DreamMaker2 Sample ロマニ・アーキマン。特殊機関、人理保障機関カルデアの医師である。カルデアでは機関の性質から、スタッフのメディカルチェックが精密に行われていた。数多い医師の中で、彼は年若い青年にも関わらず、そのトップであった。実力はカルデアの元所長の折り紙づきで、優秀な人物である。
しかし、致命的なことに、彼の性格は大分抜けていた。頭は良いくせに、緩い口調。ずれた言動。例え口を閉じていても、周りから見ればへらへらとした表情に、その日、カルデアにとって大一番の現場から、外されていた。空気が緩むって、真剣なのに。そんな酷い。未だかつて言われたことのない言葉に、ひっそりと傷付いた彼は回復アイテムの取っておきのケーキを片手に、部屋に籠ることにした。サボりともいう。
そそくさと管理室を出て、彼の秘密の避難所の部屋へと向かう。空調完備ネットもあり、机は愚か、一眠りできるベットもある。人が使うことのない、空き部屋であった。本来なら働かなければいけない時間に、だらだらと過ごす時間、プライスレス。沈んでいた心もいつの間にか浮上し、空き部屋の前まで辿り着く。同僚が真剣に働く中、心を弾ませて扉のパネルをタッチしたーー罰が当たったのかもしれない。
お気に入りの避難場所の、ふかふかのベット。施された魔術により、空き部屋でもあっても常に干したてのようなそこに、見知らぬ固まり一つ。
誰もいないはずのベッドに黒髪の少女が、心地良さそうにしまりのない顔で寝ていた。見かけない制服を着た彼女は、むにゃむにゃと寝言さえ溢しているではないか。開いた扉の前で、ロマニは固まる。間。
「うああああ! ?」
漏れなく顰蹙を買うであろうロマニの館内に響き渡るような特大の悲鳴は、運良く閉まった扉により室内に響き、勢いよく少女を起こすだけにとどまった。仮にもカルデアでの大一番が行われようとしている最中、首の皮一つ繋がったロマニであった。

教室で急激に教われた睡魔に、意識を失ったは、響いた悲鳴に飛び起きた。慌てて辺りを見まわすと、扉の前で白衣を羽織った一人の青年が、何故かケーキを片手に立っている。口を閉口させる青年に、は眼を瞬かせた。
扉の前で、青年は青々とした新緑のような黄緑色の目を丸めている。すっと通った鼻筋は高く、滑らかな肌、吊り上がった眉に薄い唇、垂れ目がちではあるが、よくよく見れば精巧な顔つきだ。しかしそれ以上に彼の素っ頓狂な悲鳴と髪が印象的であった。後頭部で結ばれた橙色の髪はふわふわで、綿あめのようだ。
白で統一された部屋のすみには観葉植物が置かれている。見知らぬ部屋だ。
教室で背中から倒れただが、覚悟していた後頭部や背中に痛みはない。それどころか日の匂いのするふかふかのベッドで寝ていたからか、体が軽くなったような心地すらする。至って健康であるのだが。何故こんなところで寝ていたのだろうか。というか、そもそも、ここはどこだろうか。ん?待てよ。そこでに既視感が襲う。なんだか似たような事が、つい最近なかったか。直前までいた場所とは違う、見知らぬ部屋のベッドで目覚める、そんな滅多にない体験を、それこそ数ヶ月程前に。
たどり着いた答えに、まさかと否定したいが、ビシビシと訴える現状には頬をひきつらせた。
「き、きき君は誰だい?
 見たことのない顔だけど、なんでここに・・・!?」
ようやく、青年が我に返ると問いかけてくる。しかし、はそれに答える術がない。なにせ自身ですら何故ここにいるのか、ここが何処かも分からないのだ。こんな時、焦って理解していない現状を手当たり次第口にしない方が良い。現状も理解していないのであれば、墓穴を掘るだけである。それは数少ないはずの多々ある現象で学んだ事だった。とにかく、冷静に現状を理解するまで口を出さず、曖昧な表情でごまかした方が良い。
しかし、部屋の入り口から目の前に来た青年が、冷静に分析する方が早かった。彼女を見下ろし、眉を潜めたかと思うと尋ねる。
「・・・君、カルデアのスタッフじゃないよね?」
返答には、イエスとノーしかない。勿論ノーなのだが、そもそも、カルデアというものすら分からないは、すぐに返せなかった。僅かな間は、答えには充分である。
口を引き結び押し黙る彼女に、一つ息をはくと、青年は部屋の隅へと向かう。部屋の隅にあるテーブルに手に持っていたケーキを置くと、スツールをもってベッドの脇に置き、そこへ腰かけた。
「ちょっといいかい。」
そういうなり、青年は白衣のポケットから聴診器を取り出し、首にかける。真っ先に素性を問われると構えていたは、思わず首を傾げた。
「えっと・・・?」
「これでも、僕は医者なんだ。」
青年は素性を調べるよりも先に、白い手袋をつけたまま袖を捲る。その表情は、自身でも怪しいと思う人間を前にしているにも関わらず驚く程真剣で、は青年の思わぬ行動に混乱しながらも、すんなりと言われた通りに従ってしまう。
促されるようにテキパキと軽い触診を受ける。簡単な体の質問を投げかける以外、青年は無言であった。沈黙は、徐々にに冷静な判断を取り戻させていき、真剣な青年を前に、思わず口を開く。「・・・ええっと、」
「・・・私が言うのもなんですが、いいんですか・・・?」
どうしてこうなった。いくら彼が医者といっても、自身は突然現れた不審人物である。我ながら言っていて悲しいが。互いを知るわけでもないのにこの現状に、首を傾げざる負えない。
しかし、青年は違ったらしい。診察を続けながら、彼はすんなりと答えた。
「君はカルデアの人じゃないね。一般人だ。」
言葉には既に、疑問符もない。青年は答えを出しているようだ。
すると短いようで長かった診察が終わったのだろう。彼は聴診器から手を放し、考えるように顎に手を当てる。
「君みたいな普通の子は、間違ってもここにはこれないはずなんだけど・・・。」
眉を潜めている青年を前に、薄々感づいていたが、『カルデア』も普通の場所ではないのだろうとは悟る。いや、うん、そんなことだろうとは思ったけども。不審者への職質に移行しない時点で、そうした事態が起きかねない場所か、最悪ブリテンのように取り締まる警察自体が存在しないのだろう。さすがに室内の様子からは現代のようで、それはないだろうが。ただ、青年がとんでもないお人よしという可能性もあるかもしれないが。
それにしても、青年はどうみても日本人ではない。見慣れ始めた教室ですらなく、元の世界とは違うものの、平和な現代により遠のいていた神秘の残るブリテンの時代が嫌が応にも脳裏をかすめた。これはもしかしなくても、またもや『ま』から始まり『ほう』で終わる展開では。一般人が入れないような場所に警察の存在が気薄な時点で、二度あることは三度あるといった経験上もあったが、どうにもそうとしか、には考えられなかった。
眉を潜めたまま青年が口を開く。
「・・・これは、」
答えはしかし、聞けなかった。
空気の抜ける音とともに、部屋の自動ドアが開く。思いがけず再び、部屋の扉が開いたのだ。
揃って向けた入り口には、一人の少年が立っていた。再び落ちる間。
「「・・・うあああ!?」」」
確実に館内に響くだろう三名の悲鳴は、再度すぐに閉まった扉により閉ざされ、室内に木霊するのみだった。
碌に確認していないにも拘らず、悲鳴が上がると、引きずられるように驚いて反射的に出される現象である。着ている服こそ違うものの、黒髪の少年が見慣れた少年だとが気付くのは、反響する声が収まり始めた頃であった。

カルデア・パニック




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