DreamMaker2 Sample 慌ただしく冬を終え、繁忙期の年の初めもどうにか終えた頃。既に初夏に入りはじめたその日、東京都立呪術高等専門学校内にある広々とした講堂の一室にて、呪術師が集められていた。
「はいはい、皆ちゅーもくー!!」
壇上に上がるなり、マイク片手に声を張り上げるのは長身の男、五条悟だった。常に全身黒を纏い不審者然の男だが、この日の装いは目隠しこそしていても、珍しく正装である。口を閉ざしてさえいれば美麗な顔立ちな男だから男の正装は恐ろしく様になっていた。黒のスーツは一目で分かる程艶のある上質なものだ。反対に覗かせるシャツはグレーのストライプで、品の良さを残しつつも大人のカジュアルさを醸し出している。濃紺のネクタイは緩くしめ、黒のハーフグローブを嵌めた様は、銀座のホスト顔負けである。
ほお、補助監督の女性陣から思わず甘い溜息が零れる。男の内面の面倒臭さについては周知であったが、内面さえ目をつぶれば男は極上なのである。
視線を一瞬で奪い去った男は、さして気にかける事もなく壇上の中央まで歩くと珍しく粛々とした様子で口を開いた。
「えー、では私五条悟、僭越ながらここにお集まり頂きました方々の代わりに、あ、京都のお爺ちゃんも来てくれたの?
 わ〜、今年もポックリくたばらずに新年迎えられてよかったねぇ」
しかし真面目な様子は十秒すら持たなかった。
壇上から見えた京都の学長である楽巌寺を見つけるなり、意気揚々と煽り始めたのだ。変わらない男の様子に、しわの刻まれた額に青筋が薄っすらと浮かび上がる。京都学長の鋭くなる眼光に隣に座っていた東京高学長の夜蛾は頭が痛くなった。あれだけ、くれぐれも大人しく、真面目にしろと注意したというのに。疾うに成人を過ぎたアラサーであっても、この元教え子はどうにも変わらないままだ。
致し方なく注意を飛ばそうとした夜蛾の気配に気づいたのか、五条は学長を煽るのを唐突に止めた。単に反応のない楽巌寺の様子に飽きたからかもしれない。
「ごっほん!では、宣言いたしまーす!」
五条はマイク片手に、意気揚々と声を張り上げた。
「東京都立呪術高専と京都呪術高専合同、第一回新年会をぉーやりやすっっ!!」


新年会とは一般的に年明け、少なくも1月中に行うのが通例である。
しかし呪術師の世界では年末年始といえば人の負の感情、怨恨の集まる繁忙期だ。加えて、例年以上に年末は様々な騒動でそれどころではなかった。季節は既に春を過ぎ、新年度も始まっている。初夏ではあるが、この頃になれば呪霊も落ち着いてきた。呪術師はようやく、息をつけるようになるのだ。
遅い新年会はいつもなら各校行われるのだが、今回は合同で行う事になった。これには年末の騒動で呪術界は西も東も関係なく忙しかったことが原因である。良い機会だと今年度は通年とは変わって、共に労わる席を設ける事になったのだった。

「あいつら、何やってんの・・・?」
騒がしい同級生の様子を見て、思わず釘崎が眉を潜めた。
黒い花のレースであしらわれたトップスに、ふわりとしたスカートのワンピースを着た彼女もこの日ばかりはドレスアップをしてこの場にいる。化粧も施し、いつもの強気な様子とは異なり女性らしい可憐な佇まいだ。折角完璧に着飾ったというのに思わず顔を歪めてしまう程、その光景は台無しであった。呆れる釘崎の隣で、伏黒が肩を竦める。
「さっきのゲーム。早々に勝負を吹っ掛けられた虎杖が、負けて東堂に付き合わされてるらしい。吉野はとばっちり」
新年会定番のビンゴゲーム。虎杖は始まって早々、京都高の東堂に勝負を吹っ掛けられていた。一人は嫌だし、どうにか回避しようと同級生の吉野順平も巻き込んでさっさと絡まれない様に勝とうとしたらしいが、あえなく負けてしまったらしい。
釘崎だけでなく虎杖や順平、伏黒もスーツ姿だ。まだ十代にも関わらず、呪術師として鍛えられた体躯にスーツ姿は長い手足をより引き立たせる。この日は京都高との合同新年会ということで、誰もがいつもの制服や私服姿ではないしっかりとした装いで参加していた。しかし虎杖達は折角の衣服も、既に着崩している。敗者として東堂に付き合わされブギウギをすることになった二人は、滲む汗に溜まらず上着を床へと放り投げる。
「うわー・・・虎杖自棄になってんな・・・」
「まあ、周りの目が痛いだろ」
ちなみに、東堂は既にシャツすら脱いで上半身をさらけ出し、申し訳程度にネクタイを肩にかけている程度だ。当然ながら会場の視線を集めることになり、虎杖は折角のノリの効いたシャツの両腕を捲り、東堂のブギウギに付き合うことにしたらしい。伏黒は思わず、突き合わされている順平に哀れみの眼差しを向けた。
「あ、脹相が加わった」
と、自棄になって踊る三人の元へと、鼻の上に傷のある黒髪の男が参加し、釘崎は思わず零す。弟ばかり恥を晒させられない・・・!と兄である事を誇る男前な彼は、初っ端から随分と飛ばしてる。東堂にも負けない堂々なブギウギである。周囲の目線もなんのその、キレッキレで踊る兄弟の彼等に、義姉が津美紀でよかった、と思わず心の底から安堵した伏黒だった。と、そんな風に家にいるだろう、基本大人しい姉を思い浮かべて安堵したのがいけなかったのかもしれない。
突然、会場のクラシック調の曲が途切れたかと思うと、音量を上げたジャズソングが流れてきた。
突如様子の変わった会場に驚き、それぞれが穏やかに交わしていた会話も途切れる。ややあって会場の明かりも点々と間隔をあけた灯りだけを残して消され、辺りは薄っすらと暗がりに包まれた。
戸惑う会場で、陽気な声が響く。飄々として変わらないのはやはり、この男だけだった。「はーい!」
「ここで、カラオケ大会の予定を変更しまして、フリーダンスタイムに入りまーす!」
「「「「は?」」」」
というより、元凶である。
壇上脇のカーテンの向こう側にある音響設備から出てきた五条は、へらりと笑う。
「いや、だってカラオケ大会とか新年会の十八番もいいとこでしょ。今時古いし、ぶっちゃけ毎回それで僕飽きたし」
何言ってんだこいつ、と顔を歪めていく高専関係者。襲われた頭痛に頭を抑える学長の夜蛾。担任のフリーダムさに思わず気まずさを覚え、視線を逸らす伏黒、釘崎達一年。諸共気にした様子もなく、五条は両手を軽快に叩く。
「はいはい、呆けてないで踊って踊って!ほら、そこの若人達見てよ、腹出してノリノリじゃん!皆真似して!
 傑も突っ立ってないで、ほら率先してお腹出して!」
「止めてくれ。唐突に私を巻き込まないでくれないか」
学生時代からの親友と言えども、まさかこの場で巻き込んでくるとは思わなかった。というかしないで欲しかった。ストライプタイプのダークカラーのスーツを着こなし、壁際で静かに酒を嗜んでいた夏油は、思わず手を止めて頬を引き攣らせる。
「はい、双子!大好きな夏油先生と踊れるチャンスだよ!いいのー?」
しかしここで止まるような五条悟ではない。五条は夏油が昔から世話を見ている少女たち二人、今では高専生徒である美々子と奈々子へと発破をかける。比較的まともな夏油に育てられたこともあり、この一連の出来事も下らないと一歩後ろで見ていた彼女は、五条からの提案に思わず目を瞬かせる。夏油は思わず、やられた、と天井を仰ぎたくなった。双子は恩人である夏油を慕っているし、夏油もまた娘のように思う彼女たちの要望にはてんで弱い。双子から向けられる熱視線に、見事に踊らされてしまった事に内心大きく溜息を吐いた。昔から様子を見ているだけあって、何を言わずとも彼女たちのキラキラとした眼差しからは読み取れる。夏油は腹をくくると、今では高専生として大きく成長したものの、昔から変わらない彼女たちに小さく笑った。
「あまり、得意ではないんだけれど。よかったら、踊るかい?」
「やりします!」
「私も!!」
途端、喜びの表情を浮かべた彼女達は夏油へと飛びついた。

ポップなジャズソングに、東堂は既にノリノリで虎杖と順平も曲がある分先程より楽しそうである。そこへ癖のある高専でもまともな枠に入る夏油と双子が加わり、突然の予定変更に戸惑っていた呪術師の風向きも変わっていく。びっくりはしたけど、まぁ、夏油がやるなら・・・。と揃いも揃った掌返しである。高専に置ける夏油と五条の信頼度合が推し量れるというものだ。いの一番に参入したのは、首元に黄色のリボンタイをつけたパンダと、サスペンダーズボンでカジュアルにまとめた棘だ。
「よぉーし!俺らの担任もやってる事だし、俺の魅惑的なパンダダンスを披露してやるか!」
「しゃけしゃけ!!」
二人に巻き込まれるのは特級呪術師、乙骨である。おろおろと周囲を見渡して乙骨は戸惑うように言う。
「僕、こういうのあまり得意じゃないんだけど・・・」
「明太子!しゃけ!高菜!」
気にすんな!と言わんばかりに親指をビシリと立てた棘に、乙骨も腹をくくったようだ。
「よしよしウチの二年はノリがいいね!京都高のみなさんも見習ってくださーい!あとウチの一年もね!」
「「げ」」
ご指名がかかり、伏黒と釘崎の口から声が漏れた。
「結構楽しいぞ伏黒!釘崎!!」
一歩引いて見ている彼らに、虎杖が声をかける。このまま見ているだけいれば、確実に担任の五条は絡んでくるだろう。音楽に合わせて快活に笑う虎杖をもう一度見て、二人はやれやれと内心肩を竦め、足を進める。
「・・・仕方ないわねぇ」
「はぁ・・・」
眉間の皺をそのままに伏黒は重々しく溜息を吐く。渋々、という様子を隠すこともない伏黒は、しかし踊り始めてみれば意外にも軽々と踊って見せ、虎杖に思い切り肩を叩かれるのだった。

京都高は東京高のぶっ飛び具合にはすぐについていけない様だった。しかし一人、二人と踊る者が増えていくと、意を決した様子で声をかけた者がいた。メカ丸だ。
メカ丸は顔を真っ赤に染め上げ、どもりながらも同じ京都高専の三輪へと声を掛ける。驚いた様子の三輪だったが、ややあって頷く。互いに頬を染め上げ、初々しくも踊る二人にやがて他の生徒達もつられていった。
虎杖達の横でうっかり肩をぶつけた釘崎と真依は、早速互いを挑発し合い、二年の真希や西宮も巻き込み交流会のリベンジマッチとばかりに釘崎、真希VS真依、西宮のダンス対決へと入っていく。一人だけ、一歩引き椅子に腰かけたままの加茂といえば、よく見れば足元がリズムを踏んでいたりする。表情こそいつもと変わらないが、意外にも彼はノリが良かった。学長は学長同志、伊地知は補助監督達と談笑を続け、七海は明るい灰原に引っ張られて、渋々付き合わされているようだ。

完全に新年会場はダンスホールと化し、周囲の様子を壁際に背を預けてみていたは、さてどうしようかと内心首を捻った。
呪術師である彼らは呪霊を祓う事は本分である為、元から運動神経がずば抜けている。例え踊り方を知らなくても、あれだけ運動神経が飛び抜けていれば大したこともなく様になり、すぐにモノにしてしまう。
しかし一般事務員であるは別である。元々、は一般人である。視界の隅にいる家入、歌姫の酒盛りペアに混ざらせてもらおうか、そうが思った時だ。
「そこの綺麗なおねーさん」
コツリ、と音を立てた革靴が映る。聞きなれた艶やかなテノールの声に、は影の出来た正面へと視線を上げた。
革靴に黒いスーツに身を包んだ男は、男の長い手足を強調させている。上等なスーツを着こなしているのに、シャツのボタンとネクタイは緩め、しかし男の冷え冷えとした美貌故に下品な印象を与える事はない。見上げる程の高身長の男は、と目が合うとにんまりと口の端を上げた。
壇上に立っていた時から思っていたが、間近で見るとよりとんでもない色気の塊である。ただ佇んでいるだけでも緩めたシャツから覗く鎖骨、ハーフグローブ越しの無骨な掌に、スラリとした手足。男の恐ろしく秀麗な顔立ちは言うまでもないだろう。
壇上にいた時とは異なり、いつの間にか目隠しを止めてサングラスに切り替えたらしい。男は長身を屈めて、と視線を合わせると黒いハーフグローブを嵌めた片手を恭しく差し出す。屈む動作に、白銀の髪がさらりと流れた。目線が合ったサングラスの向こう側で、蒼眼が緩やかに細まりこちらを見つめる。
「僕と、踊って頂けませんか?」
男が先程放ったお姉さんという単語は、随分と久しぶりに聞いた。懐かしく感じると同時に、目の前のスーツを着こなす美丈夫に、改め成長を感じる。伺うように差し出された筋ばった掌を前に、は尋ねる。
「・・・私、踊れないよ?」
五条は口の端を上げると、華やかに笑い飛ばした。
「いいの、いいの。楽しければさ!」
大したことではないと言わんばかり笑って見せた五条に、は苦笑を浮かべる。
を尊重して五条は無理やり連れて行こうとはしないし、断れば隣にずっと居座るだろう。けれど特級呪術師であり、そもそも言い出しっぺである彼を壁の花にするわけにもいかない。改めて会場を見渡すと、皆が皆、曲に合わせて思うように踊っていた。
は一般人であるし、運動神経が良い訳でもない。けれど目の前の無駄に自信満々の五条を前にすれば、些細な事のように思えて、気にしなくていいように思えてきた。
(楽しければ、いいか。)
途端に、スッと胸中が軽やかになる。
軽くなった気持ちに押され、は五条の手におずおずと自身の手を重ねた。重なった掌に、五条はみるみる内に喜色の笑みを浮かべる。やんわりと重ねられた掌を握り返し、しかし決して離すことはなくの手を引いた。
サングラス越しに僅かに覗く蕩けるような男の眼差しに、僅かに残っていたの不安すらもかき消えていく。いつの間にか、も穏やかな笑みを浮かべてた。
二人は笑みを浮かべ、賑やかで騒がしい会場へ足を進めるのだった。



ダンス、ダンス、ダンス!






/ TOP /