DreamMaker2 Sample おやおや、なんだか見たことのある少年では?
声が反響する室内の中、ふとは思う。そう思ったのは、だけではなかったらしい。黒髪の少年は目を丸めて、驚いたように再び声を上げた。二人はようやく互いに気付き、収まりかけた声は再び室内に反響するのだった。
黒髪の見たことのある少年は、藤丸立香だ。がサバを読み通う高校で、珍しく気が合った同級生である。彼は白いシャツに、黒いズボン、ここまでは普通なのだが、胸部はベルトで固定した変わった服装をしていた。少なくとも学校の制服ではない。なんでここに、と至極当然の問いを投げ掛ける前に、思わず「コスプレ・・・?」と呟けば立香も自覚があるようで、顔を赤くして否定する。
曰く、割りの良いアルバイトを見つけ意気揚々とやって来たら、この服を渡されたのだという。着替えをすませ、同意書にもサインした所で急に眠気に襲われ、目が覚めると早速、矢鱈とリアルな4D体験をし、終えたところで再び眠気が襲った。そうして気が付けば、この建物の廊下に転がっていたのだという。
それ、確実に何か盛られたんでは・・・?犯罪臭さえ漂う胡散臭い流れに、慌てたのは白衣の青年だ。人手が少ない現状から、適正のある一般人枠があるそうで、その検査は採血と称して前もって騙しとったものではあったが、同意書には彼が体験した旨について記載はされ、あくまで合意の上だと。同意書がやや具体性にかけていて、限りなく黒に近いグレーであっても、アウトではないのだと慌て弁解した。
と、なれば立香の自業自得でもある。
「ええー!詐欺だー。」
不満を溢す立香の話題を変えるように一つ咳払いをすると、白衣の青年は今度はへと話の矛先を向けた。
彼はと知り合いであるらしい、立香が連れてきたのではと疑っているようだった。しかし、それは誤解だ。は気がついたらこの部屋にいたのだ。「瞬間移動じゃん」と呑気に感心する立香は、やはり何も知らない一般人なのだろう。対して白衣の青年は顎に手を当てて押し黙る。
思わずほわほわとした彼の立ち振舞いから忘れがちになるが、立香が部屋へ来る前の、見知らぬ人間であるへの素早い対応から、彼はやはり、秘匿とされる魔術を知る人間なのだろう。神秘の残るアーサー王の時代で魔術というものを知り、魔術師の親友もいたはそう判断する。
しかしはともかく、彼等は一般人である立香をスタッフとして連れてきているだけでなく、魔術も見せている。
立香はまだ理解出来ていないようだが、彼が体験したというやたらとリアルな4D体験はどう考えても魔術関連のものだろう。秘匿とされる魔術に一般人を巻き込んで、一体何をさせるつもりなのか――
どうしてこの部屋にいたのかは分からないが、立香の友人として、年上として、冷えた視線を向け始めるに、青年は気付いたのか、いないのか。定かではないが、彼は考えこんでいた表情をゆるりと緩めた。
「お手上げだ。いくら考えても、原因は分からない。」
思わず目を瞬かせるをよそに、彼は一度話を脇に置き、自己紹介を始めるのだった。
青年はロマニ・アーキマン。この建物、カルデアの医師だ。
薄々感じているように、この場所は特殊な場所にあり、一般人には秘匿とされている。標高6000メートルの雪山の地下に作られた地下工房で、魔術・科学の区別なく研究者が集まった研究所にして観測所。略称を「人理保障機関カルデア」。
時計塔の天体科を牛耳る魔術師の貴族である、マリスビリー・アニムスフィアが創立した未来を保障するための機関なのだとーー。

カルデアという、機関の説明であった。分かりやすく説明されてはいるものの、一般人である立香は、魔術といった空想上の存在に混乱しているようだった。苦笑するロマニに、もまた混乱していた。一部の例外を除き、通常魔術は秘匿とされるものだとブリテンで知った。少なからず隠されるだろうと思っていたのだが、ロマニは丁寧に説明したのだ。
ロマニ、改めて回りからはロマンと呼ばれているというこの男。
懇切丁寧な説明、真剣な表情を浮かべていても時折彼の素なのだろう、へらへらとした表情に、警戒していたも気が付けばすっかり肩の力が抜けていた。
――悪い人では、ないのかもしれない。
少なくとも魔術という存在を隠そうともしていない。
カルデアの説明から、立香の疑問から魔術といった存在の説明に移行し、ぽかんとした表情の立香に四苦八苦しながらロマニが説明する頃には、はすっかり、青年への警戒は溶けていた。真摯な彼に、少なくても彼は信頼できるのかもしれない。そう思い始めた頃だ。彼の腕につけた端末から、通信が入る。見知らぬ男の声だ。
まもなく実験が始まる。念のため、ロマニにも現場にくるようにとの要請だった。
数分にも満たない短い通信で、慌てたのはロマニである。この部屋には、サボるために来たのだ。彼が滞在する医務室では当然ない。要請された時間より遅れてしまう。まあ、少しぐらいいいよね!あっさりと開き直り、ロマニは達に向き直る。
今から出てくるけど、君達、特に現場に全く関係のないはこの部屋にいるように。ばれたら絶対に、所長が怒る。そう何度もたちに言い聞かせ、ようやく気がすんだロマニが部屋の扉をあけた、その時だった。
鼓膜を揺らすような轟音に、建物が大きく揺れる。振動に体がふらつき、それぞれは咄嗟に近場の壁や家具を掴んだ。続いてすべての明かりが消え、非常用の薄暗い明かりに切り替わったかと思えば、館内にブザーが鳴り響く。
「緊急事態発生 中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。」

***

「いや、なにしているんだ君達!方向が逆だ!第二ゲートは向こうだよ!?まさか僕についてくるつもりなのか!?」
背後から追いかけてきた足音に振り向くと、先ほど別れたはずの少年少女がいて、ロマニはぎょっとした。非常灯に切り替わり、辺りが薄暗くても、彼らに間違いはない。
先ほどカルデア内で、爆発が起きた。ロマニ達がいる場所は無事だったが、爆発の中心地は酷いもののようだ。辺りにはまだ、警報が鳴り響いている。
ロマニはすぐに事態を把握し、外へと逃げるように達へと指示を出すと部屋を出たのだが、逃げるように言った彼女たちは、何故かついてきたのだ。
焦るようロマニに、声を上げたの黒髪の少年、立香だ。
「知り合いがいるんです!さっき、知り合ったばかりの子ですけど・・・。」
出口を教えれられた後、ロマニの遠ざかる背中には混乱しながらも、言われた通り立香に避難を促した。呆然と事態についていけない様子の立香だったが、そこで我に返り、首を振る。「・・・俺、行かないと!知っている子がいるんだ!!」
彼が部屋に入り、と再会する前のことだ。建物の廊下で転がっていた彼に、声を掛けてくれた少女がいたのだという。少ない時間ではあったが、彼女は倒れていた立香を心配してくれていた。知っている子が中心地にいる可能性があるようで、立香は居てもたってもいられなかったのだ。
追いかけようとする立香を、も放ってはおけない。仮にも、年上だ。
「手伝います!人手は多い方がいいですよね!?」
眉を寄せ振り返りながらも、走りをやめないロマニに続いて、は声を上げる。
「そりゃあ、人手があった方が助かるけど・・・。」
ロマニはそこで唸り声をあげ、ふわふわの頭を掻きむしった。
「ああもう、言い争ってる時間も惜しい!隔壁が閉鎖する前に、戻るんだぞ!」
鳴り響く警報によると、あと数分ほどで被害を抑えるために自動的に隔壁が封鎖してしまう。しかめっ面で念を押すロマニに、立香とは頷く。乱れた呼吸も気にせず、3人は走る速度を上げるのだった。

爆発の衝撃でひしゃがれた扉は、閉まることなく開いたままだった。開いた室内へ入り、3人は一応に眉を顰める。
初めに、強烈な異臭が鼻をついた。辺り構わず燃え上がる炎は、全てを飲み込んだのだろう。鉄の溶けた匂いに、交じるのは、血の匂いだ。
カルデアの排煙口が辛うじて生きていたのか、煙こそ酷くはないもののあちこちで火が燻り、肌を撫でる熱気も収まる様子はない。
「・・・生存者はいない。無事なのはカルデアスだけだ。」
倒れた機材は、爆発で多くは瓦礫となっていた。しかし、そのどれもが元の色をなくし、黒く焦げ付いている。部屋の中心に浮かぶ地球儀のような天体――カルデアスだけが、色を保っていた。
辺りを見回したロマニが眉を潜めたまま続ける。
「ここが爆発の基点だろう。これは事故じゃない。人為的な破壊工作だ。」
酷い様子に、立香もも、無意識のうちに呼吸が浅くなる。込み上げる嘔吐感に耐え切れず、立香が蹲った。
しかし、も彼を気にかける余裕がない。
―――複数の馬のひずめが、大地を揺らしていた。
銀色に鈍るはずの刃は、赤黒く染まり、辺りには悲鳴が響く。燃え盛る炎は容赦なく、家屋を襲い、息を引き取り倒れた人々を焼いた。首都から離れた、穏やかな辺境の地を襲った悲劇。
慣れない彼女に優しくしてくれた女性の、がらんどうな目は曇天を見上げていた。
下劣な笑い声に悲鳴。紋章の入った鎧を、は王都で見覚えがあった。
どうして、なぜ、なにも、なにもしていないというのに。
この村に、来なければよかったのだろうか。そうすれば、周りを巻き込まなかったのだろうか。
必ず、生きて。
今にも決壊しそうなほど揺らぐ蒼の目を、泣かせたくなくて。頷いてしまったのがいけないのだろうか。
深い絶望が、じわりじわりと襲ってくる。
――――斬られた肩が、酷く熱い。辺りに焦げた匂いが充満していく。

「動力部の停止を確認。発電量が不足しています。予備電源への切り替えに異常があります。職員は手動で切り替えてください。隔壁閉鎖まであと40秒中央区画に残っている職員は速やかに」
が我に返ったのは、再びけたたましく鳴った警報だった。咄嗟に肩へと手を当てると、そこに激しい熱はない。ただ、当てた手が情けないほど震えていた。
「・・・・僕は地下の発電所に行く。」
乱れた呼吸を整えようとするを他所に、辺りを見回しながらロマニは冷静に告げた。「カルデアの火を止めるわけにはいかない。君は急いで来た道を戻るんだ。まだギリギリで間に合う。」
カルデアは、人類の未来を保障するための機関だ。ロマニは二人に向き直ると肩を掴み念を押す。
「いいな、寄り道はするんじゃないぞ!外に出て、外部からの救助を待つんだ!」
二人がぎこちないながらも頷いたのを見届けてから、ロマニは急いで踵を返した。
建物の更に奥へと向かったロマニの背が、見えなくなっていく。目の前の惨状に思考を停止させていた立香とも、ようやく正常な意識を取り戻し始めていた。
「システム レイシフト最終段階に移行します。座標西暦2004年1月30日 日本 冬木。
ラプラスによる転移保護 成立。特異点への因子追加枠 確保。アンサモンプログラム セット。
マスターは最終調整に入ってください。」
「急いで、戻らないと・・・」
警報とは別に、アナウンスが流れ始める。本格的に機械が壊れ始めているのだろう。立ち上がった立香が呟いた、その時だった。か細い声が微かに響く。
咄嗟に互いに顔を見合わせる。や立香のものではない。二人はそう理解すると、声がしたであろう方向へと向かった。右手側の隅で、瓦礫が微かに動いた。下に誰かがいるのだ。
「しっかり!今助ける・・・!」
「大丈夫だから・・・!」
二人して励ますように声をかけ、急いで瓦礫の破片とどかしていく。瓦礫の破片が掌を切ったが、気にならなかった。
藤色の髪が微かに見える。辺りをつけて周辺の瓦礫をどけていくと、一人の少女が下敷きにされていた。少女は頭部から血を流し、前髪で片目が隠れていた。雪のように白かったのだろう肌は、煤で汚れている。
ようやく、体の半分が見えるようになったとこで、しかし少女は力なく首を振った。
「・・・いい、です。・・・助かりません、から。それより、早く、逃げないと・・・。」
朦朧とした意識で否定する彼女は、稀しくも立香が探していた少女だった。
彼女の様子に歯を食いしばり、立香は首を振る。もまた、意識のある少女を放ってはおけなかった。やめる様子のない二人に眉を下げた少女は、その時背後にある何かに気付いたようだった。「あ・・・」
呟いた彼女に倣い、瓦礫をどける手は止めずに反射的に背後へと視線を向ける。思わず、二人は眉を潜めた。
室内の中央に浮いている、地球の形を模した球状のものは、先ほどまで蒼かった。しかし、蝕まれるように赤く染まっていくのだ。
「観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます。
近未来百年までの地球において
人類の痕跡は 発見 できません
人類の生存は 確認 出来ません
人類の未来は 保証 出来ません」
アナウンスは物騒なことを宣言する。本格的に、機械が壊れてしまったのかもしれない。そう判断した達とは他所に、少女は何故か悲痛そうな表情を浮かべた。
「カルデアスが・・・真っ赤に、なっちゃいました・・・いえ、そんな、こと、より――」
「中央隔壁封鎖します。館内清浄開始まで あと180秒です」
ひしゃげたまま開いていた扉の先を、シャッターが遮った。少女を助けるのに夢中で時間を気にしておらず、既に封鎖される時間になってしまったのだ。
少女は眉尻を下げる。
「・・・隔壁、閉まっちゃい、ました。・・・もう、外、には、」
熱気に包まれる中、背中に冷たいものが流れた。閉じた隔壁に、いち早く我に返ったのは立香だ。頭をかくと、へらりと笑う。
「なんとかなるさ。」
彼は二人を巻き込んでしまい、後悔を滲ませる少女を安心させようとしたのだろう。ははっとした。年下の彼が、こんなににもしっかりとしているのだ。
呆然としていた自身に呆れながら、再び瓦礫へと手を伸ばした。
「そうそう。だから、まずはこの瓦礫を退けよう!」
ーーもう、外に出れない。助からない。
頭で理解していても、は少女の上にある瓦礫を退かしていく。立香もの後に続いた。
助からない。分かっていても助けよう二人に、少女は目を瞬かせた。疲労した二人の掌には、瓦礫であちこちに傷ができている。助からない絶望も襲っているだろう。それなのに、二人は笑っていた。諦めて、いない。

「コフィン内マスターのバイタル基準値に、達していません。レイシフト、定員に達していません。
該当マスターを検索中・・・発見しました。
適応番号48立香をマスターとして再設定します。
アンサモンプログラムスタート。
霊子変換を開始します」
アナウンスは相変わらず鳴り響いている。気にした様子なく助けようとしている二人に、思わず少女は口を開いていた。
「・・・あの、せん、ぱい」
二人の手が止まる。
「手を、握ってもらって、いいですか?」
遠慮がちに伸ばされた手を、と立香が拒むはずがなかった。瓦礫から手を離し、彼女の掌を握ると、少女は何処か安心したように微笑んだ。
「レイシフト開始まであと3、2、1。
全工程完了。
ファーストオーダー 実証を開始します。」
微笑みを返すと、少女が瞼を閉じる。
直後止まることのなかったアナウンスが止み、辺り一面が白く染まった。同時に、意識も急激に離れていく。
咄嗟に痛みに備えたに、しかしそれは一向に襲う気配はない。
代わりに感じたのは鼻腔をくすぐる、ふわりとした懐かしい花の香りと、背中への温もりだった。

「せっかく、安全な場所に飛ばしたのに。なんで君はこう、自ら危険に突っ込むのかなぁ・・・。」
ぼんやりと聞こえた幻聴は、不思議とかつて出会った、青年王のものと似ていた。

グランド・オーダー




/ TOP /