DreamMaker2 Sample 東京都渋谷、地下鉄駅構内。
10月31日、ハロウィンの夜。まさにその時、渋谷駅周辺は首都の中心に相応しく仮想した若者達が溢れがえり、辺りを埋めつくしていた。隙間すら生まれぬ程すし詰め状態の人々はしかし何処へと移動する気配もない。突如駅周辺に降ろされた帳により、彼ら一般市民は身動きも出来ず、人質に取られたのだ。 大勢の一般市民を狡猾にも巻き込んだやり口は、人間である呪祖師と徒党を組んだ呪霊による仕業である。相手方の要求はただ一つ。呪術師最強の五条悟を出せ、というものであった。

要求を呑み、現地に到着した五条悟は一人、一般市民を人質にとられながらも未登録の特級呪霊数体、及び改造人間数千体を相手することになる。
ハロウィンの夜ということもあって周囲には多くの一般人が囚われたままだった。呪霊達は一般人を気にかけることもなく五条悟のみを標的とし、その上にその総数は優に千体を超えている。これ以上ないほどの策を拵え、完全に、誰であろうとこの状況ではここで詰みかと思われた。
しかし、五条悟はただ人ではない。
呪術界最強。その名に相応しく一般市民に影響を与えない0・2秒のみの間、領域展開。その後、僅か299秒で地下構内に犇めいていた改造人間千体を、術式を使用することもなく体術のみで鏖殺したのだ。残されたのは初めに瞬殺した特級呪霊を除き逃げ切った数体と、姿を見せた呪詛師。 男の呪詛師は、おそらく主犯格であろう。名前は覚えていないが、顔を見かけたことがあった。数年前姿をくらませた男は、一級呪術師であった者だ。慈悲もなく容赦なく追い詰めてくる五条悟に対して、無意識のうちに冷や汗すら浮かべていた呪霊とは異なり、男は一級呪術師であったにも関わらずうすら笑いを浮かべている。
額に傷にあるその呪祖師が頭であるならば、ここで潰してしまえば相手のチェックメイト。地下駅構内で術式でも使えば、簡単に建物は崩壊し今は気絶している大勢の一般市民も巻き込んでしまうことになる。呪力で強化し、体術で仕留めようと瞬時に迫った五条は、しかしピタリと止まる。
・・・?」
男の呪力が揺れて一瞬。口元を弓なりに孤を描いた男の腕に、女が抱かれていた。
幾らでも触れていたい黒髪に、目が会えば緩やかに細まる瞳。彼女に触れることが出来るのは、男だけの特権だった。思わず手を伸ばし頬に触れれば、何時だって朱に染まる象牙色の肌はーー蒼白く、力なく垂れ下がる女の手足はピクリとも動かない。
五条悟の最愛の人だった。目を見開き動きを止めた五条の視界の端で、設置された呪具が稼働する。発動する呪具に、気配を察したものの五条は女から視線を動かすことはない。彼女は、ここにいるはずのない非呪術師だった。 発動した呪具は、特級呪具、獄門彊。対象を封印してしまうものだ。最強である五条悟を殺すことが出来ないならば、動きを封じてしまえばいい。
「動くなよ、五条悟。 少しでも動いたら、分かるようなァ?」
避けなくてはいけないものだと、瞬時の感で察しても五条悟は敵の腕にいる最愛を前に動けない。
「獄門彊ーー開門!」
抵抗することなく、男は獄門彊に動きを囚われる。呆気ないほどに簡単だった。
女の前では、最強である五条悟といえどもあまりにも無力である。こみ上げる愉快さに呪詛師はにたりと笑った。

獄門彊は、相手を封印するだけのもの。それだけではあるが、それ故に逃れる者はいやしない。だから特級呪具なのだ。さすが五条悟というもので、まだ封印されずにいるがこのまま封印されるのも秒読みだ。 あまりにも規格外の強さを持つ男は、当初は封印だけでも出来れば上々だった。しかし。女を人質に取られた男であればーーこの場で殺してしまうことも出来る。

五条悟の逆鱗であり、弱点たる貧弱な一般市民。かつて交わした縛りの元、朦朧とした意識で一時的に操り人形と化している女はこちらの手の中だ。
五条悟の前では、どんな特級呪霊であっても玩具のように弄ばれ、呆気なく祓われてしまう。特級呪術師の中でも格が違う男には散々辛酸を舐められていた。あれだけ容赦なくこちらを追い詰めてきた男であったが、たった一人の女を前に、このザマだ。またとない好機を前に呪祖師はこれ以上ないほど気分が高揚し、笑いがこみ上げてくる。
「ははは!!!」
しかし、構内に響いた笑いは呪祖師のものではなかった。笑いは引き下がり、男は目を開き視線を向ける。
男は女を見た瞬間、明らかに驚愕と焦りの表情を浮かべていた。常に飄々とした男の崩れた様子に、呪祖師は勝ちを確信したのだ。事実、虚ろな瞳をした女を前に、五条悟は抵抗することなく取り押さえることが出来た。

男は獄門彊により取り押さえられたまま、体を震わせている。男の震えは女を人質にとられた怒りと、封印しようとする獄門彊に拮抗によるものだと呪詛師は考えていた。
「甘く見てもらったら、困るなァ」
男は確かに怒りに身を震わせていた。だが、既にその怒りは男の沸点を超えてしまっている。
ぐつぐつと煮えたぎる瞳は、触れる物全てを溶かしてしまう程であった。しかし蒼の瞳はどの名匠により鍛えられた刀よりも鋭く、狂気じみている。瞬間、呪詛師は喉元に刃物を突き付けられた心地がした。
動けるはずもないのに、人質すらこちらの手の内にあるというのに。にんまりと口角をあげた男は、最愛を腕に抱える男に対して笑っている。 呪詛師は頭では理解していたものの、身を持って唐突に理解した。五条悟にとって女は最愛であり―――逆麟なのだと。
人質はこちらの手にある。どうやっても打破しえないだろう現状だろうに、軽薄な笑みを浮かべた男の殺気は尋常ではなく、周囲は本能的に動きを止める。 突き刺さる殺気に動くことの出来ない相手に対して、拘束されているはずの男は悠々と語った。
には記憶はなかったけど、縛りでも化してたんだろ?お前が吉野順平の母親の件で何かしらに縛りを化して、俺の人質にするだろうとはわかってたさ」
数か月前に起きた、の失踪。いつものように高専に出勤するはずの彼女は現れなかった。
当時五条悟は海外の任務で飛んでいたため、気づくのが遅れてしまった。しかし、女には男が込めた堅強な守りがある。誰にも害される可能性はない。とはいっても、男は女に手が出されることすら許せない。 事前に彼がいない場合の護衛に、男は親友を頼っていた。同時に、彼自身も彼女に何かあれば任務そっちのけで『飛んで』いた。計算違いであったのは、親友が五条に連絡をする前に現場へと突撃していたからである。 確かに、刻一刻を争う。親友の判断は誤りではないが―――無事気絶していた彼女と、軽傷を負っていた一名の主婦を保護をした後で連絡を得た彼はすぐさま飛んで、無事を確認した後、特級である彼らでなければ辿れぬほどの微かな残穢を辿り、主犯のいた高校へとお礼参りへと向かった。 高校には、主犯格の呪霊により帳が降ろされ生徒が害されようとしていた。当時の事件に対処していたのは高専一年生徒である虎杖悠仁。虎杖とペアを組んでいる七海建人はまだ現着していなかった。
唆され呪力を開花させた生徒吉野順平を前に、現れた呪霊。しかし正体は少年の母親を害したうえで少年を唆し、知古であったを呼び出した主犯であり、特級だった。入学したばかりの虎杖一人では、まず手に負えない案件である。 だが突如学校の壁が破壊されたかと思えば事態は急変する。
もうもうと煙る崩れた壁の向こうから、軽い足取りでやって来たのは高専教師二名。 増援に安堵した虎杖は、しかしすぐに悪寒に覆われ、数瞬、呼吸すら忘れてしまった。片や担任である教師は、いつも浮かべている軽薄な様子は欠片も見当たらない。ちゃらんぽらんな様を体現しているような男は、口元こそつり上げているが、いつもしている目隠しを下げた男の瞳は爛々と光り、獰猛さを孕んでいる。男の纏う、容赦ない剥き出しの殺意は周囲の息すら止めた。 もう片方は、二年担任の教師である。一学年上の教師だが狭い高専内では度々訓練を受けたことがあった。男は何時も柔和な笑みを浮かべて、たまに笑顔で抉る言動こそあるものの比較的穏やかな人物だ。基本いい加減な自身らの担任と比べるとまともな様子に、影では仏とすら呼ぶこともあった。その仏が、目は弓なり微笑んでいるのに、他の表情筋はすべてが無であった。闇夜に浮かび上がる三日月のように弧を描いている瞳だけが異様で、異様な冷気にも似た寒気が覆う。
ブチ切れた特級呪術師2名相手は、あまりにも分が悪かった。唖然とする虎杖と、もう一人の少年を他所に容赦なくボコボコにしていく。結果として、主犯格の呪霊は重症を負いながらも辛くも逃走することになる。 怪我は負ってはいるものの、被害者の中に死人はでなかった事件である。だが、においては別であった。知古である吉野順平の母親を盾に呼び出されたには、相手と相対した記憶がなくなっていたのだ。確実に、縛りによるものだ。そうでなければ、いくら五条の術式により傷一つ負わせることはできないといっても、彼女を浚った意味がない。
何かしら、五条悟の対策措置として彼女は縛りを化された。そう考えるのが妥当であった。そう推察された男にとって、次にとる対策はあまりにも当然のものだった。
今回は事前に彼女に許可をとった。さすがに問答無用と巻き込んでしまうのは申し訳ないと僅かばかりの良心が訴えられた、のではなく。 彼女が断るはずがないと、彼は既に考えていたからだ。 しかして女は、想像だに違わずしょうがないなぁ、といった表情で躊躇することなく頷いた。想定してはいたものの、男を大層喜ばせたのだが。
男は結ばれたそれを、引くだけだ。
「―――、来い」
咄嗟に警戒の色を呪詛師が浮かべ、構える。しかしいくら構えたところで、意味はない。この縛りを前には、すべてが意味をなさない。 五条がつぶやいた瞬間、呪詛師の腕にあった女は消えていた。はっとして視線を向ければ、拘束されているはずの男の腕に、大事そうに抱えられている。
呪詛師は目を剥き、思わず声を荒げる。
「お前、正気か・・・!?」
五条悟は、獄門彊により捕らえられたままだ。一般人である彼女を取り返したところで、状況は打破できずこのまま男は獄門彊に封印されるだろう。 五条は封印されようとしている現状にも関わらず、うっすらと笑みを浮かべる。
「悪いけど。地獄の底だろうと、離さないって約束してるんでね」
腕に抱く温もりを男が決して離すことはない。愛ほど歪んだ呪いはない。男は二度と女を手放すつもりはなかった。
狂っている。そうとしか思えない五条を前に、呪詛師は歯噛みする。理想たる計画が遠のいてしまった。女を人質ととり、五条悟を殺す折角の機会を失ってしまったのだ。しかし、だ。
「だが、お前は封印される!
 殺せはしなくても、次に会うのは1000年後か、お前が自死するかだ!」
「俺はな」
五条はなぜか余裕を崩すことはない。現状はどうあっても優勢なのは呪詛師側だ。なのに、どうして追い詰められていく心地がするのか。米神に汗が伝う。余裕をなくして吠える呪詛師に、五条は犬歯をむき出しにしてせせ笑った。
「まあ、精々つかの間の天下でも楽しめよ。
 そうそう、三日天下だっけ?続いたらいいなぁ?」
こういうの、確かそういうよね。五条の煽りに、呪詛師の額に青筋が浮かぶ。 稼働した獄門彊は閉じられようとしている。女を決して離さぬまま、最後に男は浮かべていた軽薄な笑みを消す。 男は鋭い眼差しを向けた。
「テメェだけはただでは殺さねぇよ。次に会ったら俺の女に手を出したこと。
 ――死んだあとも後悔させてやる」
無表情の男の声音は、軽薄な様子とは打って違って地を這う低さだった。体中、放つ言葉すら殺気を纏わせた男に、ぞわりと背筋を悪寒が覆う。
「獄門彊ーー閉門!」
場を支配する程の殺意を残し、身動き一つ出来ない凍る空気の最中、咄嗟に声を絞り上げる。

こうして、五条悟は最愛の女と共に獄門彊へと封印された。
勝ちだった。完全に呪詛師側の勝利である。
本来獄門彊の対象は一名のみだ。しかし五条悟が化した強固な縛りにより、予想外にも人質の女も連れていかれた。 だが、最低条件の五条悟の封印は為せた。幸運にも手に入れた女を使い男を殺すことはできなかったが、あとは獄門彊を手に、この場を去るだけだ。 けれど男が封印された後も肌に纏わりつくじわりとした異様な空気は―――まるで嵐の前の静けさのようだった。


***


目が覚めた時、辺りは薄暗かった。まだ意識がしっかり覚醒していないのだろう。ぼんやりとした眼を瞬かせ、意識を鮮明にしていく。
けれど周囲はさほど明るさを取り戻さず、赤みを帯びた薄暗さを保ったままだった。はて?と内心は訝しむ。確か、家にいたはずである。その日は緊急事態だと、非呪術師であるは職場である高専から家に戻されたのだ。
念のため家まで送り届けてくれた七海から、呪術師である悟も既に現場に向かったと聞いた。彼も送り届けてくれた後に虎杖と合流して向かうという。
呪術師が総出で向かう事態に、は居てもたってもいられず。けれど一般人である彼女には何もできない。最強だと自ら自負する悟くんに一時はちょっと背伸びしたいお年頃かなと思ったこともあったが、彼が誇称するのではなく、歴然たる事実なのだと今では理解している。それでも胸中は抑えきれない不安に駆られる。気持ちを落ち着かせるよう、動いて紛らわそうと家の中を動き回り。そうだ、日課であるベランダの植物に水やりをしようとジョウロを持った所で、ぷつりと意識が途切れたのだ。
意識を失う寸前、陽はまだ高かった。周囲の薄ぼんやりとした様子にいつのまにか夕日が暮れたのか。がそう思った所で、視界に映るものに絶句する。無数の白い骸骨が、こちらに向かって手を伸ばしていた。
「ひっ!?」
咄嗟に、は体に巻きついていたものに縋るように抱き着く。心臓がぶち破るかのように激しく脈動している。寝起きにはあまりにもショッキングな光景で、衝撃も一押しだった。
夕焼けに染まっていただなんて、とんでもない。周囲の薄暗さを帯びた赤みは、ドロドロとした血の池だ。その昔学生時代に見た模型しかには記憶にはないが、罅割れた骸骨は血溜まりの中でこちらに手を伸ばしている。まさに地獄絵図だった。高専の事務員として働いているものの、ただの一般人であるは惨悽な光景に思考が全て奪わる。だから誰に抱き着いたのかも、は気付かなかった。
「きゃっ!ってば大胆〜!」
縋りついた先から聞きなれた、軽薄そうな声が上がる。安心感が広り、視線を上げれば蒼い目をした青年が頬を緩ませてこちらを見ている。
さとる、くん。
声に出そうとして、しかし喉が震えて言葉にならない。一般人であるにとって、周囲の光景はそれほど衝撃的だった。過呼吸に陥りそうなの様子に気付くと、男はの頬に手を伸ばす。
「落ちついて。ほら、深呼吸。大丈夫だよ、。俺が一緒にいる」
そういいながら、悟はの背を宥める。宥める手の暖かさ、頬を包み込む悟の筋張った大きな掌。美しい蒼い双眸が焦りと心配の色を隠さずにこちらを覗き込んでいる。普段は飄々としているのに、少しでもに変わった様子があれば彼はすぐさま顔色を変える。
見慣れた目の前の男に、少しずつつの呼吸も落ち着いていく。の様子がようやく落ち着いた所で、悟は安堵の息を吐いた。
意識を取り戻したを抱きしめる。そして男は少しずつ、が混乱しないよう様子を見ながら現状の説明をするのだった。


「ごめんね、悟くん・・・」
現状の説明を終えると、は眉寄せた。罪悪感に苛まれ、潤んだ瞳からは今にも涙の膜が決壊しそうだ。
家で意識を失ったは、敵側の呪祖師に操られ人質にとられてしまったのだという。その結果悟は封印されることになってしまった。全てが自分の所為だ。最強である彼の足を引っ張ってしまった。罪悪感に苛まれるの様子に、悟は苦笑を浮かべる。
「んー、ってば本当、お人好しだねぇ・・・」
彼女は彼にとって、信じられない程人が良い。これが一般人と呪術師の差だろうか。それにしても自分以外の変なモノに付け込まれてしまわないか、つくづく不安に思う。そこに付け入っているという、自覚はあるのだが。止める気は微塵もない。だって離す気はないし。

彼女がここにいるのは、男が巻き込んだからだ。本来なら、封印されるのは五条悟ただ一人だけのはずであるし、そもそもこの呪具は一人専用だ。しかしそこを無理やり通したのは他でもない彼自身である。云わば巻き沿いにした張本人である。幾ら彼女が人質にとられたといっても、彼女が人質にとられることになったのも、悟にとって唯一の弱点だから。そんな事は十分分かっていたが、男は彼女を手放そうなどという事は微塵も思わなかった。元凶を突き止めれば、男自身だというのに。
獄門彊の中は彼女にとって刺激が強すぎる光景なのだろう。まだ僅かに震えの残る手を隠しながらも、一心にこちらを心配する彼女に、禄でもないと称される自分はどうしようもない屑なのだろう。破綻している性格を自覚しながらも、男は微笑む。
「僕はがいるなら、何処でも幸せだよ。
 ちょっと背景がおどろおどろしいけど、二度目のハネムーンって事で」
周囲が地獄を体現したような場所であっても、男にとっては些細なことだ。彼女が傍にいる限り、何処であろうとも男は心が途方もなく満たされる。歪んでいても、こればかりは揺るぎない事実である。
相変わらずを見つめる眼差しは柔らかく、おどけた口調は鼻歌でも歌いだしそうだ。微塵も気にした様子のない男に、ようやくも少し罪悪感が薄れたようだった。
彼女の隠し切れない掌の震えを宥めるように、男は体ごと女を抱き込む。
「なーに?背景が怖い??
 ま、大丈夫でしょ。僕の後に続く子達がいるから。なんたって、この僕が教えたんだからね!
 安心して。には指一本触れさせやしないよ」
指一本触れられるぐらいなら、共に落ちる。にんまりと笑みを浮かべて、を抱えた呪詛師を前に、苛烈な感情と共にそう思っただなんて、彼女には決して言えたものではないけど。彼女には己の呪術で怪我一つ負わせること出来ないと分かっていても、少なくても自分だけ封印されて彼女を他所に預けるだなんて、男には到底許容出来なかった。凶悪な、獣のような衝動を抱えてお道化て誤魔化す男を、女は見上げる。
「・・・悟くん。お願いだから、無理しないでね。・・・悟くんの負担になるぐらなら、私「ね、」」
被せるように、言葉を放った。お人好しなの事だ。この現状を自身の所為だという場違いな罪悪感を抱く彼女に、いつかの縛りを結んだ時のように再度尋ねる。
「病めるときも、
 健やかなるときも、
 どんな時も決して離れず。
 一緒に地獄まで堕ちてくれる?」
どんな想いを抱いているかだなんて、彼女は知らなくていい。知らないままでいい。ドロドロとした底のない深淵を覗いて、吃驚して逃げられてしまうだろうから。しかし本音は包み隠さない男に、女はちらりとその深淵は覗くだろう。共に過ごす内に男の想いの深さまでは知らなくても、既に存在には気付かれてしまっている。けれど悟の言葉に女は目を瞬かせたものの、迷うことなく穏やかな表情を浮かべる。
「当たり前でしょ。
 ずっと一緒だよ。悟くん」
何時だって拒絶することなく、女の柔らかな眼差しは変わる事はない。獄門彊の中は、彼女と出会った夢の中の幻想的な光景と正反対である。血溜まりが浮かび、届かない手を無数の骸骨達が伸ばそうとしている。周囲には始終、怨痕の亡者の叫びすら轟いていた。
けれど女は男の傍から決して離れる事はないし、女がいれば男は誰よりも幸福だった。



地獄でワルツを





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