DreamMaker2 Sample 遥か昔、まだ人と妖精が暮らしていた頃。神秘が残るイングランドでは、一人の青年の王が、国を納めていた。
初めは小さな村だ。平民であった少年は、一人の魔術師に導かれ、剣をとる。苦しむ人々を救う小さな旅は、少年を青年へと成長させ、付き従った人々は数えきれず、やがて国を起こす事になった。
仲間は多く、中でも腹心の部下たちは、円卓の騎士と名付けられ、国を代表する騎士となる。その円卓の騎士とは別に一人。規格外の仲間が彼にはいた。
銀色の髪は艶やかに、日の光を浴びればより輝き、夜がふければ闇夜に流れる銀河のごとく人々を見惚れさせる。白磁のような肌に、通った鼻梁、弧をかいた唇は薄く、恐ろしく整った容姿だ。ゆったりとした白いローブを羽織り、かの人物の前は、性別すら不確かに見えた。それも当然で、彼女は人を魅力する夢魔と人間の混血児だった。
惑わされた人々は数知れず。しかし彼女はあくまでも、特定の者に固執することない。何故なら人ではない彼女は人間の世界は好むが、個人個人になってしまえば正直なことろ、彼女にとって可憐な草花の方が好まれた。この感覚は、人よりも妖精、夢魔の血が色濃いものだ。だからこそ、彼女は人々に理解されない。花を愛す麗人を、人々はやがて、花の魔術師と呼んだ。

そんな彼女がなぜ、都に建てられた城の中枢にいるのか。それは他ならない彼女が、この国の王、アーサーを導いた魔術師であったからだ。王へと導いた者の行く末を見届けるべく、彼の者はこの地にとどまっている。
しかし、いくら急激に辺りを脅かす程の巨大な力をつけたとしても、ブリテンは発展途上の国だ。だがだからといって、魔術師にまで仕事を押し付けてくるなど、とんてもない者もいたものである。ご丁寧に、出れないように細工した魔力遮断の鍵で部屋へ押し込めてまでだ。
中央に置かれたテーブルの上の書類を前に、マーリンはため息を吐いた。人より長く生きているが、魔術師に書類を押し付けてきたものなど、彼以外いない。さすが、暇なものはなんでも使え精神の鉄の補佐官と言われるだけはあった。
暇そうに回廊を歩いていた彼女に、確かにその理由もあった。しかし、般若の形相であった補佐官の行動の理由は、それだけではない。人と夢魔の混血である、彼女の厄介な体質がもっともな原因だった。人を誑かし、周りに迷惑をかけることなく上手くいっていればいいものの、執着しない彼女の性質から必ず、もめ事が生まれていた。そうした厄介ことを、全て押し付けてくる彼女に堪忍袋の緒を切らしたからである。
ただでさえ、建国したばかりのブリテンには多くの仕事がある。寝る間も惜しいくらいで、ここ数日彼は睡眠をとれていなかった。そこへマーリンの下らない雑務である。徹夜続きで神経も鋭くなっており、ぶち切れた彼が多少強引であっても厄介ごとの元凶を閉じ込めても罰は当たらないだろう。ついでマーリンのせいで滞った書類を押し付けてもお釣りがくる。
艶やかな髪をした彼女は、白紙の書類を前に頬杖をつく。全くやる気のない彼女である。暇ゆえに足をぶらつかせ、ここは昼寝でもするかと思った時だ。彼女の耳が、微かな足音拾う。慣れ親しんだ者の気配に、束を落ちるほどの長い白銀の睫毛をあげる。
外へ出れないよう魔力遮断された鍵で閉められているが、それは魔力を持ったもののみが対象とされていた。つまり、魔力を待たない者には反応しないのだ。すんなりと、扉を開けて入って来た者にマーリンは頬を綻ばせた。

黒髪に象牙色の肌の少女は、この地では珍しい容姿だ。それどころか、この世界の者ですらない。
迷い子であり、王の側妃として宰相に連れてこられた少女であり、個人に執着することのない魔術師の―――唯一の親友だった。
欲望と愛憎が渦巻くこの時代で、恐ろしく純粋な目だ。王であるアーサーと、似て非なる目。王は信念を元に、周りに躊躇することはない。だが彼女のそれは、すべてを受け入れ、すべてを映す返す。本当に、平和な世界で過ごしていたのだろう。
人と魔の混血である彼女は、人としての感情を持たない。それでも、彼女の全てを映し返す目は時に、恐ろしく感じた。だがそれ以上に、その美しい目が彼女は好きだった。
辺りを見回した黒い目がこちらを映す。マーリンは、微笑みを浮かべた。
「おや、アーサーかい?彼なら今ここではなくて・・・。」
迷い子である彼女は、城下の町で一般市民として暮らしていた。しかし、ある日お忍びで出かけたアーサーと出会い、彼の様子から勘が働いた補佐官が、側妃として連れてきたのである。なにしろ、王にはまだ血の通った子がいない。世継ぎがいない事は、国として大問題であった。政治的な繋がりとはいえ、正妃とも義務のような付き合いしかしない王に、焦りを感じる者は多かった。性に乱れず、安定した治世は良い。それにしても、王は青年といった年頃にかかわらず、生真面目すぎていた。平和な国へ築く事へと一心を注ぎ、異性には目をくれることもない。だが、それでは困るのだ。
もはや誰でもよい。そんな折に、彼に変化が生まれた。ブリテンのことしか考えてなかった男が、違う事に思考をとられ、あまつ周りに悟れるほどに露わにした。あの国と結婚したような朴念仁が、である。
補佐官が飛びつくのも無理はなく、たとえ迷い子故に素性がわからなくても構わなかった。
たとえ王の為であっても、無理やり連れてきた補佐官に、最初は非難していたアーサーも、本音では離しがたいのだろう。煩くなってきた貴族を黙らせる形だけ、という補佐官に渋々了承してしまえば、今では彼女を城下に戻す話すらしない。暇を見つけては彼女に会いに行き、周囲が呆れる程柔らかな表情で過ごしている。
彼女も彼女で、余程平和な国にで暮らしていたらしい。能天気に形だけという腹黒補佐官の言葉を鵜呑みにして、自由に過ごし城下で学んだパンを作っては、庭園で王のアーサーと共に食していた。
仲の良い王と側妃である。そんな彼女が、咲いたばかりなのだろう、桃色の千日紅を手にしていたので、マーリンは戦もなく、同じように城の一室で書類に向き合っている王の居場所を口にする。しかし彼女はマーリンの言葉を気にせず、一直線にこちらへと向かってきた。笑みを浮かべると、桃色の花を彼女の前へと突き出す。
「はい!」
「・・・私に?」
突き出された花を前に、目を瞬かせる。彼女は気にすることなく桃色の花を銀色の髪へと差し込むと、満足げに頷いた。
「うん!マーリンにはやっぱり、花が似合うね!」
数回、目を瞬かせて彼女を見る。差し込まれたそれに手を当てると、柔らかな花弁が触れた。
仲の良い王と側妃。世継ぎが望まれる国の誰もが応援する夫妻で、明言はしていないが、王も彼女を想っていることは明白であった。少女の気持ちはまだ定かではないものの、直向きな彼では、時間の問題だろう。
それを魔術師は見つめる。傍観者として、今まで同様人の営みを見守る。―――たとえそこに、湖に投げられたように、今までに感じたことのない、揺れるものがあったとしても。
胸に広がる暖かさを、夢魔である魔術師は知らない。退屈な書類を前に沈んでいた起伏は、驚く程浮き上がっていた。
「有り難う。なら、これはお返しだ。」
鼻歌を歌いだしそうなほど、陽気に彼女は杖を顕現させた。あくまで部屋の外には出れないだけであって、部屋の中では魔術は使える。軽やかに魔術師が一振りすると、あっという間に部屋の様子が様変わりした。
青に赤、桃色に黄色、白。多彩な花が部屋中に咲き誇る。足場すらも見えなくなるような花の山だ。辺りは咽かえるような花の香に包まれていた。花弁の舞う視界に、少女は驚きに目を見張ったが、圧倒するような幻想的な景色に目を輝かせる。だが、ある事に思い当たると我に返り、慌てたようにマーリンを諫めた。
「マーリン、やりすぎでしょ・・・!また、アグラヴェインに怒られるよ・・・!」
「だーいじょーぶ。いつも眉間にシワばかり寄せている彼も、この花々を見れば少しは癒されて、眉間の山も、凪いだ平原へと変わるだろうさ!」
彼女は軽くそう言うと、まだ残っていた書類を手に取り、指を振るう。「感激して、こんな紙切れもなくしてくれるはずさ。だから、これはいらないよね!」
途端、手にあった書類を全て可憐な花へと変えてしまった。悪びれもない彼女の様子に、少女は呆れる。
「また書類なくして・・・。私は知らないからね!」
「うん、君なら黙っていてくれるだろう?なにせ、また何か作っていたんだろう??」
今度は少女が肩を揺らす番だった。
少女が指刺された先をみれば、衣服の裾に白い粉がついている。さすがマーリン。目ざとい。慌ててはたいて落とすと、少女は頬をかく。
「こればっかりは習慣と言うか、やってないと落ち着かないんだよね・・・。」
側妃がやることではないと散々アグラヴェインに見つかっては雷を落とされてはいるが、それでも城下で過ごした日々を忘れられず、繰り返してしまう。
ごまかすようににへらと笑うと、彼女は開き直って言う。やめられないならば仕方がない。この辺り、気まぐれなマーリンと、マイペースな彼女の気が合う所以であった。
「今回はとびきり、上手く出来たから、夕食、楽しみにしていて!!」
最初は歪であった彼女のパンは、日に日に上達していっている。それも、どんなに固くても、いつも全て平らげる練習台である彼のお陰だろう。彼よりも出会いが浅いマーリンは、食べられるようになった少し歪な形の彼女のパンしか知らない。
いつだって、真っ先に彼に手渡されるもの。―――きっと彼らの関係には、そこで既に答えが出されていた。
湧き上がるものを、魔術師は知らない。だからマーリンはそれに蓋をした。そうして純粋に彼女のパンが食べれる喜びに目を細める。「ああ。」
そこでふと、花々に囲まれた少女を見て、魔術師は思い出す。
「遥か彼方、アヴァロンには地平線の彼方まで可憐な花が咲き誇っているんだ。それこそ、季節関係なくね。」
「へぇ!いいな。素敵じゃない。いつか、ピクニックでもしたいな。」
全て遠き理想郷。妖精の住まう、かつて夢魔と人の混血であるマーリンが住んでいた場所でもある。
人の身では、決して辿り着くことのできない場所だ。それでも少女が想像し、目を輝かせた様子にマーリンは思いついたように口にした。
「そうだ!遠いけど。いつか、君に見せよう。」
「本当!?」
マーリンは稀有の魔術師である。魔術でどうにかすれば、アヴァロンに連れていく事など造作もないだろう。人々が憧れ、目指す理想郷でピクニックなど、住まう妖精には呆れた視線でもくらいそうだが、構いはしない。
マーリンの言葉に、途端、少女が喜色に顔を綻ばせる。
「約束だよ!」
差し出された小指に、マーリンも指を絡ませる。
「ああ、約束だ。」
微笑んでそう言えば、彼女も笑う。
何の変哲もない平和な日々の、二人の小さな約束だった。


全て遠き理想郷



「僕が男なら、君は見てくれたのかな。」
肩からゆるりと流れる白髪の髪は長く、艶やかだ。紫暗色の瞳を細め、腕の中の少女を見下ろした。両腕で大事そうに抱えられた少女は、持てる治療魔術を使ってようやくか細い息をしていた。周囲にはむせ変えるほどの花畑が広がっているにも関わらず、辺りにはまだ焦げ付いた臭いが漂っていた。
マーリンは一番の親友だよ!いつかそう言って笑った彼女は、瞼を伏せたまま動かない。
考えても、詮方ないことだった。彼女の体はもう持たない。いくら奇跡を起こす魔法使いと呼ばれる魔術師といえども、既に手遅れだったのだ。全力で負傷した体を再生させても、持ってあと数分。
彼女のこの体は持たない。ならば、彼女を生かすためにはもう1つの手段しか残されていなかった。
「・・・あっちの僕が、羨ましいなあ。」
魔術師は一人呟く。
あと数分で、魔術師は彼女に二度と会うことが出来なくなる。それが彼女を生かす、最後の手段だからだ。
だが、魔術師は稀有な魔術師だからこそ知っているのだ。あちらには自分と同じで、異なるものがいることを。存在するだけでなく、加えてあちらは自分と異なるからこそ彼女の論理という壁を取り払い、彼女と出会えるのだ。 こちらではついぞ取り払えなかった壁はなく、また最大の障害であった彼の王もいない。
これ程悔やまれることはないだろう。妬んでも妬みきれない。同じ存在であれば、それは一押しだ。
彼女と瓜二つの人形はもう作り終えている。あとは、彼女の魂を移動させるだけ。
刻一刻と迫る彼女の命を考えれば、すぐにでも移した方が良い。けれど魔術師は、なかなか魔法を使えないでいた。 腕の中の少女の頬を撫でる。
再生させた彼女の今の体は傷ひとつなく、今にも瞼を開きそうなのに、もうこの世界では動くことはない。その黒く輝く目で、マーリンを見上げることはないのだ。
魔法だと嬉しそうにいつも見せる魔術に目を輝かしていたのに。これからマーリンの長い生の中でも始めてである特大の魔法を使うと知れば、彼女はさぞ悔しがるだろう。「馬鹿マーリン!なんで起こしてくれなかったの!?」そう言ってしばらくは拗ねて口すら聞いてくれなくなるはずだ。
だから何度も起こそうとするのに。彼女は一向に目を覚まさなかった。
ならば、とマーリンはそっと上半身を屈めた。影になるほどの瞼を伏せて、マーリンは少女の額へと口付ける。お姫様は、王子様の口付けで目を覚ますものだ。彼女が起きれば怒るだろうから、大いに譲歩して額への可愛らしい口付けである。
けれど、やはり眠り姫は起きなかった。

ぽたりと空から落ちた滴は、桃色の花弁へと落ちた。


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