DreamMaker2 Sample 死に際に思い出すのは、日溜まりのような笑顔だ。
「・・・・・。」
誰よりも何よりも、その手を、離したくはなかったのに。彼女を手放し、結果的に死に追いやってしまったからこそ王として、意固地なまでに理想郷を追い求めていただろう。
だが、ある少女と出会った。聖杯戦争中といえど、現代という平凡な毎日が、彼女が思い出させてくれた。自分がどうしたいのか。
王である前に、本当の自分は何を求めて、どうしたかったのか。王としての立場に、いつの間にかがらんじがらめになっていた自分が、解き放たれていく。
理想郷は遠く、いくつものを死線を共に乗り越えた円卓の多くは死に、全てが崩れ去ってしまった。築いた屍の上で、アーサーに最後に残ったのものは何もない。最後に残った虚無は、しかし今は暖かった。それも少女のお陰だ。
手放してしまった彼女は、死んでしまった。もう会うこともできない。そも、アーサーもまた、息を引き取ろうとしている。
だが鮮明に覚えているのだ。彼女がどんな声で、どんなに暖かく笑うのかを。
息抜きで抜け出した城下で出会った少女。パン屋で見習いとして働いていた少し変わった彼女といると、酷く居心地が良く、共に草原で食べた修行中の彼女の作ったパンは、とても歪で固かったけれど、何よりも美味しかった。
アグラヴェインが勝手に連れてきた城で、過ごした日々も変わらなかった。変わらず彼女は少し変わっていて、側室として連れてこられたのにもかかわらず、パンを捏ねるのに邪魔だからと宝石は愚かドレスも滅多なことでは着ることなく、召し使いのような格好で城内を歩いてはアグラヴェインに叱られていた。何度言っても聞かない彼女にいつしかアグラヴェインも疲れ果て、しかめっ面で何も言わなくなったが。
ガウェインやトリスタン、ベディヴィエール、・・・ランスロットにも、よく差し入れと称して自作のパンを渡していた。勿論、自分にも。上達していく彼女のパンを誉めれば、何よりも嬉しそうに笑うのだ。
彼女は知能を駆使し、戦略を立てるのが上手いわけではない。武術の心得も当然ない。
ならば話術が上手いのかというと決してそうではなく、特別容姿が秀でてる訳でもなかった。
けれど、彼女の傍は何よりも居心地よかった。

本当に、求めていたもの。
英雄とは名ばかりの、数えきれない程の人々を殺めた自分は、彼女と同じ場所に逝くことは出来ないだろう。
もう二度と、会うことはできない。自分は一人、この丘で果てるのだ。
だがその暖かな記憶だけは、アーサーだけの理想郷だった。


***


夏は終わりを告げ、からりとした空は見事な秋空だ。そよぐ風が心地よく、切り揃われた草木を揺らす。思わず眼をすがめ、咲いたばかりの花々を眺めた。
庭園はさすが王の憩いの場であり、庭師により整えられている。最初は城の奥にあり、小さいながらも立派なこの庭園に立ち入ることは元平民として大いに憚れたが、他でもない王である青年に連れ出され今ではこの白亜の城で、一番にが自然体でいられる場所だ。
荘厳な作りの城は、どこも立派な作りだ。元平民とはいえ、側妃として連れてこられたに宛がわれた部屋も言うまでもない。広々とした部屋は豪華絢爛という訳ではないが、技巧の凝らされた、優美な造りだ。自室を出た回廊でさえ埃ひとつなく綺麗に磨かれている。木でできたこじんまりした一室を借りて暮らしていたにとって、お伽噺のような城暮らしは幼少の頃に憧れこそはするものの、現実になれば落ち着かないことこの上なかった。
その点、確かに庭園は美しく整えられているものの、城下で暮らしているときに度々息抜きで通っていた花畑と似ている。荒れ果ててさえいなければ、自然はどこでも美しいものだ。
時も忘れて、ぼんやりと眺めていたの意識を現実に戻したのは、右手へのぬくもりだった。
「・・・どうしたの?アーサー。」
「あ、いや、その・・・、」
視線を向ければ、いつの間にか側まで来ていたのだろう。先程まで居なかったすぐ横に長身の青年が立っていた。
高く通った鼻筋に、緩やかな弧を描く柳眉。一流の人形師に丁寧に作られたような、美しい相貌に、この日の見事な快晴の空よりも深く、それでいて透き通るような蒼の眼をしている。金色髪が太陽の日を受けてキラキラと煌めいていた。お伽話から出てきたような青年――実際遠い未来では物語にもなっていた人物ではあるが――ブリテンの年若い王、アーサーだ。同時に、彼こそが側妃であるの相手である。
何を勘違いしたのか、この国の重鎮がアーサーの様子から村娘を見初めたと思い、を城へと連れてきたのだ。ひょんな事から出会った、どこか抜けている青年ではあったが、ただの村人だと思っていたは、連れられた城で銀色の鎧に青い外套をしたアーサーに大いに驚いたものだ。とうの王であるアーサーにも知らされていなかったのだろう。の姿に驚き、青い眼を見開いていた。

城内には、一般人であるが想像がつかない程複雑な人間関係、勢力争いがあるようだ。正妃こそいるもの、いまだ血の繋がった子に恵まれない王に、娘を側妃に望む者、同盟国の娘、敵国の姫君、果ては子さえ出来ればと娼婦を送る貴族と切りがないらしい。その貴族たちを黙らせるため、を連れてきた重鎮、王の補佐官に頼まれ、形ばかりであるがは王の側妃に収まることになった。必死な様子の補佐官の威圧感に、何も言い出せなかった事もあるが。
まぁ、形だけであるし。村人だと思っていたアーサーが王であることには驚いたが、彼は街角のパン屋で習いたての頃、誰もが顔を歪めて食べたがらなかったのパンを完食しただけでなく、笑って美味しいと誉めてくれたのだ。1人で国を大きくし、聖剣を手にする王は、万人の兵にも匹敵し、あっという間に辺りを荒野にするという。敵に容赦はない、厳格な王。だがは、アーサーが心優しい青年であることを知っている。その彼を手助け出来るのであれば、吝かではない。
慌てるアーサーを横に、あっさりと頷いたはこうして王の側妃に収まったのである。 アーサーが驚きのあまり、硬直したのは言うまでもなかった。

形だけである二人の関係は清いものだった。公務の合間に、たまに訪れるアーサーとお茶をしたり、以前のようにが作ったパンを二人で食したり、城で窮屈そうにしているをアーサーが城の奥まった場所にある庭園に連れてきてからは、はそこに入り浸るようになり、アーサーが暇を見つけては訪れるようになった。

今回も公務が一段落したのだろう。青い外套こそつけたままだが鎧はなく、軽装の姿だ。
アーサーは聖剣に選ばれただけあり、年若いにも関わらず恐ろしい程武芸に秀でている。そんな彼がいつの間にか横に現れることは、よくあることなのだが、その日のアーサーの様子は少し違った。
握られた手もそうだが、蒼い目はを捉えることなくさ迷っている。遠征に出ることが大いにも関わらず白い肌はほんのりと上気していた。が苦手とするいかつい顔の補佐官だけでなく、どんな相手にたいしても理路整然と話す口調も、どこか弱々しい。
見つめるに、アーサーは未だ視線をあわせようとしない。様子の異なるアーサーの返答を、はしばらく待つ。すると大きく呼吸したかと思うと、意を決したように青年はようやく、に向き直った。
蒼い目が、を真っ直ぐと射ぬく。
「周りに支えられてばかりで、まだ、不甲斐ない王だけれど。」
握られたアーサーの掌は、あちこちに出来た厚い剣蛸で固い。筋ばった手は、の手より一回り以上大きいにも関わらず、緩く握られたままだ。すぐにほどこうと思えば放せるだろう。けれど、はその手を振りほどけそうになかった。僅かに振動する手は、ではない。
小さく震える手とは別に、蒼い眼はどこまでも真っ直ぐに、を見つめた。
「僕は、いつまでも、君を守る騎士でいたい。」
逸らせないほど、痛い眼差しだ。出た答えは、何も考えることなくするりと出た。
「・・・うん。」
それしか、は言えない。
無意識に、緩んだ頬に何故か伝ったのは涙だった。
「ありがとう、アーサー。」
大分落ち着いたとはいえ、平和な国とは程遠い戦乱の多いに土地に、不安に思わない日はない。
それでも泣いて笑える程、も、目尻に浮かんだ涙をよそに破顔した年若い青年王も、幸せだった。




全て遠き理想郷




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