DreamMaker2 Sample 人集まるところに、呪いあり。人が多ければ多いほど、負の感情が集まりやすい。
中でも疑似閉鎖的空間であり、多感な年頃の子供が集まる学舎は、必然的に呪いが集まり結果として怪談話が生まれやすかった。しかしそのどれもが然したる害もない呪霊によるものだ。少し人を脅かす程度で、人を殺めるほどではない。
大抵の場合は、子供達の負の塊だからこそ軽くすみ、借りに重いものでも学校という空間では瞬く間に噂となり伝わりやすい。そうして事態が悪化する前に専門の耳にも入るのだ。
この日も、ある小学校で起きた怪奇現象に、呪術師が一人派遣されることになった。
小学校の女子トイレで、誰もいないのに音がするーーそんなありふれた怪談話だ。
普段なら気にかけない話だが、しかし重なるようにその学校の付近で呪霊が頻繁に現れるようになっていた。
呪霊か、はたまた呪物によるものか。
調べたところ、呪霊が誘き寄せられているのはその小学校の付近である。そうなると児童達の間でまことしやかに噂されている怪談話は、実に怪しかった。火のない所に煙は立たない。呪霊に関しては殊顕著で、見ることも出来ない一般人は怪奇として捉えられやすい。

以下、調査を行った三級呪術師、釘崎野薔薇の証言である。

「今時の学校って設備がいいわよね。それともこれが田舎と都会の差かしら・・・え、違う?呪霊についての報告??
何もなかったわよ。
むしろ、綺麗すぎて引いたわ」

田舎から上京したばかりの彼女であるが呪霊に関しての知識に問題はなく、負けん気の強さと物怖じしない彼女の性格から、三級といっても十分に力がある呪術師だ。
しかし、彼女をもってしても原因は特定出来なかった。
報告を受け、原因究明のために学校以外にも目を向けるが、日に日に呪霊が周囲に増えるばかりだった。周囲には怪しい点も見当たらず、そうなるとやはり学舎への怪しさは拭えない。
再び、呪術師を派遣する事になる。


以下、派遣された三級呪術師、三輪霞の証言。

「綺麗なトイレでしたね。
え?様相じゃなくて報告ですか?
うーん、何もありませんでしたよ?問題点ないかと思われます」

京都高専の生徒であるが、呪術界は常に人手が足りないマイノリティーな業界だ。西へ東へと呪術師は常に奔走する。
個性派しかいない呪術界隈で彼女の性格は実に大人しく、比較的平凡と捉われがちだが一門相伝であるシン・陰流を習得し、半径2.21mの簡易領域を張れる彼女に斬れないものはない。数年前までは呪術師の存在も知らない平凡な学生であったが、今では呪術師として充分な力量を持っている。しかし、彼女もまた原因解明には至らなかった。

明らかに怪しい場所があるにも関わらず、解決の糸口が見えない。呪霊も増え続け、これでは埒が明かない。上層部はより強い呪術師を派遣することにする。

一級呪術師、冥冥の証言。

「残念ながら、何もなかったよ。呪物も残穢の欠片もない。いらぬ徒労だったようだね。
まあ、きちんと支払ってくれるのなら私は問題ないさ。
振り込みはいつもの口座でお願いするよ」

所属先こそないものの、抜きん出た情報収集力、術式でフリーの呪術師として動く彼女は、補助監督も必要なく一人でやっていけるほど優秀な呪術師だ。さらに妖艶で儚げな外見とは異なり、彼女は金さえ積めばなんでもこなす。
守銭奴相手に出し惜しみせず叩いた大枚の結果は、しかし無駄足となってしまう。

呪霊は増えるばかり。刻一刻と拡がる被害は遂に一般人にも広まり始めた。
状況が悪いことに、呪霊が集まるのは学校の周辺だ。このままでは最悪な事態が起きかねない。あと、自棄も回っていた。
大枚叩いてスッた呪術界は呪術界きっての最終兵器をぶつけることにする。
呪術界最強の男。
すなわち、五条悟の派遣が決まったのだ。
「え、まじで?」任務に指名された最強の呪術師は、派遣先の場所に珍しくひきつった表情を浮かべるのだった。


かくして、明くる日。
男はとある小学校を訪れた。
今のところ、なんの変哲もない学舎だ。
周囲には呪霊が沸きやすくなっているというのに、件の場所は足を踏み入れた瞬間、清涼な空気を纏っていた。
・・・なるほど、報告にあった綺麗すぎるというのはこの事か。これは人の住みえない山や神社、そうした類のものだ。
都心のど真ん中の学校で、である。
これでは確かに、何もないわけがない。ここには確実に何かがあるーー
そう核心して、目隠しの下の彼の目は無意識に鋭くなる。
気乗りしない、最強たる己の出る幕もないだろうつまらない任務に緩み、舐めきっていた意識も僅かばかり見直してーー

「え、イケメンなのに小学校の女子トイレに平然と入ってくるとか・・・」

ドン引いた表情を浮かべた女が軽蔑の眼差しを向けてきて、男は失ってはいけない何かを失った心地を味わう事になる。

男はにっこりと、陽気に微笑んだ。


「アハ、祓うよ〜? 」


***


男は年頃は20代半ばだろうか。スラリとした体躯で随分と高い背で、天井に当たらない様窮屈そうにやや頭を屈めて男は悠遊とやってきた。
―――そう、小学校の女子トイレにである。
長い手足と高い身長にも拘わらず小さな顔立ちは整っていて、まさにモデル体型である。加えて珍しい銀色の髪も相まって隠し切れないイケメンオーラが男からは漂ってはいるが、それはそれ、これはこれ。
疾うに成人済みであろうに、あまりにも堂々たる様子にたとえ自分が周りに周知されなくても思わず女はドン引いて呟いていた。
しかし、ここで思いもよらぬことが起きる。
誰にも聞き咎められない非難の声のはずだった。けれど、男が顔を上げる。
黒いスラックスに、黒の襟付きの長袖。トドメに目元まで黒い布で覆い見る限り不審者である男は、にっこりと微笑んだ。「アハ、祓うよ〜?」
男は笑顔である。両手も未だに気だるそうに両ポケットにつっこんだままだ。しかし何故だろうか。女は辺りの温度が急激に氷点下までさがったような心地がした。
目隠しもしていて圧倒的不審者である。なのに蛇に睨まれたカエルとはこのようなことを言うのだろう。
口元はにんまりと弧を描いているのに、目隠しの下の目は絶対に笑っていない。これが大男からの威圧だろうか。
無意識の内に体がガタガタと震えだす。女は今、誰にも声どころか姿形すら捉われないはずである。それは十分知っていたけれど、思わず反射的に頭を下げて懇願した。

「ごめんなさいすみませんでした許して!!!」

この男、普通じゃない。いや、うん、小学校の女子トイレに躊躇せず入ってくるくらいだからそりゃあ普通じゃないだろうが。
兎に角も女の本能的危機に、彼女は必死に頭を下げたのであった。

謝り倒す勢いの彼女に、男は一瞬肩透かしをくらった。初っ端から思っていたがこの言動といい、どうやら彼女はただの呪霊ではないらしい。これではどう見ても、普通の一般人にみえる。まあ、それはあり得ないのだが。
報告では、誰も彼女のような存在を見つけられていない。彼は彼が持つ特殊な眼があったからこそ彼女を認知出来たのだろう。乱雑に頭を掻く。当初の予想通り最強が出る幕もない取るに足らない相手ではあるが、これは確かに六眼を持つ己が最適だろう。
はたして、女の必死の謝罪は上手く聞き届けられたようで、動いた空気に地面へと下げていた視線を向ければ男は既に威圧感を消していて、気だるげな様子に戻っていた。

「うーん。君、呪霊じゃないね」

呪霊?聞きなれない単語に怪訝そうな女に、男は人差し指を立てると、くるくる回しながら簡単に説明する。

「人の負の感情から生まれた、一般人には見えない化け物。ようするに悪霊みたいな存在、ってこと」

ははあ、なるほど。
しかしそれならば、断じて違うと女は言い切れた。何しろ若干記憶が薄れている部分もあるがここにいる直前までの記憶があるのだ。

「車でぽーんしちゃったみたいでして・・・」

簡潔にいえば、それである。まあ、女は幽霊であった。
当初は呆気ない死に随分と落ち込み、忘れようと無心に誰もいない時間を見計らってトイレ掃除をしていたが。何故か彼女はこのトイレから出ることが出来ないのだ。いくらなんでも日がなトイレの生活は辛く、せめて住みやすくする為にと備え付けの用具でピカピカに磨ききったのは彼女である。こうして日に日に輝きを増していくトイレに、怪談話が生まれたのだ。
淀みのない空気といい、様相もホテル顔負けの有様である。

「にしても。なんで君、こんなとこに縛り付けられてんの?」

男はちらり、と女の右足首に視線を向けた。不思議に思い女も視線をたどったが特に何も見当たらない。気のせい?再び男に視線を戻せば男は既にこちらを見ていて、首を傾げる。
地霊も呪霊も、思い残す場所に捉われやすい。たとえ呪霊でなくとも、彼女もまたそうなのだろう。
しかしここは何の変哲もない小学校のトイレだ。すると純粋たる彼の疑問の視線に、すいと初めて女の視線が泳いだ。
おや?と注視すれば僅かに頬を上気させて口をもごつかせている。しかしここで大人しく引き下がる程、五条悟という男に人を気遣うという心は存在しない。黒い目隠しをされているにも関わらず、じいっと見つめてくる視線に耐えかねて、女は視線を他所へと向けたまま気恥ずかしげに答えた。

「・・・いや、あの。多分なんですけどね。
 最期にトイレ行きたいな、って・・・」

再度言うが、五条悟に人を気遣う気持ちは持ち得てない。
僅かな間。次の瞬間遠慮なく男は声を立てて笑い声をあげるのだった。


***


「すっげー間抜けな理由!
 いやー笑った、笑った」

長い長身を曲げて、ひいひいと笑う男に女は羞恥に体中が沸騰する心地を味わう。笑ったという割にまだ収まらないのか、言葉尻に笑い声が漏れている。

「誰だって悲惨な死にざまは嫌でしょう!?私は嫌ですよ!?!?」

アラサー間近といえどもまだまだ若い身空で死を迎えたのだ。せめて人間の尊厳は保ったまま死にたいと思って何が悪いのか。憤慨する彼女の様子に男はまた何かが笑いを誘発されたのか能天気に笑い声をあげる。
・・・女は確かに、数週間誰にも認知されることなく一人寂しくここにいた。小学生や偶に少し変わった若い女性がやってくることはあったが誰も彼女に気付くことはない。あまりにも一方的でその数週間の孤独は彼女に人恋しさを芽生えさせるには十分だった。だから男が奇跡的に自分と認知出来て、幾ら男の見た目が不審者であろうと少しばかり浮かれていた。今ではそれが悔やまれる。軽薄そうな男は中身も緩く、初っ端からそうであったがデリカシーの欠片もない。遠慮なく笑う男に対して、女がチェンジと思うのも致し方なかった。

散々笑う男に対してうっすら女が殺意を抱き始めた頃だ。
男は折り曲げていた長身を戻す。

「っはー。でも、このまま呪霊になられたら困るし」

そういって、男は女の真横まで来ると唐突にかがむ。そのまま彼の目についていた黒い糸を人差し指で祓うように切った。彼女には見えていないようだが、彼女の足首に絡みつきこの地に縛り付けていた糸だ。
これでこの地に縛られることはなくなっただろう。視線を女へと向けると、女は男の言葉に怯んだようにこちらを見ていた。

「い、痛いです・・・?」
「痛いかどうかは僕知らないけど。ぽーんよりはバン!かグシャ!って感じかな?どっちが良い??選ばせてあげるよ」

どっちも嫌に決まってる。

「悪さなんかしません!お約束します!!」

最早意地もへったくれも何もない。死に際の痛みは今思い出しても身震いてしまう程強烈であった。
直前のトイレに行きたかった、なんて思考はほとんど痛みからの現実逃避のようなものだ。彼の口ぶりからそれ以上の痛みが予想されてさっと顔から血が引いてしまう。もとから死んでるから血なんか通ってないけど。それほどご遠慮させて頂きたい。地べたに頭を擦りつける勢いで女は土下座をする。
しかし男はその様子を膝で頬杖をつき、にまにまと薄い笑みを浮かべて見ているだけだ。
――やっぱりこいつ!人でなし!!
実に楽しそうな笑みである。目尻にじんわりと涙を浮かべたまま、女はええい自棄よ!と思いっきり再び頭を床へとぶつける勢いで―――のめり込んだ。
ぐるりと体が勢いを殺さず前へ下がる。
あれだけ幾ら試しても出れなかった部屋の床から、体が透けるように抜け出したのだ。これは五条がこの地に彼女をとどまらせていた楔を切ったから動けるようになったのだがこの時彼女は閃く。

このまま逃げてしまえ

勢いをつけて床から抜け出し、一つ下の階へと降り立つ。そのまま、彼女は脱兎のごとく逃げ出した。



しかしながら、決死の女の逃亡はほぼ一瞬で終わることとなる。
自在に浮いたり通り抜けたり出来る事に気付いた彼女がそのまま壁をすり抜け学校を抜け出そうとした時だ。
絹を裂くような悲鳴が聞こえたのだ。
ほとんど、反射的なものだった。どうせ透けるし、誰にも見られない。逃亡がてら何事かと顔をつっこんで覗いた教室に子供がいたのだ。
年頃はまだ低学年だろう、黒い髪をした男の子だった。その子供は机の下にもぐりこみ、小さな体を縮ませている。
窓際には大きな影が一つ。
―――それは化け物だった。
浅黒い肉の塊が天井まで膨れ上がり、体中にある複数の目玉がぎょろぎょろと忙しなく動いている。卵が腐ったような鼻につく異臭が教室内に漂っていた。
異様な、見た事のない化け物。女が辛うじて悲鳴を上げなかったのは、机の下で身を縮める男の子がガタガタと震え、恐怖に顔を涙で濡らしているのを見たからだ。
化け物は教室の端に転がっていた懐中転倒の灯りに意識が向いているようで、こちらにはまだ気づいていない。化け物の体から、触手のように複数の手が伸びる。次の瞬間、転がっていた懐中電灯は床にめり込み粉々に破壊されていた。
――見つかったら、ひとたまりもない。
このまま何事もなかったように逃げてしまえば、異形にばれず逃げられる。
あれはどうにも、音は拾えてないようで子供が震えて机を揺らす音にも目を向けていないからだ。
けれど振りかえってしまえば。一瞬でもこちらを見てしまえば、体の震えから揺れている机は気付かれてしまう。
部屋の隅まで移動して、目当てのモノが見当たらない事に気付いた化け物の目玉がぎょろりとこちらを振り返る。
次の瞬間、女は机の下に隠れていた子供を抱えて逃げ出した。
女は幽霊であるが、ポルタ―ガイストのように物に触れようと思えば触れられる。それを利用してトイレをぴかぴかに磨いたのだ。
勿論、女が見えない子供は突然浮いた体に悲鳴をあげた。女は構わず教室の扉を開けて、そのまま廊下の窓も開けて外へと出る。
しかし校庭へと出る直前で、真横を肉の塊が複数ぶつかった。あの化け物が気付いたのだ。
窓から飛び出た直後、垂直へと降りた事からぶつけられることはなかったが、あのまま真っすぐ浮いていたら破壊された窓と壁のように木っ端みじんだっただろう。

見つかってはしまったが、外には出れた。このまま逃げ切ってしまえば―――
そうした彼女の考えは、消え去ってしまう。
頭上に大きな影が覆った。
氷嚢を流し込まれたように背筋が冷えた。飛び出した体を止めて前を見上げて絶句する。
化け物が、もう一体。
目玉はないが、体にはいくつもの黒い穴が開いている。穴からはヒューヒューと不気味な音が鳴っていた。
背後から目玉の化け物が地響きを立てて地面へと落ちてきた。衝撃で地面が割れるが化け物に傷が出来た様子は微塵もない。
腕の中の子供は窓から飛び出た直後にあまりの衝撃で既に気を失っていた。意識を失った人間は重い。しかし抱えた子供を離すわけにはいかなかった。
幽霊になって浮くことは出来ても、残念ながら筋力は生前のままらしい。抱き込む力を強くして、女は必死に打開策を探す。
化け物の視線は子供だけでなく、幽霊である自身にも向けられていた。化け物はこちらを認知出来ている。
落ちた体制を整える背後の化け物が動く前に、前の化け物の黒い穴から細い棒状のものがこちらへと向かう。咄嗟に避けた先で、地面を棒状の先にある穂先が地面に突き刺さっていた。当たっていればこちらは串刺しである。ない心臓が早鐘のように鳴る心地がした。咄嗟に後方へと逃げようとして、思い出した。
背後には目玉の化け物がいる。慌てて振り向くも遅い。巨体から複数の手のような触手がこちらに伸びて広がった。
眼前の迫るそれを見て、ああ、死ぬな。と漠然と彼女は思った。
このまま、教室に転がっていた懐中電灯のように。地面にめり込んでばらばらになる光景が浮かぶ。
一度死んで。何故か幽霊として存在していたけれど。
ようやくトイレからも抜け出せて外にも出れたのに。


――――――、照れてる?


この身になる前まで鮮明に覚えている彼女には一つだけ、靄がかった記憶がある。
誰かは思い出せない。何を伝えたかったのかも。でも自分がそう言えば、そっぽを向いてふて腐れる誰かに必ず、伝えなければいけない事があった。ただそれだけを、彼女は覚えていた。未練がましく成仏出来ずにいるのも、きっとそれが原因なのだろう。
必死に目を凝らす。眼前に迫った手から抜け出す方法を。だって、まだ伝えられていないのだ。

「・・・あの人に伝えるまで、死ねないんです!!」

消えてなんかやらない。あの人に伝えるまでは。
眼前に迫る死から目を逸らさずにいた彼女の目と鼻の先。頬に触れる直前で、それがぴたりと止まった。

「まったく、手がかかるなぁ」

随分と近い距離から落とされた声は、つい先程聞いたばかりの剽軽な男のものだった。
目の前止まった化け物の手と、ぐるりと腹に回されている腕に目を瞬かせる。
黒い衣服の端が視界に映った。
視線を上げれば、闇夜に輝く白い髪に黒い目隠した男がこちらを呑気に見下ろしていた。
驚きに目を瞬かせる彼女に、男は肩を竦める。

「仕方がないな、僕が面倒見てあげるよ」

放ったのは僕だしね。固まったまま動かない女にそう告げると、男はようやく目の前の化け物へと視線を向けた。まあ、ここからは得意分野だ。雑魚だけど。男は女を抱える手とは正反対の手を翳す。
瞬間、ぶわりと空気が震える心地がして目の前にそびえる目玉の化け物と背後に迫っていた化け物は咄嗟に逃げようとした。
しかし微塵も動く隙を与えずに、男の指先から赤い閃光が迸る。
四散した閃光は赤と青の軌跡を残し前後の化け物へと命中した。直後、破裂する音ともに風が巻き起こる。
爆風が巻き起こる寸前に未だ状況に追いついていないのか、腕の中の女が尋ねた。「どうして」

「・・・君の目に惹かれたなぁって」

ぼそりと呟いた男の声は、爆風で掻き消される。
彼女は祓わなければならない存在だ。今は害はなくても、何時呪霊となってもおかしくない。
けれど初めから調子の狂う、あまりにも平凡な彼女はどうあっても普通だったのだ。足元が半透明な、幽霊のくせに。
確実に手枷となる子供を助ける彼女は善良な一般人でしかない。
その癖、何の変哲もない彼女の黒い瞳は、目の前に迫った自身の消滅を見つめて逸らさずにいた。
その目を見た瞬間、男は無償に心が動かされた。
揺れた感情に当てはまるのは、惹かれたという言葉に他ならないのだろう。
同情、憐憫、憧憬?果たしてどういったものかは分からないけれど。
――無償に欲しいと、思った。
だから、彼は彼女を手助けすることにした。
彼女は生身の人間ではないただの幽霊だけど。まあ、僕最強だし、いいよね。
背は高いが細身の男から放たれた一撃は、それまでの疑問も吹き飛ばす程女を唖然とさせた。
バラバラと化け物だったものが欠片となり宙に散っていく。


気が付けば、女は男と地面に降りていた。え、ちょっと待ってこの男宙に浮いてた?本当に人間なの??
先程の超能力のような力といい、疑問は尽きることなく女の脳裏に浮かんだ。人はこれを混乱という。
混乱の真っただ中にいる女から気絶した子供を変わりに抱えた所で、男は改めて女に尋ねた。

「そうだ。君、名前は?」

とにもかくにも。女はこの男に助けられた。
超人的な力を持ったり浮いたり、幽霊である自分を目視できるだけでなく祓うと言っていた男。イケメンだけど、全身真っ黒な男。イケメンだけど、目隠しをしている男。
女は今までを振り返り、男の容姿を改めて頭からつま先まで見てから思いっきり答えた。

「私、花子って言います!」
「あは、やっぱ祓おうかな」

いや、だって。小学生の女子トイレに平然と入って来る成人男性はやはり事案でしかない。


トイレの花子さんと最強の呪術師




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