまで、素性がばれない範囲で動く。誘導できるとすれば、ほんの僅かの時間だろう。高専関係者である虎杖達の視界を遮った、その間だけである。だがその間で、領域内まで誘導させてしまえば話は別だった。の領域は作り出すことができない、土地を利用したものでしかないが必殺必中には変わりない。誘いこんでしまえば、呪霊への攻撃も可能になる。更に、虎杖が追いつけば事態はより好転する。宿儺の器として、宿儺を宿す虎杖もまた夏油と同じように真人への攻撃が可能だ。
追いついた夏油が、満足げなにやれやれ、と息を吐いた。初撃で殺れるように呪力を纏った刃物で攻撃しろといったのに、卑怯だと思ったのか、怯んだのか。おそらく後者であろう女は助言を聞いた様子もない。まあ、呪術師として底辺の女だ。無理だとは思っていたが。しかし、ここまでくればあとは順調に事は進むだろう。校舎に帳が降ろされていた時点で、夏油はの携帯を使って高専、伊地知へと位置情報をメールで送ってある。もう間もなく、伊地知経由で七海が派遣されるだろう。自身が動けるのはここまでだが、七海が来るまでの間フィジカルが化け物染みている虎杖がいれば、いかに女が役立たずであろうとも上手くいくはずだ。仮にもここは、女の領域内。あまりのもお粗末なもので、領域展開:トイレなどというふざけた名前を聞いたときは我が耳を疑ったが。こちらとしても自身の肉体の手がかりか、少なくても想定通りと隠れて目論んでいるだろう相手の鼻を明かせる。ここまで、といったところか。
容赦なくポルターガイストで物を浮かび上がらせ呪霊にぶつけているを横目に、夏油は物陰に隠れて、虎杖がやってくるのを待とうとした、その時だ。廊下から足音を立てて、想定よりも早く虎杖が到着する。
「い、」
が声を掛けようとした瞬間、再び空間が螺子曲がる。
視界を闇が覆い、途方もない悪意がこちらを覗いているような、底知れない恐怖がを襲った。



瞬きほどの一瞬の間だった。だがその畏怖にも似た恐怖は、数時間に及ぶ程長く体感した。 肌を這う緊張感に息すら忘れていたのだと、気付いたのは視界が晴れた時だ。
周囲の景色は変わっている。少なくても、校舎内ではないだろう。淀んだ空気に、曇天の空。足元には、赤い血のような浅い池が広がっている。
その中央、小山のような頂きで胡坐をかく和装の男。
しかし頂きに座する見知らぬ男よりも、目の前の積み重ねられたそれの正体に気付いたは、瞬く間に恐怖に心臓が凍った。白く、ボール程の大きさで、二つの窪んだ空洞は虚空を向いている。積み上げられているものは、物言わぬ骸骨の数々だった。
「俺の領域に許可なく入るな。痴れ者が」
低い男の声が、空間を震わせる。正体不明の和装の男よりも、骸骨に視線が釘づけになっていたは、気付くのが遅れてしまった。
何かが勢いよく吹きでる音と共に、倒れ込む。
顔を向ければ、あれだけ苦戦していた呪霊が、一瞬の内に倒れ伏している。数瞬、は理解するのに遅れてしまった。倒れた呪霊の首が横へと裂けている。赤い池に、勢いよく流れ出るのは赤黒い鮮血だった。
「っ・・・」
咄嗟に出そうになった悲鳴は意図せずふさがれる。覆われた手は、ではない。
の背後に立ち、手を回したのは袈裟を着た男だった。高い身長に肩まで黒髪をハーフアップにしている。涼やかな端正な顔立ちをした男は見覚えがあった。ーーー呪骸の姿ではない、夏油だ。
夏油の油断なく和装の男を見据え、状況を整理する。現状は相手の領域内。女の悲鳴で、相手の不況を買う訳にはいかなかった。だがあまりにも不利すぎる状況に、夏油は内心零さずにはいられない。
随分と、厄介なことになった。鋭く視線を向けた先で、和装の男ーーー虎杖悠仁と似た容姿の男を見据える。赤茶色の短髪に、吊り上がった瞳。ぱっと見同じ姿をしてはいるが、肌に浮かんだ黒い模様と、男の異様な空気が虎杖本人でないことを物語っている。
両面宿儺。呪いの王。目の前の存在はそれだった。
通常、領域展開は強い方が押し勝つ。意図せずの領域内に入った虎杖により、宿っていた宿儺が反応したのだ。呪いの王が相手の領域内に入ることなど、彼の矜恃が許さないだろう。とはいえまさか器の状況に、封印されている宿儺が反応するとは夏油も予想だにしなかった。
ようやく悲鳴を押さえたに、夏油は抑えていた手を離す。呪霊のように、領域内に立ち入った瞬間すぐさま仕掛けてくるかと思われた宿儺だったが、反してすぐに攻撃をしかけることない。顎に手を当ててこちらをしげしげと眺めている。「・・・ふむ」ニィ、と男の口の端が吊り上がった。
「中々に愉快。混ぜモノが、二つとは!」
器と中身が異なる異物。呪骸に憑依した霊体に、魂の異なる生きた霊体。呪霊とも仮想怨霊とも異なる存在。現代より呪いの溢れていた数千年前ですら見た事がない。一つだけで十分珍しいというのに、似て非なるそれが、二つも。宿儺は口元に弧を描いたまま鷹揚に頷く。
「珍しいものを見た。今回に限り、見逃してやろう」
平和抜けした現代といえども、なかなか面白い事になってきている。蔓延り始めた呪いに、高揚したまま宿儺はその場から一瞬で離れる。
消えた男に、が目を見張る。次の瞬間、音もなくの目の前に宿儺が立っていた。
「精々無様に足掻け。
 良い見世物を、期待しているぞ」
愉快、愉快、と瞳を弓ならせて男は笑う。
男はそのまま人差し指をの眼前に掲げる。目を見開いたが避ける間もなく宿儺の鋭い爪が、ずぷりとの額へと突き刺された。痛みが回るよりも状況を理解するよりも早く、の意識が遠ざかっていく。
霞む景色に意識が闇に沈み切る、その直前。は自身の名前が呼ばれたような気がした。





***





―――数時間後、東京都立呪術高等専門学校
ベットに横になるは、ずい、と目の前に差し出された用紙にひくりと頬が引き攣った。鼻先につく程押し付けてきた用紙に引くを気にかけることなく、五条はにこにこと笑みを浮かべている。
「はい、判子押して」
「さ、悟さん・・」
「四の五の言わずに。さ、早く、早く早く早く」
「お、落ち着いてください」
ぐいぐいと容赦なく押し付けてくるのは、ピンク色の線が入ったA4の用紙だ。見間違いかな?とは思いたかったが、ここまで目の前に掲げられれば見間違いようもない。婚姻届けである。笑顔で押し付けてくる五条に、一先ず両手で宥めようとするだったがそれは逆効果のようだった。途端、ごっそりと浮かべていた笑みを無くした五条に、は内心悲鳴を零す。
「これが落ち着けると思う?」
似非っぽいとは思っていたが、浮かべられていた満面の笑みは完全に作りモノであった。苛立ちを隠しもしない蒼眼がを射抜く。
「僕が間違いだった。ちょっと目を離した隙にこれだよ。君、自分がクッソ弱い自覚ある?あ??」
ギラつく瞳は獰猛さを隠すことはない。普段の飄々とした態度は最早どこにもなく、怒髪天を衝く男を前には息を飲んだ。

あれから、が目を覚ました時には全てが終わっていた。宿儺の領域から出た後、重症を負ったツギハギの呪霊はすんでの所で逃げられてしまったらしい。それでも怪我人は数名でたものの死人は出ることなく今回の任務を終えることが出来た。主犯格こそ捕える事は出来なかったが、それだけでも上々である。一件落着、と胸を撫で下ろしたいであったが、目を覚ます前から傍にいた最強の呪術師により、そうは問屋が卸さなかったらしい。

今回の任務には一級呪術師である七海、と高専一年生といっても驚く程身体能力の高い虎杖と、呪術師としては弱くとも、脱落者の多い高専を履修した補助監督の伊地知がいた。五条にとって今回の任務は、 必要はないからと言っても頑なに頷こうとしないに、ちょっと怖い目をみて折れてしまえばいいと思案した上で許可した任務だった。 彼女は生霊であった頃から一度決めた事は中々曲げない。呪霊に追われ、どれだけ恐怖を味わっても彼女は結局、最後まで恩人を探すことを諦めなかったのだから。それを好ましいと思わなくもないが、五条からすればさっさと折れてしまえばいいのに、と幾度となく願った。まさかようやく恩人である恵に再会して、生霊の状態から元の体に戻った今ですら、同じ心地を抱く事になるとは。ひくり、と額に血管が浮き出る。
しかも今回は、恩人を探そうと躍起になっていたあの頃とは各段に現状が違う。一級呪術師である七海がいるし、彼女はあくまで見学者だ。七海か補助監督である伊地知から離れないように言い含めているからと油断してしまった。こればかりは思いが通じ合い、同棲生活につい浮かれてしまっていた、と五条は己を過失を認める。あれだけ、散々言ったというのに。五条は浮かれて忘れていたのだ。
この女は、平気で約束事を破る。
普通、最愛の恋人のお願いぐらい聞くだろう。少なくても僕は聞く。むしろなんだって喜んでやるだろう。しかし、といえば口先で頷き了承をしておいて後々目の前の現状に躊躇い、最愛の恋人のお願いを平気で放り投げるのだ。舐められているにも程がある。最早尽くす手は尽くさねばならない。思わず彼女の前で、ドスの効いた声も出てしまうというものだ。
瞳孔の開ききった鋭い視線と完全にぶち切れた様子の五条の脅しに、は思わず身を縮めた。の瞳に怯えの色が浮かび、五条はそこでようやく我に返る。
「あーー・・・ごめん、言い過ぎた」
ぐしゃぐしゃと片手で白髪を掻き乱し、五条は意気消沈する。怖がらせるつもりはなかった。彼女相手では、いつもこちらのペースを乱されてばかりいる。だが今回ばかりは、冷静さを欠いてしまう。
虎杖に同行した彼女は、下手すれば命を落としていた。呪霊と相対したが意識を失い、高専に運び込まれたと聞いてどれだけ心臓を凍らせたか。電話越しに眠っているだけだと聞いても、すぐさま飛んで帰った先で、彼女の無事を目にするまで五条は生きている心地がしなかった。触れた頬は暖かく、そこでようやく自身も息をついた心地がした。後にも先にも、彼女だけだ。呼吸の仕方すら忘れていただなんて。最強がショック死したらどうしてくれる。
五条はの腹に腕を回すと、緩く抱きしめる。触れた肌から伝わる衣服越しの彼女の温度と呼吸を聞くように五条は目を閉じて呟く。
「お願いだから、僕を安心させてよ」
先程とは打って変わって、縋りつくような五条には良心を苛まれる。目隠しもサングラスすら忘れて飛んできたのだろう。何もつけることなく抱き着く五条に随分と心配させてしまったようだ。腹に蹲る雪のような銀白色の髪に隠れ、五条の端正な顔立ちは見えない。
言い訳になってしまうが、は五条を心配させるつもりはなかったのだ。ほんの少し、ばれなければいいだろうと連いていっただけであったが結局は呪霊と出くわし、すったもんだの末、大きな外傷こそないが数日間の静養を余儀なくされた。
霊体で動き回っていたの怪我は、生身の体へは反映されない。しかし今回、真人により散々痛めつけられ、何故か目覚めた時は無事ではあったが呪いの王、宿儺に額をぶっ刺され相当なダメージを負っていたようだ。外傷はないくとも体が悲鳴を上げて動く事すらままならない。
確かに二回も殺そうとしてくれた呪霊に対して、頭に血が上っていた所もあったが、それでも決して、五条との約束を破るつもりはなかった。結果的にこうして五条を心配させてしまい大きな体を丸めて、腹に縋りつくように抱きしめられているけれど。
殊更な五条の様子に、は反省する。そろり、と手を伸ばし、腹に蹲るサラサラとした銀灰色の髪を撫でた。五条は押し黙ったままになされるままになっている。
なすがまま沈黙していた五条だったが、しばらくするとか細く吐息を吐いた。が生きている事を実感して、ようやく底へと沈んでいた気持ちが僅かに落ち着いてきたのだ。

五条悟は最強である。自他ともに認める自身が揺らぐことはなく、まして何かに怯えるなどといった経験はまず無縁で、物心ついた頃から既についぞ経験した事がなかった感情だ。
だというのに、力を込めてしまえば折れてしまえそうな腕に抱く女相手になれば、一瞬でこの様である。その癖、ただ彼女が自身の腕の中で息をしているだけであれほど自身ですら手が付けられない程、荒れ狂っていた胸中は凪いだ風のように落ち着いていく。子供を相手するかのように撫でられれば、じわりと冷え切っていた臓腑に、温かさが滲む。彼女の一挙一動で散々振り回してくれる。それでも彼女相手なら、まぁいいかとすら思ってしまう。彼女の手は、魔法の手なのだろう。そうでなければ、最強たる自身がここまで重症に陥るはずがない。
非力で弱い癖に、誰よりも温かい陽だまりのような存在。気が付いたらもう手遅れで、心臓の中心に居座ってしまった彼女。
その手を離さない。離してはいけない。つくづく、そう思うのだ。五条は浮上した気持ちのまま顔をあげると、眉尻を下げ神妙な顔であやしていたに再び、用紙を押し付ける。
「てなわけで、これ押して。サイン書いて」
回復した途端これである。迫る五条には頬を引き攣らせた。
「あのー・・・それとこれとはまた、」
「別じゃないから、呪術なんて学ばなくていいよ。家にいて、僕の帰りを待ってて」
「・・・嫌です」
「押して」
「嫌」
「押せ」
「嫌ですってば」
「押せっつってんだろ」
「いーやーでーす!!」
堂々巡りだった。調子を取り戻した五条に、は最初こそ遠慮していたものの、強引に推し進めようとする男に思わず強い口調が飛び出る。
「無理やり押し付けてくる悟さんなんか、嫌いです!!」
まず、互いに想いを打ち明け恋人同士となってからまだ数か月しか経っていない。結婚はあまり性急すぎた。
も五条との先を考えていない訳ではない。恋は盲目と言えども、生霊として五条と生活を共にした頃から、彼以上に想える人に出会う事はないだろうすら思っていた。自身の願望も欲望も無理やりくりに抑えつけて、全てを差し出してでもその人の幸せを願う。それだけは五条を想っている。成仏してしまうと思っていたあの頃、は十分に五条への気持ちを自覚した。だからこそ例え交際の期間が少なくとも、五条に押されてしまえば、まぁ、正直なところ。ちょろっと転がり落ちてしまいそうな予感もある。
だがそうであっても。この状況は受け止められなかった。仮にも結婚は一生に一度のものだ。確かに今のご時世、バツイチどころかバツニ、バツ三もない事はないがそれでもムードの欠片もなく強引に勧めようとする五条に、もつい強く拒絶してしまった。
ガーン、とばかりにの言葉に衝撃を受け、文字通り固まった五条には我に返る。次いで衝撃を受け取り損ね、ぷるぷると肩を小刻みに震わせてしまう姿に、しまった、言い過ぎてしまったと気付く。慌てては否定する。
「ごめんなさい、嘘です。
 ・・・でも、私はやっぱり、悟さんに頼りきりは嫌です」
からの『嫌い』発言に衝撃を受け、情けなくも思わずよろめきそうになったが、彼女からの否定の言葉に五条は持ち直す。そこでからの返答に五条は眉を潜めた。
「僕は気にしない」
「私が気にするんです。支え合ってこそじゃないですか、そういうの」
のその考え、嫌いじゃないよ。けどさ、そういう問題じゃないんだよね。君が無事じゃないと、僕の心の平穏が保たれない。
 ・・・ホント、冗談みたいな話で、僕も吃驚してるんだけど、」
そこまで言うと依然としての腹の上で寛いだ様子のまま、こてんと頭を乗せる。仮にも2m近い身長の男だ。乗られれば重さでひとたまりもないが、気を使っているのだろう。横に置かれた椅子に腰かけたまま、の上に頭を載せる五条はさほど重くはない。を見上げて、ゆるりと眦が緩める。
「君なしでは生きていけない」
比喩ではない。五条は彼女がいない日々はもう思い出せないし、想像したくもなかった。
五条からの蕩けるような甘やかな眼差しに一瞬、は息を飲みかけた。いつもおちゃらけている、男の真摯な目は嘘偽りのない彼の本音なのだろう。だがだからこそ、はその内容に思わず眉を潜めた。
「その考え、私嫌いです」
「・・・今のって、殺し文句っていうやつじゃないの?」
堪えた様子のない彼女に、五条は腹の上で思わずぶすくれる。むっとした表情を浮かべた五条には手を振った。
「出直してきてください」
「えー・・・」
ドラマでもよく見かけるし、女ってこういうのが好きなんじゃないの?これって常套句だよね??そもそもだ。言葉は揶揄ではなく偽りのない五条の本心である。だというのに、けんもほろろに断られ、五条は不満を隠さず形の良い唇を尖らせ、駄々を捏ね始めた。
「もー何が嫌なの?自分で言うのもなんだけど、僕ってば超優良物件だよ?」
ようやくの上から起き上がったかと思えば、五条は指折り数え始める。
「今なら六眼でしょ、無下限術式は僕に触ってれば使えるし、なんなら術式・蒼を利用したチョー速いタクシーがわりにもなる。
 御三家の一つ五条家の権力に、東京の僕の家は勿論、無駄にだたっ広い京都の屋敷まるまる全部。あ、あと倉の呪具とかもね!多分歴史的価値ある平安時代の書物に掛け軸でしょ、今にも割れそうな茶具とか変な壺ね。
 昔っから思ってたけど、邪魔なアレでも売ったらまあまあ値が張ると思うんだよねー」
おちゃらけて言ってのけた五条に、は思わず引いた目で見た。なんだか、だんだんと方向性が可笑しくなっている。しかし五条は止まることなく、まるで押し売りのようにつらつらと利点を上げいく。
「僕自身も有り余るぐらいお金あるし。呪術師で教師だから安定もしてるしね。加えて!優しい!最強!国宝級のイケメン!」
指折り数えていた五条だったが、そこでずいととの距離を詰めた。国宝級といっても差し支えない顔面を自覚しているのだろう。五条は端正な顔立ちをへと向けるとにっこりと微笑んだ。
「何より、を世界で一番愛してる」
の手を握り、五条は懇願する。「全部あげるから、お願い」
の全部。俺に頂戴」
美しい蒼い瞳はを見上げて懇願している。眦は緩くとけ、瞳を縁取る新雪のような睫毛は切なげに影を落としていた。薄い唇は微かに弧を描いている。いつもの不敵な表情とは異なり、驚く程温かな微笑みだった。
こちらを覗く美麗な顔立ち。音色ですら甘さが溢れてしまいそうなほど、多分に含んだ言葉。ただ緩く手を握られたというだけでも、心臓が驚く程暴れていた。顔中に血が上ってくる心地には口を無駄に閉口させてしまう。この、ほんとうに、無駄に顔がいいな・・・・!苦心を抱き、暴言すら内心飛んでしまう。最早顔から火を吹く寸前で、は唸りそうに声を抑え声を捻りだす。
「ムード!!!」
の大声に、目の前の五条がきょとんとした表情を浮かべる。周囲の視線が、嫌になる程集まっていた。
保険医であり反転術師である家入に、今回の任務で負った怪我の治療を受ける虎杖、七海。吉野親子は軽症であったため、この場には来ていないが、任務に付き合っていた補助監督の伊地知もいた。更に、のベッドの脇に置かれた布鞄の中には夏油すらいる。
現状、達は高専の保健室にいた。
初めの頃は、また五条の暴走か、と耳だけ寄越して視線を向ける事すらなかった彼等も、止まる様子のない五条に今や視線すらこちらに向いている。集中砲火を浴びたは溜まらず声を荒げた。
「出直してきてください!!」
「えー」
不満を零すこの男に、情緒というものは存在しなかった。





/ TOP /