DreamMaker2 Sample 赤、黄色、橙と色が移り変わるごとに、見上げる人々の頬を照らす。
打ち上げられる花火は、闇夜に途切れることなく大輪の花を咲かせる。それまで賑やかだった屋台の灯は、花火が打ち上げられる時間になると全てが消され、夜空にうち上がる花火をより一層際立たせた。
空気が破裂する音が断続的に辺りに轟き、待ち望んだ目玉の花火に、誰もが足を止め、一心に闇夜を見上げる中、人々の間を縫うように駆ける少女がいた。少女は打ち上げられる花火に目もくれず、肩で息をしながらも足を止める気配はない。
深い色合いをした藍色の地に、キク科のルドベギアが華美すぎず地味すぎず散らばった浴衣は見事なものであった。しかしその折角の浴衣も、前日の雨でぬかるんだ泥が跳ね、あちこちに汚れがついていた。走ることにより、着崩れや裾が捲れるのも少女は気にしない。
華やかな装いの悲惨な様子に、幸いにも周りは花火に夢中で、気づくことはなかった。
宙に咲く花火の音も、少女――にはどこか遠くに感じる。それよりも、心臓が暴れ狂い、耳元で音がするようだった。両手で抱えるものに、神経が集中する。
ごくり、と何度目か分からない生唾を飲み込む。は手に握る、その場一体を焦土と化せる小さな爆弾を落とさないようしっかりと抱えなおした。


ことの始まりはポアロである。
その日の営業は終わり、店じまいを行っている時だ。と同じアルバイトであり、指導役である安室が、唐突に言ったのだ。
さん、知っていますか?週末に、近くの河原で花火大会があるそうですよ。」
テーブルを拭いていたは思わず手を止めた。安室は床を掃く手を止めず、にこやかな笑みでを見ている。
は突然の話題に目を瞬かせた後、テーブルを拭きを再開し、ぽつりと反芻した。「花火大会ねぇ・・・」
夏の風物詩、花火大会。転生して以来、金銭的余裕もなく、久しくは行った記憶はなかった。行ったのはいつだったか―――と考え、転生前にある子供たちと行ったことを思いだした。 あの頃もお金はなかったが、子供達がどうしても行きたいと駄々を捏ねたのだ。知り合いの子供達は喧しくも天使のような容貌であったから、花火に夢中になる姿はとても可愛らしかったのをは今でも覚えていた。
そんな子供たちに笑みが零れてしまう中、そういえば、一人だけ、夢中ではない子もいた。言動は乱暴で、男の子よりもかなり活発であったが、金髪に、青色の目をした天使のような少女だ。
子供達を見てにやけるを振り返ると、しばらくをじっと見つめていた。その後、あの子は何かを言った。 生憎と花火の音で聞こえなかったが、いつもならばに懐いて常に隣にいたがる少女は、その日の帰り道は離れ、何故か余所余所しかった。それが気になり、何かあったのか、そういえば、花火を見ている時、何を言ったのかと尋ねれば、きょとん、とした後、顔をトマトのように赤くし、烈火のごとく怒られたが。
結局、あの時少女が何を言ったのかは、分からず仕舞いであった。随分と意を決した顔をしていたが、一体何を言おうとしていたのか。
「花火大会、一緒に行きませんか?」
懐かしい記憶を回顧していたは、そこで意識を引き戻される。安室を見れば、穏やかな表情を浮かべていた。輝かしいイケメンである。反射的には答えていた。
「え、結構です。」
考える間もなく即答であった。安室と花火大会など行こうものなら、炎上まったなしである。
「そういうの、彼女さんと行った方が良いですよ??」
バイトの指導役として、は彼に世話になっている。の料理の腕が潰滅的であることとから、いつの間にか弁当やら料理の作り置きを渡されることもしょっちゅうだ。
だが、それだけであり、は安室と出かけるほど仲を深めた記憶もないのだ。簡潔に、餌付けし、餌付けされる関係であった。それもどうかと思うが。 花火大会など、学生を過ぎれば、パリピ以外で向かうのはカップルか親子がほとんどだ。そんな誤解してくださいといわんばかり行動を、とれるはずもない。
しかしの返答に、安室を笑みを崩さない。それどころか、輝き度の増した笑みを浮かべた。
「浴衣姿、楽しみにしてますね!」
うん?何言ってんのコイツ??
断ったはずだというのに、まるで行く前提でそう言いだした彼にの表情が固まる。そこへ思わぬ追い打ちがやってきた。「さん、浴衣着るんですか!?」
同じくポアロのアルバイトであり、事務所の金庫に売上を終い、戻ってきたばかりの梓である。おっと、これはいけない流れだ。
梓は興奮気味に掌を合わせると、に言う。
「良いですね〜浴衣デート!是非写メ送ってくださいね!!」
期待を込められた梓の視線に、は内心冷や汗を流す。この流れはとてもまずい。ここで誘いを断るつもりだといえば、梓は確実に自分の失言に眉尻を下げるだろう。
そこへ梓の良心を煽る形で安室が何かしら言い初め、梓を味方につけそうな未来が何故かの脳裏に鮮明に浮かんだ。上手く切り返せるものは、とたじろいだは、そこで閃いた。
「そもそも、私、浴衣持っていませんし・・・」
あ、残念、これは行けない。行きたかったんだけど、仕方ないよねー!本当、残念!!すごく、残念だけど、仕方ないよねー!!
上手い切り返しに、表情は残念そうな顔をつくりつつも、内心はにやけるである。計画通り。
しかし新世界の神に、ごときがなれるはずもなかった。
「なら、僕に贈らせてください。探偵業で報酬を頂いてばかりでしてね。」
にこやかな笑みを浮かべる新世界の神ばりに分厚い面をした男、安室は、そこで眉尻を下げ、気恥ずかしげにを見た。
「・・・それに折角の機会ですから、さんの浴衣姿、見たいな。」
いやそこまでさせる訳には、と断ろうとしたであったが、いつもすました顔を浮かべる安室の照れた様子に、梓が興奮気味に声を上げる。
「キャー素敵!!さすが安室さん!」
「そんな、これは僕の我が儘ですよ。さんの浴衣姿、きっと似合いますから。」
何が恐ろしいかって、興奮する梓に対して白々しく照れたように頬をかく男、安室には全身鳥肌が立つのが止められなかった。思ってもないことを堂々と言う男である。つい数時間前ののミスに対して、笑顔で人の顔をわし掴んできた男とは思えない変わりっぷりだ。
嫌がらせか?日頃ののミスに対する嫌がらせなのか??ハッ!まさかこの男、自分では監視しきれないからといって、業と親しげな様子をJK達に見せ、視線を向けることで、自分のいない日もJK達に監視でもさせるつもりなのではないか・・・?残念だったな安室!その程度でこの私のミスを減らせると思うなよむしろ緊張で増えるわ!!
思いもしない展開に、内心パニックになった挙句疑心暗鬼に走るは、安室と梓が意気わいわいと花火大会の話を進めていることに気付くのが大分遅れてしまうのだった。
「きっと似合うと思いますよ!さん、写メ、絶対送って下さいね!!あと、お話も聞かせてくださいよ!」
気が付けば両手を握りしめられ、梓に念を押される。時すでに遅く事態に気付いたは、話の流れで後に引くに引けない状況であった。
ノーと言える日本人なりたいと常々思うであるが、残念ながら彼女は典型的な日本人体質であった。流されやすいともいう。あまりにちょろく、扱いやすい彼女は焦りから彷徨わせた視線の先で、安室がにこにこと微笑む姿を映す。
この流れを確実に故意に作っただろう男の、そうとは思えない穏やかな笑みだ。は思わず乾いた笑みを浮べるしかなかった。
こうしては花火大会に行くことになったのである。

さすがにそれは、と最後まで渋るが、あれよあれよと流され浴衣まで用意され渡されたは当日、慣れない下駄を履いて、肌触りや華美過ぎず、しかし地味すぎない洗練されたデザインから上等だと思える浴衣に、おっかなびっくりと慎重な動きで待ち合わせ場所に向かった。
浴衣まで渡されてしまえば、体調不良を装い、バックレることなどできない。律儀にも5分前には祭りが行われる、屋台が出揃う会場の入り口で安室を待つことになる。几帳面な安室には珍しく先に来ていないようだ。なんとなしに視線が賑やかな屋台へと向く。すると屋台の合間を、見覚えのある黒髪を短く切りそろえた男が、すらりとした手足をした、綺麗な女性と連れたって歩いていた。
どこかで見たことがある男に内心首を捻るは、ややあって思い出す。数年前のことだ。まだ学生であったは、切羽詰まった懐具合から、普段は治安の悪さから避けていた夜勤明けバイトの帰りにぶつかった男性である。見た目は厳つく、ぶつかった当初は思わず眠気眼も覚めたが、男性が懐から落とした手帳がドラマでしか見たことのない警察手帳だった為、記憶に残っていたのだ。なるほど、と思わず厳つい容姿に納得したものだ。仲の良さそうな二人であるが、恋人同士だろうか。美人の外人さんである。片手に持つ真っ赤なりんご飴がより女子力を高く見せた。
と、そこでは己の携帯の時間を見る。安室との待ち合わせまであと5分。まだ時間はあった。

がじりがじりと林檎飴をかじりながら、は携帯に内蔵された時間を見る。待ち合わせ時間は既に過ぎていたが、安室は来ない。
小姑のような男だというのに、珍しい。内心驚き、携帯を巾着に戻そうとしたまさにその時、携帯の着信音が響いた。この音はメールだ。
届いたメールは、やはり安室からであった。メールには突然の急用で、来れなくなった旨と、謝罪が書かれていた。りんご飴片手には思う。
潜入捜査官の彼は、やはり多忙なのだろう。大変そうだなぁ。は携帯を操作すると、気にしていないと返信を返した。送信を終えた所で、ふむ、とは思う。先程から屋台から漂う香りが気になってしかたがない。取り合えず焼きそばでも食べるか。は今度こそ携帯を仕舞うと、林檎飴片手に、祭りを満喫するべく足取りも軽く歩き出した。

出来立ての焼きそばの袋を引っ提げ、ゆっくりと食べれそうな、静かな場所をは探す。
屋台付近のベンチは人が多い。下駄を鳴らし、人を避けて歩けば、人通りのない近場の広場まで出た。屋台から離れたこともあり、周囲は暗がりに包まれている。
無人のブランコを見つけたは、そこへと向かう。しかし近くまで来れば周囲が暗いため気づかなかったが、イスには上に小さな小包が置いてあった。忘れ物だろうか?は小包を拾いあげる。すると触れた瞬間、茶色の小包が開けた、無機質な黒い画面にデジタル数字が浮かび上がった。その数字は8。
安直に時計か?と辺りをつけたであったが、その考えはすぐに崩される事になる。慌ただしい駆け足がこちらに向かってくる。
視線を向ければ広場の入り口に、黒縁眼鏡をかけた少年、我らが主人公のコナンがいた。焦った様子の彼は、は見止めると、その手に抱えたものを見て驚愕に目を見開く。
おっと嫌な予感再び。
「松田さん達が解体してるやつがもう一個・・・!?」
松田とは誰だ、解体って何ごと、どうあっても不穏な気配には背筋が冷えていくのを感じた。
数字が表記された、小包が問題であろう。慌てて元の場所に戻すべく手を離せば、数字が動き始める。数字は7、6、と秒刻みで減っていく。あ、これ駄目なやつ。
「手を放したら駄目だ!」
察したが抱え直すのと、コナンが叫んだのはほぼ同時であった。
は呆然としながら、駆け寄ってきた、の腰までの背もない小さな少年であり、死神でありながら優秀な探偵であるコナンを藁にもすがる気持ちで見る。
「ど、どうすれば良いカナ・・・?」
考えたくない、考えたくないがこれはどうやっても、米花町では割とよくある爆弾なるものでは・・・?よくあるってなんだ、あって溜まるかチキショウ。だから米花町は嫌なんだ、今度こそ金貯めたらひっこそ・・・。と幾度となく過る思考には目を遠くした。
深刻な表情をした少年、コナン曰く、が手に抱くの案の定、爆弾であった。
それも数年前に世を騒がせた連続爆弾犯による事件だという。聞いていけば聞き覚えのある事件で、なんの因果か、過去2回、が関わったことのある事件の犯人だということに気付く。
1度目は当時その場にいた現場の爆発処理の警察官に、2度目は数奇な関係から、偶々共にいた同伴者に助けを要請し、解体してもらったのだが。あまりの己の運のなさにはその場に膝をつきたくなった。
クソッ!と少年が悪態をつく。
「リミットまであと5分もない・・・!弾丸も貫通しない。どれかを解除したら、作動する・・・。」
が抱く爆弾は一つではない。他に2つあったのだ。それらは既に、現場の爆発処理班が担当している。松田というのは、そのうちの処理を行っている一人だ。
担当している刑事は過去、事件に携わったことのある者だという。実績もありそちらは任せておけば問題がなかった、はずだった。
しかし偶々居合わせ、事件に関わることになったコナンは、違和感に気付いたのだ。過去2度も失敗した狡猾な犯人が、同じ手段を用しただけで終わるだろうか・・・?
現場に残された僅かなヒントを元に、コナンはこの場へと来た。そこで彼が感じた違和感は、現実へと変わる。
同時切除を必要とした爆弾は、5分という爆発までのリミットがあった。加えて、爆弾には元々内臓されたリミット以外に、誰かが触れれば動き出す時間制限があった。熱源に反応するそれは、手を離せば再び動き出す。時間は僅か、8秒。が先ほど手を離したことから残り5秒だ。仮に5秒がすぎれば、爆弾は同時爆発する。
誰かがかならず、触れてなければならないこの爆弾は、他の場所での爆破は困難である。切除を同時に行わなければ連動し爆発し、内臓されたタイムリミットは5分。短時間な上、とても高度な同時切除であるが、それを可能とする爆発処理班は、他2件を担当する警察官のみだった。
コナンから説明された手詰まりな現状に、汗という汗が噴き出るのをは感じた。は爆弾から手を放すことはできない。仮にできたとして、それは解除し終えた時か、誰かに託して逃げるかだ。しかし残り5分で、3台同時切除を可能とするものはその場どころか、日本の警察官には存在しないという。は軽い小包が、急に重くなるのを感じた。
残り5分。押し黙ったコナンは必至に考えを巡らせているが、その口は開かない。
は1度目の爆破事件にかかわった時、爆弾を解体し、命を助けられた刑事を知っている。過去携わったものが担当しているというのだから、彼は今、もう1つの爆弾の対峙しているのだろう。
新たに砂利を踏む音がした。背筋に冷や汗を流しながら、視線を向ければ見慣れた男だ息を切らして立っていた。
男のブロンドの髪は、後方の屋台の明かりを受けて輝いて見えた。途端、それまで極度の緊張から意識から離されていた祭りの賑やかな音が、耳に入ってくる。
は小包みを再度抱え直すと―――その場から駆け出した。
視界の隅で、コナンと金髪の男、安室が目を見開くのが見える。慣れない浴衣が肌蹴ようとも、は駆けだした足を緩めなかった。
推理明快なコナンすら手詰まりの現状。それに、がその場にいては、確実に回りを巻き込み―――手を放してしまえば、命を助けられた刑事も死んでしまうのだ。
広場こそ人はいないが、祭りに集まった人は多い。どこへいこうとも人を巻き込んでしまうだろう。ならば向かう先は人ごみの先―――河原だ。
正直な所、今すぐに誰かに託したいという気持ちは強い。
押し付けて逃げてしまいたいと思う。しかしその度、祭りに来た人々の賑やかな声がの耳に入った。
「お母さん!あれが食べたい!!」
「一個だけよ?」
「これ、すごく美味しい!」
「ははっ!下手くそだな!」
「もう!酷いよ!!じゃあやってみてよ!」
暖かな声に背中を押される。耳に入る会話に、足を止めるわけにはいかないと思うのだ。
あの中に混ざって、談笑していたのは過去の学生の自分であり、わんぱくな子供達に手を焼いていた自分でもある。暖かな記憶が置き換えられるように重なる。脳裏には前世の友人の笑顔が浮かんだ。ついで買い与えた食べ物を取り合う子供達に、人混みであろうと自分の手を一生懸命に握り、離さない子供。
―――これが走馬燈、というものか。
その時、祭りの喧騒から聞きなれた声が飛ぶ。
「――止まれ!!!」
後方から聞こえてきた声に、の意識が戻される。思わず振り返れば、祭りで混雑した人を避けながら、追いかけてくる者がいた。人でごった返した道を、掻き分ける男の目は恐ろしく鋭い。色鮮やかな祭りの中でも、ひと際輝くハニーブラウンの髪。「な!?」思わず口から驚愕の声が出る。
「な、なんで!来るんですか!!」
常にアポロで浮かべている、柔和な表情の欠片すらない。追いかけてくる男、安室には非難する。
―――なんの為に、離れたと思っているのだ!!
苛立ちを隠せない彼女に、しかし安室は鋭い目つきを更に厳しくさせた。
奥歯を噛み締めた歯ぎしりさえ聞こえてきそうなほどだ。
「煩い!早く、それを渡せ!!」
「来ないで下さい!!」
しかしとて、はいそうですかと、足を止めるわけにはいかなかった。
爆弾が爆発するまで、数分しかない。その間に被害が及ばない、遠くまでいかなければならない。
死が怖くないはずがない。けれども誰も解除できないならば、仕方がないじゃないか。
解除もできない。手放すことも出来ず、誰かに受け渡すしかない。では誰に?見知らぬ人は論外だ。コナンは幾つも難事件を解決しているがまだ本来の姿ですら、未成年の子供で、それだけではなく、安室は警察官だった。真っ先に自身が請け負おうとするだろう。
解除が出来ない爆弾を、彼がどうするかと考え―――そこでは嫌だと思ったのだ。
天秤で比べて、傾いたのは、常にネチネチと腹立たしいし、握力はゴリラだし、そもそも、が仕事を失った原因でもある禄でもない男だ。それでも、小言を言いながら料理の作り置きを渡してくるだけではなく、家に押しかけ作り出したり、人が食べてる姿を何故か嬉しそうに眺める――ポアロのアルバイターだった。
はスピードを緩めることなく、人ごみを走る。
現役警察官である安室の方が、足は断然に早い。しかしその場は人が多く、身動きが取りづらかった。男性である安室よりも、女性であるの方が体格が小さい為、已然と距離は開いたままだ。
逃げ走るの背を追いながら、安室は片耳のイヤホンではなく、懐から一台の携帯を取り出した。足を緩めることなく、が視野にいるのを確認しながら、横目で見知ったダイアルにかける。
思いついた作戦は、偶然によるものだ。
時間も人手も足りない。足りない人手で、上手く進めるためには相当な手腕をもった刑事が必要だ。しかし、その時の安室を含む公安は、コナンの懸念から全員が違う方面で爆弾を虱潰しに辺っており、この場にいるのも安室と、数名の部下だけだった。その人数だけでは、対処しきれない。
本来ならば、かけるべきではない相手だ。それでも、事態を収集する為に、――何よりも、彼女を死なせるわけにはいかない。
安室に躊躇はなかった。コナンを追いかけながら、会場で見かけた休暇なのだろう男に、ダイアルにつなげる。
正直、相手に繋がるかも定かではなかった。無機質に響く回線に祈る気持ちでかけ続ける。そしてそれは―――運よくも5コールもせず反応を返す。「も、」繋がった途端、相手が切り出すよりも早く、安室は口火を切った。
「伊達!爆発物を見つけた!今からお前がいる南側、川原から歩道橋一帯、民間人を避難させろ!」
電話の相手は安室―――降谷の警察学校の同期であり、刑事課に所属している伊達である。電話口で、男が息を呑む気配がした。
「おま、ゼロか!?あれだけこっちが連絡しても返信寄越さなかったくせに、連絡が来たと思ったらいきなりなんだよ!?」
伊達は同期であり、友人ではあったが、警察学校を卒業し、それぞれが所属した後から、降谷とは何年も連絡が取れなくなっていた。気にかけて過去メールを何度と送ったが、返信が返ってくることはこの数年、ついぞなかった。しかし、突然の今回の電話である。
伊達の戸惑った反応に、しかし降谷は吠える。
「いいから、やれ!!!!」
警察学校時代から模範となるような優等生である降谷は、しかしその実、中身はかなりの横暴であった。
面だけは厚かったため、周りは騙されていたが、友人である伊達などはその暴君具合をよく理解し、同期と悪乗りしそうになる彼らを諫めていたものだ。故に、彼のこの言動も慣れたものである。
「お前、変わってねぇな・・・!」
詳しい説明もなく、降谷の高圧的な言動に、伊達は僅かに呆れた声を出す。しかしそれも一瞬で、小さくため息を吐くと伊達は答えた。
「仕方ねぇ・・・!代わりにあとで、連絡寄越せよ!!」
挨拶もなく、突然の無理難題に、伊達は呆れながらも―――しかし了承を返していた。
連絡こそ取れなくはなったが、同じ警察に属していること分かっていた。その上で所在不明になるというのならば彼の所属によるものだろうことは容易く想像できる。
降谷は横暴ではあるが、やたらと正義感が強い男であることを伊達は知っている。そして異様なほど国を守ることに固執していた。その男が、所属のタブーを破ってまで連絡してきたのならば余程のことなのだろう。
了承を返した後、すぐに切れた携帯を懐にしまう。隣に立つ外人の妻が、窺うようにこちらを見ていた。
彼女には申し訳ない。これが終わったら明日必ず有休をとって美味しいレストランに連れて行こう。伊達は携帯の代わりに、常に携帯する警察手帳を手に取った。

会場で見かけた同期であり、所轄の伊達に避難指示を出した降谷は、そのまま片耳につけたインカムから、現場の担当刑事に繋げるよう部下に指示を出す。
ザーザーとした砂嵐が響く。相手の警察官2名は、現場で対処している警察官の為、こちらはすぐに繋がった。繋がるや否や、降谷はすぐに指示を飛ばす。
「荻原、松田!21時13分00秒(フタマルイチサンマルマル)に爆弾を同時切除しろ!!」
「「・・・はぁ!?」」
突然の無線から聞こえた声に、現場で担当していた爆発処理班の刑事は揃って素っ頓狂な声を出した。
事件に携わる萩原と松田もまた、降谷の同期である。
連絡が取れなくなったかと思えば、現場への突然の指示に、彼らは混乱する。しかし我に返ると、緊迫した現状であるにもかかわらず、数年単位で消息不明であった男に思わず文句が出た。
「降谷ぁ!テメェ今まで何してやがった!!」
「俺たちがどれだけ心配したと思ってんだ!!」
しかしその反応に返答はない。
用はないとばかりに、返ってくるのは無機質な砂嵐のみだった。
ひくり、と米神に青筋が浮かび、頬が引き攣る。
「「(あいつ、やっぱり変わらねぇ・・・)」」
横暴さも、無茶ぶりも相変わらずである。懐かしく思いたくなった横暴具合に、憤りを抱きながらため息を吐く。
しかし今は私情に振り回されている場合ではない。
気合を入れ直すように腕まくりをする二人の表情は、しかし、何処か明るく、憑き物が落ちたような表情を浮かべていた。

「景光!俺が投げたら、秒差なしで打て!」
次いで、一方的な指示でインカムを切り、次の指示を出した降谷に、彼の指示を出された部下であり、同期の幼馴染、景光はため息が出た。「あー・・・やっぱり・・・。」その頬は引き攣っている。
「ったく!無茶言いやがる・・・!」
同期の景光は降谷と同じ公安であった。彼は部下ではあるが、その狙撃の能力は高い。現状降谷が知る日本で一番の狙撃手であろう。頭こそ降谷より回転が速くはないが、その能力を高く買われ彼は公安に所属している。
景光の獲物は223レミントン。223レミントンは995m/sの弾丸を放つ。つまり5秒あれば4975mは飛ぶのだ。たとえ5秒は難しくも、3秒はある。それだけの距離を稼げれば十分だった。
降谷の作戦を、理解したのだろう景光は、他の同期と比べれば抗議の声も少なく了承した。その肩は力なく落とされてはいるが、出来なくはないのだ。とてつもなく難しいが。
景光は223レミントンの入ったギターを手にとると、待機していた車両を出る。伊達や他公安の誘導が効き始めたのだろう。祭り会場から出てくる一般市民に紛れ、想定されるポイントからもっとも狙撃のしやすい場所へと向かうのだった。

降谷がすべての指示を出し終わるころには、夜空には花火が打ちあがっていた。少しずつ避難誘導されてはいるものの、まだ人は多く、との距離は縮まらない。しかし、彼女が向かっているのだろう河原に近づくほど、人波は薄れてきた。
距離が近づいていけば、慌てたようにが必死な形相で降谷を見る。「来ないでくださいってば!!」
だが安室は足を止める気配はなく、人が薄れていけばスピードを上げていくばかりだ。
は奥歯を噛みしめると叫ぶ。
「安室さんなんて、嫌いです!」
の拒絶に、しかし安室は手を伸ばす。
安室との距離も縮まっていたが、河原までもあと僅かだ。迫る手を避けるように、は目指していた河原に小さく息を飲み、覚悟を決めると、橋から飛び降り、身を投げた。
どこに向かったとしても人がいて、巻き込んでしまう。ならば水中に爆弾を持っていくしかない。覚悟を決めて投げたの体は、しかしすぐに暖かな温もりに包まれた。
を抱え込んだのは、躊躇いなく追って飛び降りた―――安室だった。
目を丸くするの両腕から、すぐさま爆弾が奪われる。褐色の腕で抜き取られたそれは、次の瞬間頭上高くに投げられる。
待ってました、とばかりに川下のポイントからスコープで覗いていた景光は弾丸を放つ。
放たれた弾丸は爆弾に当たると、空高く打ち上げられた。爆弾すら貫通しない、厄介な性質がここで役に立つ。
空へと打ち上げられ、たった数秒。
鋭い閃光を放ち、爆弾は爆発する。同時に、夜空に鮮やかな花火が打ち上げれた。
赤、黄色、橙の鮮やかな大輪。
放たれた規模の大きな爆弾は、タイミングよく打ち上げられた花火により紛れていった。

どぼん、と水に沈んだは、反射的に目を瞑っていた。しかし掴まれた手に力強く引かれ、すぐに水上へと顔を出す。
死を覚悟していたのだ。だがを追い、安室も飛び降りてからの突然の出来事に、彼女の脳は追いつかず、目を白黒させた。
呆然とする彼女を、引き上げた降谷は力の限り抱きしめた。
の意識が、爆発した爆弾の残骸と、打ち上げれる花火から目の前の人物へと移る。
骨が軋みそうなほど、強く抱きしめる降谷の表情はの肩の向こうにあり、見えない。
「安室さん、痛いです・・・。」
状況はてんで理解できないもの、力強い腕に思わずは苦言を呈した。
ややあって降谷はその力を緩め、を見る。見下ろす安室の前髪から滴る水がの米神へと落ちた。
を見下ろす蒼色の目が、彼女を射る。例え嫌われ、拒絶されようとも、安室は手を伸ばすのをやめようとは思わなかった。
目が細まり、頬に掌が伸ばされる。
「―――それでも、俺は愛してる。」
同時に浮かんだ大輪の花にも負けない距離で、告げられた真摯な声が、に届く。
何故か何時の日か花火の音で掻き消えた言葉を、必死に告げる子供の様子が脳裏に浮かんだ。
口の動きが一部、重なる。闇夜でも輝く金色の髪。褐色の肌に、朧げな幼い輪郭も、あれから成長したかのようだった。
少女の、はずであった。少なくても可愛らしい容姿に、はそう思っていたのだ。
は目を見開いた。
必死にの手を握っていた零ちゃんが―――成長した彼が、そこにいた。


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