相棒

DreamMaker2 Sample 私、28歳。ちょっと過去に訳ありな、けど周りと比べれば特に代り映えもない何処にでもいる元OL、だったんだけど。
ある日、突然無人のトラックに跳ねられたと思ったら吃驚仰天!目が覚めたら小学校のトイレで幽霊となって彷徨っていたの。死に際にうっかりトイレのことを考えたから、トイレの地縛霊になっちゃったみたい。しばらくトイレから出れなかったんだけど、夜中に黒い服の女の人がやたらと出入りしていると思ったら、いきなり2メートル近い成人男性が入ってきてもう吃驚!けど、その人のお陰でどうにかトイレから解放されて色々とあって一見不審者な彼と一つ屋根の下で生活する事になったの。
つい数日前、そんな彼との共同生活も同棲という形に収まって私自身も今は元通りOLに、とはなれなかったんだけど。一時生霊になった影響で、体に戻っても魂が抜けやすくなる特異体質になっちゃって、今まで見えなかった呪霊も見えるようになっちゃった!
慌ててその手に詳しい同棲相手に相談して、急遽年齢的にはきついけど、高専に研修として通わせてもらえることになって、ここ最近は必要のない時間は事務員として働かせてもらいながら、呪力については毎日授業を受ける日々。でも、今日は久しぶりのオフ!生身に戻ってからやたらと束縛が強くなって、気が付いたら抜けない指輪も嵌められた我儘な同棲相手といえば今日は出張中!
新宿で優雅にお買い物でもしよ〜と久しぶりのオフを満喫!好きな服も買えて、お洒落なカフェラテ片手に軽い足取りの私。時間もまだあるし、ちょっと散策して新しいお店でも開拓しようかな、って思っていたらうっかり見てしまったの。
ビルとビルの間にあった、錆びた非常用階段。そこにたむろっている糸目の男の人。
急いで、目を剃らしたわ。だってその人、ちょーっと体が透けてたの。見た目は今まで見てきた気持ち悪いものじゃなくて人の形をしていたからそんなに凶暴そうには見えないけど。透けてるってことはよくないものだわ。
だから、私は即座に顔を逸らして素知らぬ振りをするつもりだったの。
「やぁ!そこの君!私が見えているんだろう?」
声を掛けられたけど、知らないわ。知らないわったら知らないわ。
思わずここまで少女漫画みたいな回想を起こしてしまいそうになるほどテンパってるけど、本当に、私は見てないの。
「おっと、危ないよ。折角の飲物が隣の人に零してしまいそうだ」
後方からの声に手を動かしたのは反射的なものだった。動かした後には我に帰る。そろり、とさり気なく視線を向けてみれば案の定、非常用階段の男の人はそれはもうにんまりと笑っている。
呪霊というのは、認知されてしまえばそこでお仕舞。今まで沢山体験してきたから、ああ、これはどうあってもダメだとは腹を括ることにした。

ひくり、と頬を引きつらせながらは、男は意思が図れる様子だし、もしかしたら以前の自身と同じ状況と同じかもしれないと前向きに捕らえて仕方なく、非常階段へと足を向けた。
こうして新宿の一角にいて出会った男は、やはり呪霊ではなかった。しかし男は確かに死んでいるが、諸事情から別のところに魂が僅かに残ってしまっていて成仏できずにいるらしい。しかし以前の同様、今の彼は最期に思い浮かんだ『家族』と別れた場所、非常用階段から動けずにいるようでどうにか助けてくれないか、と男はに頼み込んできた。
始終にこやかで、出家でもしているのか僧衣の恰好こそしているが人の良さそうな男であった。
男の名前を夏油傑。享年28歳だという。見た目通り、俗世に嫌気がさして出家したのだと男は語った。
思い悩んだ結果、は悪い人ではないだろうと結論付けて夏油を手助けすることにした。
しかしいざ、以前自身が助けられたように男を縛り付けている糸を切ろうとしただったが、これがビクともしない。五条は指先で祓っただけで切れたというのに、は引っ張ってもねじってみても駄目だった。
四苦八苦する様子にぼそりと、「嘘だろ、君まさか猿かい・・・?」と呟いたが、呻きながら糸を引いていたは聞き逃してしまった。
咄嗟に聞き返したに、男はにっこりと笑った。
「仕方がないね。別の方法を探そう」
君の鞄の中、呪具か何か入っていないかい?
男が指差したのはの鞄である。指摘されて一瞬目を瞬かせた後、は該当するものを思い浮かべた。
しかしこれを出したところでどうなるのか。訝しみながらは呪力の訓練として渡され、ようやく慣れてきた今もは弱いので、常に手放さないようにしていたものを取り出す。
鞄から取り出したのは、茶色と黒、白で出来たぬいぐるみである。
円らな黒い瞳が特徴的な、三角の耳がちょこんと生えた愛くるしいそのぬいぐるみはなんと学長お手製だという。
呪力を一定に保ち続けなければ殴ってくる呪骸は怖面な学長は随分とファンシーな趣味があるのか、特に今回はキモかわいい外見ではない。どこからどう見ても狸のようなネコ科、レッサーパンダである。
パンダといい、学長はパンダに連なるものが好きなのか随分と実物に似た力の込みようであった。
男は取り出されたものに渋面を浮かべた。「止む負えまい・・・」夏油は小さく溜息を吐くと、呪骸を貸してくれないかと申し出てくる。は内心首を傾げながらも、夏油へとぬいぐるみを手渡した。
男に呪骸が触れた次の瞬間。
目の前にいたはずの夏油が、消えた。
瞬きもしない内にだ。咄嗟に周囲を見回すが、辺りにはと手渡したはずのぬいぐるみが地面へと落ちているだけである。
・・・もしかして、成仏できたのだろうか?男が訳ありだというから、は以前の自分と重ねて手助けしたい気持ちが生まれていたようで、男が無事消えた事に胸を撫でおろした。その時である。男の声が足元がした。
「やぁ、私はここだよ」
驚き視線を向けて、は更に目を見開くことになる。地面に落ちたはずのぬいぐるみがよいしょ、と立ち上がっていた。「助かった。これでここから動くことができる」
「けど、私は諸事情から高専関係者にばれる訳にはいかなくてね。普段はぬいぐるみの振りをする事にするよ。」
この声は、間違いなく僧衣の男のものである。驚きに視線を逸らせないを他所に、完全に起き上がったぬいぐるみの姿の男は言う。
「悪いけど、これから宜しくね。ああ、そうだ。君の名前はなんていうんだい?」
二足歩行で立つ姿は学長の力作という事もあってどう見ても某動物園のそれである。
足元のレッサーパンダは、円らな瞳で友好的に尋ねてきた。


ここで一つ蛇足を話そう。レッサーパンダは可愛らしく害のないような姿をしているが実は食肉類である。
狸のように見えるのに、その実ネコ科。まさに狸と狐の化かし合いという言葉を体現したような生き物。
その一見愛くるしいレッサーパンダに憑依したこの男、夏油傑といえば奇しくも腹の底がどす黒い男であった。外見も、口調も温和で友好的にしか見えない。しかしその内面といえば非術師は全員猿と見下すような男であった。
は辛うじて見える呪術師のようだが、役に立たないようならばこの時の男はすぐさま切り捨てる算段であった。それを今しないのは、先ほど述べたように高専関係者にばれる訳にはいかないからだ。
呪術師とも呼べないような弱さのこの女なら、下手にかかわりたくない高専関係者とかかわる機会も少ないだろう。
それにここから抜け出せたことといい、上手く口車に乗せていた男からすれば利用しやすそうであった。
非術師は猿。そんな奴らは全員死に絶えてしまえばいい。と過激な思想を根底に持つ男は、そうとは悟られないように振る舞う。
しかし、後々。渋谷で起こる事変で共に駆けることになるとは、この時のも、レッサーパンダも気づきはしないのであった。


これが後日、の相棒となるとなる少し変わったレッサーパンダとの出会いであった。




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