DreamMaker2 Sample コンクリートの地面に転がされて、縄で縛られていたはふと背後へと向かって声を投げかける。
「夏油さんって、あまり性格良くないですよね」
そこで縛られた縄がとけたのであろう。きつく結ばれていた縄が緩まる。縄は呪具であったらしく、両腕を確認すれば赤い縄の跡がくっきりとついていては肩を落とした。これ、悟さんにバレたら絶対怒られるやつだよなぁ・・・。まぁ、帰宅したら人質にとられてました、なんて展開にならなかっただけよしとしよう。脳裏に海外出張でこの場にいない男を描く。後のことを想像して若干気を落とすに、背後に回り縄を解いた夏油が目を瞬かせた。
「おや、今頃気付いたのかい?」
愛らしいきゅるるとした黒い瞳で、小首を傾げる夏油は今更隠す気はないのだろう。は小さく溜息を吐いた。

この日、は初めて実地訓練に加わった。前々から、五条以外の呪術師が呪霊をどうやって祓うのか見てみたかったのだ。五条は気が付いたら既に祓っているような規格外の男なので、まったく参考にならないのである。
最近では若干呪力も上がり、幽体離脱も自分の意思で行えるようになってきていた。ポルターガイスト現象も少しずつ様になっているのであとは呪霊を実際に祓ってみるだけだ。しかし五条はなかなか頷かず、そうこうしている内に任務先で虎杖が死んでしまう。
虎杖の死には昔から可愛がっている恵も、野薔薇も随分と落ち込んで、知らされたも表には出さなかったが随分と落ち込んだ。同時に、せめて周りに守られるだけの存在にならないよう、自分の身は自分で守れるようになりたいと思ったのだ。悔いがないよう誰かを助けようとする虎杖や、善人を救おうとする恵、常に誇る自分でありたいと思う野薔薇ではないけれど。年下の彼等と比べてしまえば自身の身を守るだけで情けないが、は自身の力量を自覚している。だからこそ、守られているばかりでは駄目だと思ったのだ。あとからこっそりと、気落ちするを見かねたのだろう、五条から虎杖が生きていることを聞かされて、泣きそうになる程安堵した。けれど感じた後悔は深く、この時の意思は固まった。虎杖や恵、野薔薇達があれだけ頑張っているのだから、年上の自身だけいつまでもうだうだしている訳にはいかない。
身を守れるだけの力を得るためには、まずは呪霊を祓えるようにならなければならなかった。けれどにはてんでやり方がわからなかった。呪力は少量で、術式はない。霊になればポルターガイスト現象を起こせるが、もともと体力もほぼない。元OLである彼女は、圧倒的に戦闘センスが皆無だ。散々五条に頼み込んで、最後にはなんでも一つだけ男の言うことを聞くとまで約束をとりつけて、ようやく、今回実地訓練に挑む虎杖に付き添う形で許可を得たのである。とはいっても、あくまでは見学者だ。基本は補助監督である伊地知か、一級呪術師である七海といることが前提だ。

元OL、元サラリーマン同志、七海とは随分と馬が合った。初対面の自己紹介の時点で労働はクソですといってのける七海に、感じ取ったが「サービス残業は」と口にすれば、すかさず「クソ」と七海が答え、「上司は」と今度は七海が尋ねれば、「クソ」とが即答するぐらい、社畜同志気があったのである。
閑話休題
明るく向上心のある虎杖に、脱サラ呪術師の七海、気が弱くてもしっかりしている伊地知と、このメンバーであれば平和に任務のこなせるだろうとは当初考えていた。その楽観的な考えは、誤りであったの後に気付く。
初めに、事件にかかわりがあるだろう、吉野順平という少年に伊地知と虎杖が接触することになった。は二人についていき、同級生である虎杖であれば不信感を抱かれないだろうと、まずは虎杖が吉野順平に関わる事になる。
ここで、動いたのはだった。虎杖は10代にも拘わらずずば抜けた身体能力をもっている。しかし、彼はつい数日前死んだばかりだ。彼一人に任せてまた、もし何かあったらーーそう思ったは補佐監督の伊地知の元からこっそりと離れると、虎杖に連いて行ったのだ。吉野順平が事件に関わりがあるといっても、彼が普通の少年に見えたこともあった。無断で離れた伊地知には申し訳ないが、要は心配性である五条にばれなければいい話である。この時、は甘くそう考えていた。

虎杖は持ち前のコミュニケーション能力ですぐに吉野と打ち解けた。そこで吉野順平の母と偶然出会う事になる。達は彼女に押され、吉野宅へとお邪魔する流れになった。
吉野宅ではゲームではしゃぐ虎杖と順平を横目に、で吉野順平の母親、吉野凪と会話が弾んだ。明るく豪胆な凪に勧められて、酒を飲んだのは覚えている。けれど彼女と話すのは随分と楽しくて、うっかり飲み過ぎてしまったのだ。迎えに来た伊地知には申し訳ないが、吉野順平は問題ないだろう。七海が怪我をしてしまったというから、先に虎杖だけ高専に戻らせ、は凪の好意で、酔いが醒めるまで吉野宅にお邪魔する事になったのだ。

夜も更け、ようやく酔いも醒めてきた頃だった。異変が起きる。凪が呪具に呪い殺されそうになったのだ。彼女の向かい側で居睡していたが気付き、咄嗟に動かなければ彼女は無事ではなかっただろう。一体誰が、こんな事を。随分と強い呪いには混乱して、すぐに伊地知達に電話をかけようとした。しかしスマホを取り出し、電話をかける直前、一体の呪霊が姿を表す。厄介の事に、呪霊は特級呪霊だった。自らの意思で幽体離脱が出来るようになったはすぐに霊体になって、ポルターガイストを起こす。だが、全く歯が立たなかった。呪霊は無傷で、それどころか呪霊はを見て目を丸めるとケタケタと笑い始めたのだ。
の姿は、呪霊には視えないはずだった。しかしその呪霊は別であったらしい。驚くに対して、目尻に涙を浮かべた呪霊は言う。
「ビックリした。お姉さん、死んだんじゃなかったの?」
悪気もなく、呪霊はにんまり笑う。ざわり、と捉えようのない感覚に肌が粟立った。目を見開いたに、呪霊はぺらぺらと話し始める。 魂の形が変わっているのに、呪霊が視えない。一見普通に見える彼女が死んだら、何か変化が起きるかもしれない。呪霊はそうした好奇心からを殺そうとしたらしい。 結局、彼女の魂に変化はなく随分とがっかりしたが、まさか生きているとは思わなかった。
愉快そうに笑ってそう言った呪霊に、はふつふつと腹の底から怒りが湧いてくる心地がした。誰だって気まぐれに、実験するかのように殺されそうになれば、腹が立つだろう。
目の前に立つ呪霊は、が意識不明の重体になった事故をひき起こした張本人だった。
は頭に血が上り、周囲の物を浮かべる。ぶちり、と切れたの負の感情は、の呪力を増幅させた。 普段であれば、2か3つ程しかモノを動かせない。しかしこの時ばかりは、同時に6つ以上のモノを浮かび上がらせる事が出来た。 は手当たり次第に、目の前の呪霊へと攻撃をしかける。 それでも、は呪霊には叶わなかった。
呪霊は避ける事もなく、攻撃は当たったかのように思われた。だが呪霊は怪我一つついた様子もなく、無傷のままだ。我を忘れて鋭い鋏すら飛ばしていた咲はその様子に唖然とした。 その一瞬で、吹き飛ばされてしまう。壁に背をぶつけたは霊体ゆえに怪我こそ負わないが、呪霊に押さえつけられてしまう。首を掴まれ、身動きできないに呪霊は口元に弧を描き、愉快そうに笑った。
「五条悟の人質にしようと思ってたけどーーー気が変わった。君で遊んだ方が愉しそう」
冗談じゃない。嗜虐心を剥き出しにした呪霊に顔を歪めただったが、そこで、の意識はぷつりと切れたのである。


目が覚めてみれば、は見知らぬ場所で縄に縛られ転がされていたのだ。暗がりに見えた備品から、何かの倉庫だろう。古びたマットや、重ねられる赤いコーンに、縄。どこかの用具入れかもしれない。
目が覚めてさっそく、呪霊はで散々遊んだ。霊体状態なら、痛覚ってどうなるのかな?物理は影響なさそうだから、呪力を込めたらどうなるかな?などと宣い殴る蹴ると痛ぶってくれたのである。時間にして数分程だろう。しかし痛みに端正のないは随分と時間を長く感じた。霊体であるにも関わらず、このまま嬲られ続けたら、死ぬ。そう思い始めた頃、用事があるからと呪霊が姿を消した。その後だった。見知った呪骸が現れたのだ。
膝丈程の小さな姿の、レッサーパンダ。それはがいつも布鞄にいれている呪骸ーーー夏油だ。

この頃には、は夏油が見た目通りの可愛らしい性格をしていないと察していた。上手い事、この男に利用されているのだろうなとも。
五条の元学友であり、親友。半年程前、百鬼夜行を起こした本人ーーー呪詛師、夏油 傑。
高専で学んでいるが男の名を本当の意味で知ったのはつい数日前だ。それをようやく知ったに、どうするかい?と軽く尋ねながらも、夏油はがどうするかわかっていたのだろう。は、男をどうする事も出来ない。夏油は呪詛師であるがーーー五条の親友でもある。
たとえ最期は五条が止めを刺したと聞き知っても、もう一度、と思ってしまう。
恐らく、五条は夏油と再会すれば迷うことなく祓うだろう。夏油も同様に、五条と敵対する。彼は今も、淡々と現状の打破を狙っている。それでも、はどうしても、甘さを捨てられない。五条にも言えず、周りの呪術師に告げ口をする事も出来ない。だからといって夏油を野放しにした結果、再び力を取り戻して彼に非呪術師を狙わせる訳にもいかなかった。は監視として、今まで通り夏油を連れて回るしかなかったのである。

今更ひょっこりと姿を現したレッサーパンダは相当、腹の中が黒い。夏油の本性をが知ってからは、隠す気もなくなったようだ。
布鞄に入ったまま、夏油は共に吉野宅にいた。だが特級呪霊と相対しても全く手助けする気配もなかったし、凪に関してはが動いてなければ死んでしまっていただろう。
今はこうして、を助けには来たが、がいなければ男は呪力を得られない。訓練を重ね、呪力について分かるようになってきたは夏油がの呪力をちょろまかしているのを知っていた。知っていて、自身元から呪力が少ないのは自覚しているので目を瞑っているのだ。恐らく、夏油もそれを気付いている。「今日は止めといてあげるよ」と呪力の訓練で疲労した際には、堂々とにそう言ってみせる程である。あまりの太々しさに、いっそ清々しかった。
呪力を盗っている分、協力してくれてもいいだろうに。非難がましい視線のを気にすることもなく、夏油は腕を組む。「今回の件、」
「これは私の勘だが、恐らく私の体が関わっているんじゃないかな」
思わぬ内容には改めて夏油を見た。夏油は肩を竦める。
「まぁ、あくまで勘だけど」
夏油は死んだ人間である。それでもこの世に残っているのは、彼の魂が僅かながら残ってしまい、成仏できなかったのだという。出会い当初の夏油の言葉は嘘ではないのだろう。そうでなければ、夏油がこの世に残ったつじつまが合わない。当初抱いてた『未練』という可能性は、まずないのだろう。未練で幽霊と化したなら、この世は呪霊だけでなく霊も溢れていただろう。霊体の存在は自身か、夏油しか見た事がなかった。
今まで、夏油は肉体を取り戻そうとした事はなかった。手段がなかったという事もあるだろうが。夏油は続ける。
「どちらにせよ、呪霊だけにしては頭が回りすぎている。こちら側の動きも漏れているようだし、高専関係者に裏切者でもいるんだろう。
 君、行くんだろう?」
夏油の問いかけは、半ば確認するようなものだ。こちらを見上げる黒々とした瞳に、は乱れた髪を後ろで結いなおしながら頷く。
「行きたくはないんですけどね・・・。けど、随分と売られた喧嘩があるので」
これ以上ないほどに散々痛めつけてくれた。ぼこぼこにされた恐怖はあるが、せめて一発ぐらいは入れたい。それに、今回の件は片付いていないのだ。ぐるりと見渡した用具入れは、見知った懐かしいものが多い。恐らく学校のものなのだろう。呪霊は吉野の家に現れ、凪を襲ってきた。手頃な廃墟でなく、わざわざ学校の用具入れに放置してまで向かった呪霊に、嫌な予感がした。
「精々、気を付けたまえ」
「夏油さん。あの呪霊、はっ倒したいんで力を貸してくれませんか?」
はそこで、夏油に向き直る。思わぬ言葉だったのか、夏油はきょとんとした表情を浮かべた。珍しく一瞬押し黙ると、くつくつと笑い始める。
「いやぁ、君も中々にイカレてるね」
心外である。眉を寄せたに夏油は小さく喉を鳴らして笑いながら続ける。「私が君が利用していることも、気付いてるんだろう?いいのかい??」
「切れて一周回ってハイになったといいますか・・・だってあの呪霊、一度ならず二度までも私を殺そうとしてるんですよ?さすがに怒りたくもなるでしょ」
あの呪霊、何べんも殺そうとしやがって。思わず口汚く罵りの言葉が浮かぶ。どんな人間でもこれだけコケにされ遊ばれてしまえば、怒りを覚えるだろう。なにせ元凶である。怒りはあの呪霊と再び相対するまでとっておこう。その分、絶対ぶん殴ってやる。は込み上げた感情落ち着かせるように息を吐く。それと、ええと、なんだっけ。ああ、そうだ。込み上げた怒りに一瞬忘れかけた夏油との会話を思い出して、は夏油の問いに答えた。
「だって、私が死んだら夏油さん、そのまま呪骸に入ったままか、霊体で元の場所にいるしかないじゃないですか。だから、わざわざここに来たんですよね?」
「さぁて。どうだろうね?」
夏油はの言葉に、曖昧に笑うだけだった。
「ま、いいだろう。君が死んだところで、この体で他の呪術師に取りいればいい話だけども。
 私も黒幕は気になるからね。本当に私の体を使っている人物がいるなら、それなりにお礼はしなきゃだろう?」
可愛らしく小首を傾げるが、爽やかな物言いの癖にやる事は腹の黒い夏油の事だ。恐らく、洒落にならないものだろう。夏油が取り憑く呪骸は、もっとおどおどろしい外見の姿を用意した方がよかったかもしれない。チャッピーとか。市松人形とか。今更ながら思ったに、夏油はにこりと言う。
「君ほど弱くて、扱いやすい人間もなかなかいないしね」
「・・・夏油さん、ほんっと良い性格してますね・・・・」
「今更だろう?」
清々しいほど、隠す気がない。この腹黒いレッサーパンダと腹の探り合いをしなければならないのは随分と疲れる。が、背に腹は代えられなかった。
レッサーパンダーーー夏油傑には手を差し出す。夏油の小さな手が、掌の上にぽふりと置かれた。呪骸である夏油とは体格に差がありすぎるので、握手というよりも芸をするかのようだ。とはいえ。

「「利害の一致だ(ですね)」」

改めて、は夏油と協力関係を気付くのだった。


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