DreamMaker2 Sample 団子食べたいなぁ

春先にようやく芽を咲かせた桜は、男が気が付いた時にはすでに散り始めていた。高専からの帰り道、視界に映った桜の嵐に五条は唐突に思い立つ。
丁度、近場には五条お気に入りの団子屋がある。商店街にある小さな団子屋は名の知れた店でこそないものの、細々と続いている団子屋で、長年団子一筋で作り続けた夫妻の団子は中々の逸品だ。まだ店は開いているだろう。五条は踵を返し、コートのポケットに手を突っ込んだまま足早に団子屋へと向かった。
彼女は何が好きだろうか?とりあえず、全種類買っておけばいいかな。和菓子嫌いじゃないといいけど。家で待っている彼女を脳裏に思い浮かべて、男の頬は無意識の内に緩んでいた。自分の分と、彼女の分と。大の甘党である五条は全種類を食べるつもりで、彼女は全部は食べれないだろうけどどれが好きか分からないから彼女の分も全種類。ショーケースの端から端まで注文する五条に、出迎えた団子屋の女主人は慣れたもので、驚きもせずにこにこと微笑んだまま手慣れた様子でプラスチックケースに詰めていく。
積み上げられていくケース入りの団子を手持無沙汰に眺めていた五条だったが、ふと既視感を覚える。
『買いすぎだろ』
最近気に入ってる団子屋があるんだ、と花見の前に買いに向かった団子屋で全種類を頼む五条に、親友であった男は頬を引き攣らせていた。
入学したばかりの三人は、学生にも拘わらず揃いも揃って呪術界でもずば抜けた才能があったが、当時は一年生として任務が空く日もあった。偶然高専に咲く桜の花も満開で、よし、ならば花見でもしようと思い至ったのだ。
大量に買い込む団子の数にどん引いた親友に、花見なら酒は欠かせないっしょといつの間にか持って来ていた高1の時点で既にニコチン中毒者だった現保険医。随分とアクの強い三人が集まって花見をしようものなら、当然、碌なものにはならなかった。下戸だと判明した酔っ払い当たり散らす五条と、外側ばかり優等生面をしている血の気の多い親友の喧嘩が勃発し、高専の端を何もない平らな荒野に変えてしまう。最後には早々に巻き込まれまいと逃亡した元凶の硝子を除いて、二人揃って担任に雷を落とされたのも良い思い出である。
散々騒いで、馬鹿ばかりして禄でもない学生時代だった。
青い春を思い出して、五条は小さく笑った。


***


「お花見気分を味わってもらおうと思って。
はい!桜餅とね、みたらし団子と。おはぎ、ずんだも欠かせないよね〜!」
次々と積み上げられていくプラスチックケースの山、山、山。
帰宅して早々、テーブルの上に積み上げられた団子の数々に花子は呆然とした。意識が遠のきかけた花子だったが、「夕ご飯は何かな〜」とマイペースに台所へと向かう五条に引き戻される。
山ほど団子を買ってきた男は、既にリビングに香りを漂わせていた夕飯を先に食べるつもりらしい。これだけの団子の量だ。てっきり夕飯替わりにでもするつもりかと花子は思ったが、それは別であるらしい。
さすがに、全部食べる訳ではないだろう。といっても随分な量で、1日どころか一週間団子漬けになりそうである。痛んでしまう前に、数日は食事替わりに団子を食べないと無理かもしれない。冷凍しておけば持つかな。味と触感が落ちるから嫌だけど。そう思いながら取りあえず花子は団子を冷蔵庫にしまうと、目隠しをずらして早々に味見しようとする不届き者を台所から追い出し、先に夕飯の支度をするのだった。


頬を緩ませご満悦な様子で夕飯を完食した五条に、花子は内心安堵する。共に食卓を囲むようになり、花子が料理を作るようになりしばらく経った。それでも未だに慣れることはない。なんといっても男自身が花子より料理が出来るのだ。自信を持てと言われても無理な話だった。
互いに一息ついたところで、花子は早速五条が買ってきた団子を取りに向かう。種類はたくさんあるが、一先ず食後であるし少量で良いだろう。
食べれそうな数だけ皿に入れ直して、花子は五条の待つテーブルへと向かった。「はい、五条さん」
「あれ?花子さんの分は?」
向かい側に腰を下ろした所で、五条が目を瞬かせた。首を傾げる男に、五条よりも更に少ない団子を載せた皿を手に花子は答える。
「五条さん、甘いの好きですよね。私の分もあげますよ」
といっても随分な量がまだ残っているが。まあ、冷凍しておけばいい。男は大の甘党だし、彼もそのつもりだったのかもしれない。
花子の答えに、五条は不思議そうな表情を浮かべている。目隠しもなく、碧い双眸をきょとんとさせて首を傾げている男は随分と幼く見えた。男の顔は、いつも通り随分と美しいご尊顔である。いつだって花子を振り回してくる腐った精根に拘わらず、整った顔立ちの男はいつ見ても心臓に悪い。男に穴が空く程凝視されながら、ついと花子は視線を泳がせた。
「・・・五条さん、疲れてるみたいですし」
シミは愚か隈一つない白い雪肌は健康的なものだ。美しい青の瞳も、宝石のように輝やいている。なのに、花子は彼がいつもと違うと肌が感じ取っていた。男の表情はいつもと変わらないのに纏う空気が僅かばかりずれている。思えば帰宅した時から少し調子が可笑しかったように思える。そこまで考えて、常に自信満々に最強と豪語する男の肩が僅かに下がっている気がしたのだと、花子は思った。
「落ち込んでる、というか・・・」
といっても男は口を開けばいつもの調子であったし、気のせいという可能性も捨てきれない。ぽつりと考えを纏めるように口にした花子に、男はきょとんとした表情を浮かべた後軽薄に笑った。
「何言ってるの。春爛漫、新学期だよー。新しい子も入ってきたばかりだし、僕も楽しみだよ」
へらへらと笑みを浮かべる男に、思わず花子は眉を潜める。何時だって緩い男は常にマイペースで、掴みどころがない。かと思えば突然何が気に触ったのか鋭い言葉を投げかけてくる男に、花子は振り回され続けていた。けれど、男と生活し始めて1カ月も経とうとしている。花子の直感は、男が嘘をついていると告げていた。
「・・・私の前でくらい、気を張らなくていいんですよ」
なにせ私、幽霊ですし。花子は付け加えながら席を立つ。台所まで行き、急須を手に取った。台所に立つ花子からは、五条の表情は見えない。見えないはずの相手に気なんて使わなくていいだろうに。花子はそう思いながら、急須を傾け用意した湯のみに注いでいく。脳裏に、いつの日かの少年の姿が浮かぶ。
「落ち込みたいときは、落ち込めばいいんじゃないですか」
そう言って、手を差し伸ばしてくれた小さな少年を、花子は今も覚えている。
言葉にするのは簡単だし、誰も出来る。けれどその時のさり気無い少年の優しさは、何よりも花子の胸に染み込んだ。花子が全てを投げ出さずにいられたのは、少年のお陰だった。言動は刺々しい割に、内面には道端で捨てられた子犬を見捨てられないような、優しさを抱えていた少年。少年にとってはほんの一欠けらの優しさを、花子は忘れることはないだろう。少年が助けてくれたように、花子は注いだばかりで湯げ立つ湯のみを五条の前に置く。
「はい、お茶です。お団子、喉につめらせないでくださいよ」
五条は目の前で湯気を燻らせる湯のみを見つめていた。打てば響く男には珍しく、少しばかりぼおっとしているような印象を受けた。僅かな沈黙の後、男が口を開く。
「僕、緑茶より紅茶がいいな。砂糖いれられないし」
「あり得ない。お団子には緑茶でしょ。というか、更に砂糖入れるつもりですか。糖尿病になってもしりませんよ」
甘党といっても程があるだろう。最強という割には体に気を使う様子のない男に花子は呆れかえった。ややあって小さく息をつく。今回だけだ。見逃してあげよう。
「・・・仕方ありませんね。優しい花子さんが、今日は叶えてあげましょう」
呆れて台所に戻ろうとした彼女の動きは、すぐに引き戻された。腕が捕まれたかと思えば、体が後ろへと向かう。
長い両腕が体の前で交差されている。背後から堅くて暖かな温もりが広がった。視界の端には、ふわりとした白銀の色が映る。五条に後ろから抱きしめられたのだ。
随分と身長差のある男は、椅子に腰かけたままでも頭が花子の肩に乗っている。抱き込んできた男に、花子は驚く。


驚きに体を強張らせた彼女に気付いても、五条はその腕を緩めなかった。力の限り抱きしめる事はない。そんなことをすれば容易く彼女は押し潰されてしまうだろう。けれど決して離さないように、男自身驚く程細心の注意を払って彼女を抱きしめる。
ほんの少しばかり、昔を懐かしんだけだった。年が明ける前に殺めた親友。五条は親友を殺めた事を後悔していない。道を違えた時点で止めてやるのも、友だからこそだ。
とうの昔に割り切っている。五条は五条であるし、親友ーー夏油も夏油だ。
それぞれの道が違った。ただそれだけだ。血が滴る程拳を握りしめ、後悔と悲しみに涙を濡らす。敵対したライバルに対して少年漫画でよく見かけるそんなモノは残念ながら微塵も五条には生まれなかった。五条悟はヒーローにはなり得ない。五条も夏油も、呪術師で十分に普通ではなからだ。屑である呪術師の世界でも、禄でもないと揶揄される事を男は自覚している。
けれどふと、馬鹿ばかりした青い春を思い出してしまえばーー自身でも自覚せずに、ほんの少しの寂寥が生れていたらしい。
彼女の言葉は、大して特別なものではない。むしろ彼女でなければ、僅かにも五条が揺れることはなかっただろう。心の間に膜を隔て、他人に耳を傾けることはない。けれど初めて自ら愛を乞う彼女に、驚く程丸裸にされているのだと気付いた。膜を取り去った心に、女の言葉は容易く響く。
最強が聞いて呆れる。常々花子さんの前ではそうだ。小さな体を抱き込んで、折れてしまわないように注意を払って。五条は彼女に見つけ出された胸中にじわりと滲む感情のまま、彼女ごと抱きしめる。
たとえ気まぐれでも構わなかった。
他でもない。君がくれたものだから。
「いいよ。わざわざつぎ替えなくて。その代わりに。花子さんの名前、教えてくれる?」
「やだ五条さん。私の名前は花子さんですよ」
湧き上がる想いは五条の心を掻き乱す。悲しみ、喜び、執着、独占欲、慈しみ。一瞬で去来するその感情は、五条にとって初めてのものだった。その癖、散々掻きまわした全ての感情を一纏めにしてしまう想いは、結局のところ一つだ。
相変わらず、白を切って視線を泳がせた彼女に五条は小さく笑った。「仕方ないなぁ・・・」
「じゃあさ、今度花見に行こうよ。レジャーシートとか持ってきてさ。本格的なやつ。お弁当は花子さん作ってよ」
「・・・仕方がないですね」
肩を竦める彼女は、そう言って苦笑を浮かべた。
「いいですよ」
彼女の浮かべた苦笑の笑みすらも、甘く胸中に染み渡っていく。目尻を緩めた男は、蕩けそうな程の愛しさを滲ませた瞳で女を見つめる。
背を向けたまま抱き込まれている花子は、男の表情に気付くことなく手を叩いた。
「折角だから、パンダさん達も呼びましょう。私、まだ他の生徒さんとお会いしたことないですし」
何処かウキウキした様子で提案する彼女に、男はこみ上げた落胆が口から出かける。折角、二人きりだと思ったのに。そのつもりであったのに、人を増やそうとする彼女に打って変わってむくむくと不満が込み上げてくる。
数日前、一度目の外で恐怖を味わったにも拘わらず、彼女はそれからも懲りずに記憶の糸口を探しに五条の手が空けば外へと出たがった。
その都度呪霊に襲われ、逃げる花子が出会ったのは、偶然任務先からの帰りであった高専二年のパンダと棘である。一般市民が襲われていると咄嗟に動いた二人が見たのは、何故か呪霊から逃げている最強の男。六眼もなく花子が見えない彼らには、男なら指一本で片付けられるだろうにどこか楽しげに逃げる五条に疑問符を飛ばして、果ては何かの罠かと疑った。しかし一名、否一匹だけ違う反応を見せる。白と黒の体毛に覆われた、二足歩行の、パンダだ。最早パンダというよりは大熊のような巨体のソレは、突然変異の呪骸だった。とはいっても見た目は完全にパンダであるし、周囲の混乱を避けるため彼等はその日、人目につかないように夜も更けた頃に同期の棘とペアを組み外に出ていた。
人ではなく呪霊でもない無機生物のパンダには花子の姿が見えていた。五条以外の認知に、花子が大喜びしたのは無理もなかった。加えて、体格は大きく声太な声に男前な言動と少しばかり愛らしさは軽減しているが、丸々としたつぶらな瞳と丸いフォルムといい、花子がパンダに心惹かれるのも当然でもある。一瞬で魅力された花子に頬をひきつらせ、五条は生徒である彼等への説明もおざなりに早々にその場から離脱したが。
あれから何かにつけて花子は生徒達ーー特にパンダの様子を聞いてきている。
五条とて、生徒達が可愛くないわけがない。しかし他所へと興味が向かうのは面白くなかった。それも、たった一瞬でた。いくらパンダで見た目は愛らしくても、自分だって滅多に見られない国宝レベルのイケメンなのに。僕の方が可愛いでしょ、と無機生物にすら嫉妬心を抱く彼は、実に大人げなかった。しかしそれも致し方なく、靄がかる感情を抱えながらも目を輝かせてパンダの日常を聞きたがる花子の表情も可愛い、なんて思ってしまう程五条は重症なのだ。不機嫌になっていく五条に気づくことなく、花子は笑って提案する。
「大勢いた方が、楽しいですよ。きっと。どうです?」
本当は、彼女と二人きりが良かったけれど。楽しそうに笑う花子に、結局五条は何も言えなくなってしまう。
思い浮かべてみた。
満開に咲き誇る桜の下。
今年はもう散り始めしまっているから来年の春先だろう。パンダに棘、真希。きっと2年生だけでは寂しいからと1年も彼等は誘うだろう。少数派である呪術師世界は狭い。そうなると、ずるずると芋づる式に教師を含めた高専関係者全員が参加してそうだ。
特大のレジャーシートにも収まりきらなさそうだな。けど、花子さんの隣は意地でも渡さない。なんなら花子さんの膝枕されて花見をしたい。狭いレジャーシートで190センチ以上の長身を転がして占領する姿に、生徒達からは大ブーイングが来そうだ。まあ、軽く流すけど。騒がしい様を想像してみる。
「・・・うん。きっと、楽しいだろうね。」
脳裏に浮かんだ光景に五条は笑った。

思い出は消えず、より鮮やかになる。
脳裏に浮かぶ花子さんと、生徒達、同僚を交えて花見をする姿は五条の胸を弾ませた。無意識のうちに存在していた、回顧の思いは消えることはないだろう。けれど来年の春も五条は心待にする。

学生の頃と負けじと劣らず、騒々しい花見会場になるだろう。
ーーけれど、それはきっと、楽しみだ。


春待つ




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