DreamMaker2 Sample
地響きは鳴り止まず、天へと伸びる階段が崩れ落ち、ぽっかりと宙に浮かんだ先の見えない、闇に呑み込まれていく。
ごうごうと辺りの物を吸い込んでいく深淵は、呑み込んだものの影すら見えない。無であり、何も存在しえない異次元の空間だった。

それは、人類の終わりの時だった。
全ての人類が消える、その間際生まれた闇の前に一人の少女が佇む。その腹部には血がにじみ、足元には夥しい血溜まりが出来ていた。右腕の肘から先もなく、惨たらしい有り様だ。
気絶せず立っていることさえ、奇跡的だろう。しかし彼女は、対面に立つ、少女を刺したのだろう者の腕を掴み、決してはなそうとしなかった。
辺りを呑み込む闇が、少女達の眼前に迫る。暴風と辺りが崩壊する音で他の音が拾えないその場で誰かが叫んだ。いや、誰か、ではなく数人だったのかもしれない。言葉が混じりあい、何を叫んでいるのかもわからない。ただ、それは血が滲むような叫びだった。
眼前に迫った闇を前に、ふと少女が降りかえる。
その目を細め、闇に飲み込まれる寸前彼女はーーー。

意識が浮上していく。
思い出す手足の感覚に、体を動かすと背骨が軋んだ。ぼんやりと辺りを見回すと、そこは見慣れた自室だった。
喉が無性に渇き、彼は涼しさを求めて暖かな布団から足を出す。彼の興味と趣味で、かなり昔に取り寄せた炬燵で気がつけば寝てしまっていたのだ。例のごとく、ここ数日眠ることなく徹夜を続け、カルデアの炉の制御、シバのチェック、機材のメンテナンス、スタッフの体調管理をこなしていると、食事は愚か、眠る時間が取れなかったのだ。薬で無理矢理体を動かしていたロマニを自室に戻るように促したのは、サーヴァントであり、同僚であるダ・ヴィンチだった。
いや、敷いては他のサーヴァントだろう。ダ・ヴィンチは彼等の物言いたげな視線に察しただけだ。同じサーヴァントであるからこそ気付いた彼女は、行動を起こすことなく、ロマニを見るというよりは、睨んでいた彼等にピンと来たのだ。
一体はカルデア唯一のマスターのサーヴァントで、もう一体はレイシフト先で出会い、保護した異世界の少女のサーヴァント。
彼等は同じインドの英霊で、宿敵同士ではあるが、それ故に普段、同じカルデアに居ても共通点はない。
ーーーただ一人の少女に関する事以外では。
授かりの英雄は誰に対しても正に理想の、優等生面が崩れるのは彼女の前だけであり、施しの英雄は彼女の唯一のサーヴァントとして過保護なだけではなく、彼女の前では我が強い。
そんな彼等が共通して、ここ数日、行動を起こさずともふとした時に一人を睨んでいればピンと来ないはずがないわけで。これは何かあるなーと共通点の彼女を注視して気付いたダ・ヴィンチは、その日も自室に戻らず仕事を続けようとするロマニを無理矢理戻させた。
いくら体力の限界は疾うに超え、薬で動かしていようが、彼が選択したことだ。決して彼女から口出すことはしなかったが、一人の女の子が、甲斐甲斐しく待っているとなれば話は別だった。
そうして無理矢理自室へ戻されたロマニが見たのは、彼の部屋に唯一ある炬燵で眠る少女ーー異世界から来た、だった。


自室のデスクにはお盆に載っている、冷めたのであろう食事が置いてあった。どうやら彼女はまともに食事を取らないロマニに、わざわざ自室まで届けに来てくれたのだろう。しばらくは驚きに目を丸めて固まった彼だが、思い出した空腹に我にかえった。
訴えてくる空腹に押されながら、折角届けてくれたのだからと、まずは食事をとろうとした彼だがあまりにも炬燵で熟睡しているに目がいく。
気がつくと食事より先に彼女から少し離れた所で、同じように炬燵に潜っていた。それでも起きず身動ぎもしないによく起きないな、と眺めていた彼だが彼女の寝顔を見ているうちに、彼も寝てしまっていたのだった。

王は人の心が分からない。かの王はそう非難された。だがロマニは、その王の気持ちが痛い程わかった。何故なら彼は今は人であるものの、元サーヴァントであり、王であったからだ。
一ではなく、十をとる。それが王だ。賢王であるならば、そうあるもので、彼は例え彼がそう批難されても、それで良かった。
けれどある時、ロマニは思ったのだ。
千里眼を持つ彼は遠い未来を見通す力を持つ。彼の意思を関係なく、ふとした時に未来を見る彼はある時人類が滅びる未来を見た。その間際に見た一人の少女。
千里眼は一度きり。何度も見ることは出来ないが彼はその時が忘れられずにいた。幾度となく思い出し、先程のように夢に見た。
それは人類が滅んでしまうかもしれない。けれど人類はその間際、一人の少女が元凶であろう者を、巻き込む形で救われようとしていた。
人類は存続する。何も気鬱に思うことはない。犠牲になった少女は英雄となり、称賛される。ハッピーエンドだ。けれど何故か、胸のうちがかき乱された。振り返った、その時の少女が、瞼の裏にこびりついて離れない。
彼はそれを思い出す度に考えていた。彼女の、世界を救う直前の表情が、彼には理解できなかったのだ。重症の怪我の痛みから表情を歪めるのでもなく、世界を救える達成感に満ちた表情でもない。
目を細め微笑んだ少女を、ロマニは理解できなかった。
気がつけば彼はその事ばかり考えるようになり、やがて死を迎え、理解することなく一度目の生を終えた。
英霊として現代に召還されても疑問は潰えず、彼はやがて、再び人になる事を願う。一度目は最期まで理解することが出来なかった。それを今度こそ、王ではなく人として知りたかったのだ。まさか今生で、彼女本人と出逢うとは思いもよらなかったが。その彼女は、すぐ手の届くところで背を丸め、寝息を立てていた。
彼女の表情は、とてもよく変わる。
授かりの英雄に対してはよく眉を潜めて、言い合いをしているのを見るし、施しの英雄には甘い。彼が鍛練用のシュミレーターを壊してしまっても、私のサーヴァントは世界一強いから!と自慢げになる。そのあとシュミレーターを壊したことでスタッフに土下座するが。
この部屋に食事を届けてくれたときも、彼女は日本人だから、この炬燵に興味が惹かれたに違いない。
彼女がロマニを待って、寝てしまったのか、懐かしさに潜った炬燵の魔から抜け出せなかったのか、或いはそのどちらもなのかはわからないがーー。
幸せそうに眠る彼女の掌には、至るところに絆創膏が貼ってあった。うたた寝をしてしまう前に覗いた、器に盛ってあるシチューの具材は歪で、食事は以前こそカルデアスタッフが作っていたが、今では何故か一体の英霊が仕切っているため、彼の料理ではないのだろう。
バレンタインデーの時には彼と彼女サーヴァントが結託して台所から追い出していた事もあり、彼女は料理は得意ではないのだろう。
ロマニは彼女の寝顔を見ながら、自然と、口角を緩まるのを感じた。

長い間、それこそ千年以上前から抱えていた疑問が分かるときが来るなど、以前の自分なら思いもしなかっただろう。
一と十ならば、以前の彼ならば迷わず十をとった。けれど、今の彼には正直なところ分からない。その一が、もし目の前の彼女のならば、自身は迷わずーー全てのものを、己すら、差し出すのだろう。
手を伸ばし、彼女の頬に触れる。起こさないように、そっと伸ばした指先に暖かな温もりが触れた。
自身とは違う温もりに気付いたのか、彼女は僅かに身動ぎすると、やがてその表情がゆるりと緩んだ。

目を細める、ロマニは思う。
あの時の彼女の笑みが、今ならわかった。
そして何故、その疑問が潰えることなく、ずっと胸のうちにあったのかも。それを同時に知ることになってしまっても、ロマニは後悔する事はしなかった。
彼女の笑みが、わかるからこそ。


数千年前から想う



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