DreamMaker2 Sample を降下させる?」
常に近隣の諸国との戦に荒れていたブリテンを、安寧へと築いたキャメロット。しかし栄華を誇った数年はいつ日か陰りを帯びてきた。いつ、また諸国との争いが激化するかもわからない緊張感は王宮に暗雲がたちこませ、仲間内でもきな臭くなっていく。
始まりは、数年前突如として現れた身に覚えの欠片もない後継者を名乗る者だったかもしれない。事実、血の繋がりのない彼は、玉座を狙う者が造り出したアーサーのホムンクルスだった。とはいえ、周囲は王の面影のある上に、王と似た力を用いる彼との血を認めるものが多い。しかしアーサーは決して認めることをせず、やがて王宮内の派閥が生まれていく。
もしくは政略結婚といえども王と王妃の何事もない、冷えきった関係だったやも。
欠片も振り替えることのない王に、王妃は満足することはなかった。もともと、大国の姫として、無類の美をも持つ彼女の矜持は大いに傷つけられる。まさに理想を体現したような王に相応しいと、芽生えた甘い想いもいつ日か歪んでいき、想いは破滅を望む。 王の忠臣への蠱惑へ、そして王がただ一人懸想する煤汚れた下町の娘へと向かっていく。

いつ切れるかもしれない緊迫感に包まれたキャメロットが皮一つで纏まっているのは、一重に王であるアーサーによるものだ。等しく公明正大で勇猛果敢、驕ることもなく武力にも秀でた優秀すぎる王。しかしその王のただ一つの弱点は、彼を知る人からみれば明確で同時に狙われるのも致し方なかった。
今までは守りきれていた。水面下で不穏の種は蔓延るものの、王と円卓を中心とした優秀な部下達により未然に防ぐことができた。 しかし円卓の1人、ランスロットが袂を別れた。王妃に懸想し、仲間を殺めた上で王妃と駆け落ちだ。彼は優秀な騎士でもあったから、賛同する部下たちも彼に引き連いで離れていった。
円卓のバランスは崩れてしまった。後継者に認められることなく、春先に謀反を表明したモードレットもこの期を逃がさないだろう。
キャメロットの崩壊は近く、このままでは彼女に直接被害が及ぶ。
降下の話は、重臣だけの場で円卓を囲み進言された。宰相からの言葉であったが、反対の意は唱えられない。誰もがこのままでは王もキャメロットも、彼女自身すら危ういと感じていたからだ。しかし王は秀麗な顔を歪め頑なに認めることはなかった。
彼女が関わると彼は驚くほど人間味を帯び、感情的になる。静かに怒気を露にする彼に、涼やかな目をかけるのは彼の師であり宮廷魔術師のマーリンであった。
「アーサー、君もわかっているだろう?  今の君には、彼女を守りきれない」
今までは円卓が纏まっていたからこそ、城の隅々まで目を向かわせることができた。しかし円卓は欠け、これから王もモードレット、ランスロットの起こした謀反を抑え、近い内に起こるであろう諸国との争いに身を通じなければならない。主要の者達が城から離れ、一体誰が彼女を守りきれるのだろうか。ただの側妃であればこうも心配することはなかった。しかし彼女は王の心臓を握る。執拗に彼女に害をなそうとしていた元王妃もまた、城を離れた程度でこのまま何事もなく終わるとは思えなかった。
しかし、いくら常にただの村人であった頃からアーサーを導いてきた彼女からでも、彼は異論を唱えずにはいられなかった。夢魔である彼女が、を見つめる目は自分のものと同じだ。少年の頃、見聞を広め力をつけるために数年共に旅をした彼女は、育て親のようなものだ。だからこそ周囲には上手く隠し通し、自身すら誤魔化しているようだが、彼は彼女の並々ならない眼差しを感じ取っていた。
冷ややかな目に拳を握りしめ、机に叩きつけるとアーサーは食って掛かるように返していた。
「ならば貴方なら守りきれるのか!」
こんなところまで似なくても良いのに、師が彼女を想う気持ちは同等のものなのだろう。決して、綺麗なだけではない想いだ。同じように焦がれ、懸想する彼女にアーサーが邪心してしまうのも無理はなかった。
叩きつけられた音は室内に響き、辺りは痛いほどの静寂に包まれる。沈黙を破ったのは、やはり彼女であった。
「言い方を変えよう。
君は、彼女が倒れても暴君にならない自信はあるのかい?」
怒気を露にする王を前にしても萎縮することなく淡々とした口調は、やはり伊達に永くは生きていないのだろう。彼女の言葉はアーサーに突き刺さる。
王や側妃だけではない。この場に集まるのは国を思う忠臣達だ。あくまで国のために告げられた内容に、アーサーは体からあれだけ駆け巡っていた怒りが消えていく。
力なく玉座に戻り、項垂れる彼に宰相は迫る。
「・・・王よ、ご決断を」

王は玉座から動くことはなかった。
見たこともない程傷心した様子の彼に、忠臣達はややあって場を辞した。扉がしまり、王の姿が見えなくなった所で円卓の一人であるベティヴィエールが呟くように溢す。
「・・・マーリン、貴女が冷静でいてくれて助かりました」
長年彼に仕えてきたが、あれ程までに感情的になる王を、ベティヴィエールは見たことがない。只人とは異なる彼が怒気を露にしたとき、ベティヴィエールは愚か、鉄火面と称される宰相ですら何も進言できなかった。覇気に呑まれることもない、彼の師であり夢魔のマーリンがいたからこそ纏まることが出来たのだろう。彼女がいてくれて良かった。
しかしベティヴィエールの謝辞に、白銀の魔術師は首を降る。
「どうだろう、ね」
僅かに眉を潜めて、ベティヴィエールは彼女に振り向く。
「僕も・・・自分が分からない」
いつも掴み所もなく飄々としている彼女には珍しく、彼女は静かだった。普段は自堕落な彼女だが国を思う気持ちは確かだと、それだけはベティヴィエールは確信している。
なのに彼女は紫紺の目を揺らし、動揺しているようだった。見たことのない表情にベティヴィエールは目を疑った。
普段は飄々とし、あまりの自由さに度々殺意すら覚えるほどだ。
その彼女が、まるで途方に暮れたようで。

数日後、が無事城を離れると、やがてふらりと宮廷魔術師も姿を消した。
元から、彼女は気まぐれである。姿をくらますことは多々あった。また戻ってくるだろうと、気にすることはなかったがーーやがて、キャメロットは戦火に見舞われ、国は揺るかに滅びへと向かう。
それがベティヴィエールが彼女を見かけた、最後のときだった。


***


彼女から離れて、春が過ぎ日差しの強い夏も過ぎた。
度重なる戦に、いつの間にか季節を感じる心すら置いてきたようだ。安らぐことなく戦場に身を置く日々の最中、季節はいつの間にか木々から紅葉すらも落としていた。気付いたのは焼け焦げた大地に、しんしんと雪が降り始めた時だ。
寒い、と。この時ようやくアーサーは感じ取ることが出来た。季節を感じる余裕もなく、時だけが流れていたのだ。
もう、冬かと。枯れ木の連なる森に、雪が降る程に寒さも冷え込む季節になったのかと考え、
――――いいや、まだ早い。幾ら、度重なる戦で心が荒んでいても雲ひとつないにも拘わらず雪が降ることはあり得ない。アーサーの一瞬の現実逃避は、彼の論理的な性格でによりすぐに正されてしまう。
寒さを感じるのは、身が凍えるように震えるからだ。何に怯むことなく常に勇猛果敢の王、アーサーの手が情けなくも震える。
雪のように降り積もるのは、見紛うほどの細やかな灰色の煤だ。しんしんと、振り続ける軽やかな煤は辺りに凄惨さを表している。空は透けるような晴天で、煤は太陽の光を浴びて白ずんでみえる。一見、雪と見紛うのも無理はなかった。晴れ渡った青空の下、雪のように煌めく様子は幻想的で。しかし目の前の現実は、あまりにも認めたくないものだった。
知らせを聞いて、止める部下も振り払い一人で無我夢中で馬を走らせた先の光景。
草木は焼かれ、焦げた大地に崩れた家屋。降り積もる煤は、焼け落ちた後も周囲を舞っている。
伽藍洞の体を無理やり動かし、求めた人を探す。崩れ落ちた木材を押しのけ白銀の鎧が煤に汚れた。
繰り返し、繰り返し、煤が舞う中、目につく障害物を退けていく。
力なく横たわった女の躯を見つける度、凍えた心臓が早鐘のように鳴った。しかし違う人物と気づいては、止めていた息の仕方を思い出す。それを何度も繰り返した。
何人、何百、何万人と人を殺めてきた。それでも大事な民草だ。驕る事ことなく思慮深く、平等に思いやる優秀な王だが、常ならば悼む気持ちも余裕も、今の彼にはなかった。
白皙の顔は泥に塗れ、プラチナブランドは煤を被り輝きを失っている。崩れ落ちた家屋は脆く、退けやすくとも大きさから随分と時間が流れただろう。辺りが平地へと近づいた頃、泥だらけの中、ようやく見つけた。
一見、鉄屑のようだ。しかし煤に塗れているものの、僅かに本来の姿が除き煌めいている。
小さな掌に収まる輪は、アーサーが彼女に渡したものだ。形だけの結婚指輪。はそう受け取って指に嵌めることなく、部屋の奥にしまっておこうとしたものだからアーサーが大したものではないから常に身に着けてほしいと 強張ったのだ。どうにか説得して、望んでいた本来の場所にこそ収まることはなかったが彼女はそれ以来、チェーンに通し首から下げるようにしてくれていた。
銀色のシンプルなリングに、光の角度で色を変える蒼色の石を嵌め込んだ、この世にたった二つの、もう片方。
彼女が気に入っていた石は、震える手で煤を払えば太陽の光を浴びて浅瀬のような翡翠色に輝く。

すでに辺りは焦げ付いた大地が広がるばかりだ。家屋も退け、何もない。平らな焦げ付いた大地にただ一つ、残った物だった。
どうしてだろうか。彼女の笑顔が脳裏から離れない。思い浮かべただけでも、穏やかな心地になる彼女の思い出が次々とは蘇っては、胸中を果てない慟哭が走る。
――なぜ、なぜ、なぜ。
願っていたのは、こんなものではなかった。望まないにも関わらず手放したのは、こんな結末を迎える為ではない。
ただ彼女との思い出のように、彼女に笑っていて欲しかった。
穏やかに過ごして、そしてまた、笑いあえるようにと―――。
今は遠い幸せな時間で、彼女に渡した飾りがアーサーの掌で軋む。


君の幸せを




「どう、かな・・・?」
幾つもの輝きを放つ煌びやかなシャンデリア。磨き上げられたホールは鏡のように色鮮やかに反射すらしている。
カルデアに突如現れた部屋。狭いはずの室内は広々としていて、ダンスホールに佇むはただ2人のみだった。
人理修復という、途方もない目標を掲げ日夜励むカルデアには、時に不可思議なことが起きる。初めは立香とマシュが招かれ、続いてとアーサーが今回招かれた。
先に体験した立香達からは、特に怪しげな場所ではなくむしろ楽しかったと言われたので、こうして訪れたのだが。
部屋に入るなり纏っていた衣服が変わり、唖然とするアーサーには躊躇いながら尋ねたのだ。
白を基調としたドレスは、昔と違い現代的なデザインだ。 それでも緊張からか、こちらと目を合わせることなく彷徨わせる彼女は昔と変わらず、愛しいままだ。
側妃として召し上げられたものの、彼女のドレス姿は婚礼の儀の一度きりだ。それ以外は過ごしやすく、簡素な姿で過ごしていた。宰相の口車に乗せられて、艇の良い隠れ蓑として、形だけだと信じ切っていたのだから仕方がないのかもしれないが。
戦場に立つことが大半であっても、王として煌びやかな場に立たなければならない時もある。煌びやかな貴婦人に、控えめでありながら清廉とした王妃と大層目が肥えているだろう。
「・・・うん。素敵だよ。」
だがアーサーは、眩しそうに目を細める。その眼差しに勘違いしてしまいそうで、例えお世辞でも、は頬を微かに上気させた。「有り難う、アーサー。」
「アーサーも、凄く恰好良い。なんだか懐かしいね。」
ただ一度、彼と踊ったことがある。例え偽りであっても、表舞台に立たなければならない婚礼の儀だ。
当時は時代柄、彼は王としての正装ではあったが踊ったのはその一度限りだ。それでもただの庶民であるにとって踊りなど出来る筈もなく相当緊張したものだ。 短期間の講師の指導だけで習得出来る気配もなく、結果親友のマーリンに泣きつき当日まで何度も特訓もしてもらった。
ようやく多少身についた程度のにとって、人前で、しかも王様と踊るなど苦難以外の何物でもなかったが、アーサーは気にする気配もなくのぎこちないステップすら上手くリードし、気が付けばあれだけ苦心していたダンスも楽しいと感じることが出来たのはアーサーのお陰である。
あの頃と違いアーサーは白いタキシード姿で、まさに夢物語の王子様のような出で立ちだ。確かに、元王様であるが。
顔が良い事もより効果を増していて、はなかなかアーサーを直視できないでいる。長い側妃生活でアーサーの輝かしい顔に慣れてきたはずであったが、こうした姿はやはり心臓に悪い。

婚礼時のドレスは当時一番の上等な布を重ね、細やかな刺繍や宝石をあしらった華美なものだ。彼女が今纏うのはあの頃のように白を基調としているものの当たり前だが豪華さではかけ、実に軽やかなものである。
最期の時まで自身が持っていた彼女の指輪も、英霊の身となった今はもう手元にないけれど。
アーサーは頬僅かに赤らめ佇むの前に躊躇わず片膝をつくと、手を差し出す。
「踊って頂けますか?」
一瞬、は目を瞬かせる。今は遠いいつかのような彼が思い起こされたからだ。けれど、あの時とはちがう。
抗いようもない現実に別れ、過去の人間である彼にはもう二度と会えないと思っていた。奇跡的に再会した彼は当時と変わらず、いや、それ以上に穏やかな表情での前にいる。 以前は緊張から躊躇った手は、無意識の内に伸ばしていた。

もう一人のマスターと共に、人理修復の白羽の矢に立たされた彼女は、苦難の日々が続く。それでも、再び彼女と過ごす日々はアーサーにこれ以上ない幸せを感じさせた。
重なられた手を握り、ホールに降り立つ。緩やかなステップを踏むと、何処からともなく流れ始めた。
初めは久しぶりであるダンスに強ばった表情であったも彼女も、アーサーのリードは健在で。何よりも幸せそうなアーサーの柔らかな微笑みに、気が付けばも笑顔を浮かべ躍りを楽しんでいた。煌びやかなシャンデリアの下で、くるくると軽やかにホールを舞う。
まるで、あれだけ思い描き焦がれていた当時に戻ったようだった。夢現の、幻。例えそうであってもアーサーは思う。
再び繋ぐことの出来た彼女の掌を握りしめ
ーー願わくば、この刹那の幸せが永遠に。


君の幸せを

請い、願う。


        
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