DreamMaker2 Sample 天高く聳えていたのだろうビル群は倒壊し、今は見る影もない。辺り一面は、焼け野原が広がっていた。
――瓦礫が転がる荒れ果てた街に、不釣り合いな身綺麗な青年が歩いていた。
銀色の長い髪は、青年が歩くたびに艶やかに流れ、白磁のような滑らかな肌には煤は愚か、身に纏った白いローブも埃一つない。浮世離れした青年の腕には、一人の女性が大事そうに抱えられている。長身の青年は、人ひとりも抱える事が出来なさそうな細身ではあったが、青年の顔色に疲労の色はみえない。青年は腕の中で瞼を閉じ、呑気に眠りこけている女へと話しかけた。
「まったく。まさか一日で一度どころか、二度も命を落としかけるとは、さしもの僕も驚きが隠せないよ。」
呆れた音色で話しかけても、彼女が起きる様子はなかった。それも当然だろう。彼女に魔力はなく、レイシフトの素質も微塵もないにも拘わらず巻き込まれたのだ。 レイシフトに耐えれるように慌てて魔術をかけたが、魔力のない彼女には相当な負担がかかっているだろう。体に馴染むまで時間がかかる。
青年は開けた場所に出ると、足を止めた。意識のない彼女を縦抱きに抱え直すと、開いた手で身に着けている外套を取り外す。躊躇う事なく汚れ一つない白い外套を地面に広げ、その上にそっと女性を横たわらせた。
体を動かされても、やはり起きる様子はない。もぞりと身を縮まらせた彼女の頬に手を当てる。手の甲にかかる微かな吐息に、無意識のうちにほっと息を吐いた。
念のため重ねて掛けた状態回復が効いているのだろう。一度でも十分なそれのお陰で、彼女の顔色は頗る良い。あとは掛けた魔術形式が彼女の体に馴染むのを待つだけだ。
荒れ果てた荒野に目もくれず、その場にしゃがみ込むと、青年はじっと女の様子を見つめた。しかしふと、唐突に立ち上がる。
紫暗色の目は気だるげに細められ、青年は呆れを隠さずに吐息を吐いた。
「まさか、三度目かい??とんだトラブルホイホイだねぇ・・・」
一度目はカルデアを残し、世界そのものが滅びかけた。こればかりは彼女が避けられなくても、仕方がない。しかし二度目は折角安全な場所に送り届けたというのに、自らの意思で中心地へと向かったのだ。力も、魔力もないのにだ。
さて、三度目は。今こうして、やってきている。
聞こえてきた複数の足音に、青年は肩を竦める。「あちらの僕が、守りきれないわけだ。」
青年はいつの間にか手にしていた木で出来た身の丈程の杖を振るう。細やかに光輝く粉が眠る彼女に降り注いだかと思うと、彼女を中心にドーム状の薄い膜が一瞬で張られた。
「まあ、似てるといっても、彼女と僕は違うからね。」
その合間にも近づいていた荒い呼気は、青年達の周りを囲んだ。鋭い歯を剥き出しにした、獣の形をしたナニカはぎらついた目で生者を狙っている。汚れた聖杯から生まれた負の化け物達は、この街を破壊尽くした元凶だ。しかし異形を前に、青年は相変わらず飄々とした態度で話しかける。
「うん、君達には悪いんだけど。」
手に持っていた杖は、彼女に魔術をかけた後空気に溶けるように消える。代わりに、彼は反対の手から一振りの剣を顕現させた。
大剣にも拘わらず、重さなど感じないように片手で持つ彼は、人差し指を口元に宛て、弓なりに目を細める。
「彼女を起こさないように、ね?」


***


遠くで名前を呼ぶ声がした。微睡んだ意識が、少しずつ浮上していく。自身を呼ぶ声は、見知った声だ。
肩を揺さぶられながら、重い瞼を開ける。すると、黒髪の少年と藤色の髪をした少女が、必死な様子でこちらを覗き込んでいた。ぼんやりと目を開けたに、黒髪の少年は安堵に胸を撫で下ろす。
「良かった・・・!無事だったんだな・・・!!」
大きな瓦礫に背を預け、座り込む形では目を覚ました。目を覚ますと、一気に意識が覚醒していく。寝起きにも拘らず良好な思考で、それまでを思い出した。
見知らぬ建物、カルデアで爆発に巻き込まれたのだ。視界が白くなり、もうダメかと思ったのだが、不思議と体に痛みはない。それどころか、よく寝ていたのか疲れすら皆無で、清々しい心地ですらある。軽く肩をほぐしながら、は辺りを見回す。またもや、辺りは見知らぬ土地だった。今度は建物の中ではなく、辺りは焼け野原が広がっている。建物らしい建物は全て瓦礫となっており、日の光を僅かにも射さない曇天の空が、より不気味さを醸し出していた。
しかし、共にいた立香や少女も大きな傷一つなく元気そうだ。それだけでも僥倖である。そこでは、内心首を傾げた。
藤色の髪の少女は、瓦礫に挟まれ明らかに重傷だった。しかし今は血どころか、僅かな怪我も見当たらない。加えて、服装がどうにも、以前と違うような。
怪我はないことにこした事はないが。それにしても二の腕に太ももと眩いばかりの肌を晒した彼女の服装は、所謂ビキニアーマーとまでは言わないが、臍を出し際どい事には変わりない。簡潔に言おう。破廉恥だ。思わず凝視してしまうに、藤色の髪の少女もさすがに気付いたようだった。
「初めまして、先輩。マシュ・キリエライトと言います。」
にこにこと微笑みながら告げた彼女、マシュに前のめりになりそうなほど凝視していたは、はっとして佇まいを正した。
「あ、私はです。・・・・・・先輩?」
自身も名を名乗りながら、彼女が零した気になる単語に気付き、思わず聞き返す。はて、何故に先輩?怪訝そうなに、マシュは笑顔で頷く。
「はい!先輩は、先輩のご友人のようなので、私にとっても先輩です。」
ちらりと視線を隣の立香へと向ける。先輩第一号であろう彼は、苦笑を浮かべていた。これは何か良く分からないが、満更ではないといった表情だろう。証拠に恥ずかしそうに頬がわずかに紅潮している。なるほど。こんな可愛い女の子先輩と慕われたらそれは嬉しくもなり、追及も訂正もせず流してしまうだろう。どこのギャルゲーか。全く、これだから男は・・・。思わず胡乱げな目では立香を見た。すると、マシュが首を傾げて尋ねてくる。
「・・・先輩と、お呼びしても良いですか?」
反応の薄いに不安に思ったのだろう。恐る恐るといったように、彼女は髪と同じ藤色の目を不安で揺らしていた。
彼女の色素の薄い髪は、日が射していないにも関わらず天使の輪が浮かぶ程艶やかで、煤に塗れていない彼女の肌はやはり透けるような白さだ。桜色の唇の端は僅かに引き結ばれ、愁いにしかめた眉でこちらを伺っている。
「・・・大歓迎だよ!すごく!!嬉しい!!!」
こんな天使を前に、否定できる人間はいなかった。
立香をさげずむような目で見た割に、掌返してしまりない笑顔で答えるを責められる人間は、生憎、この場には居なかった。

しかし、それ以前の問題で、体を震わせていた者がいた。一番体力がない為、立香達に遅れてこの場にたどり着いた彼女は、ようやく我に返ると声を震わせる。
「なんで!一般人が、こんなところにいるの!?」
悲鳴のような叫びに、も視線を向ける。声は僅かに離れた、立香達の後ろからであった。
長髪の少女が、愕然とした表情でを指さしていた。



冬木の地1




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