DreamMaker2 Sample 目の前の優男にガタガタと体を震わせる女性。方や優男は風がそよぎそうな程爽やかな笑顔と端から見れば異様な光景である。
しかしその日は平日のランチタイム前、人が空く時間帯だった為、生憎見咎めたものはいなかった。
あからさまに恐怖するに、青年はしかし浮かべた笑みを僅かにも崩さない。優雅な所作でモーニングプレートをテーブルの上に置くと、思わずは肩を揺らした。
「どうぞ、ごゆっくり。」
と、青年は柔和な笑みを崩さずそ知らぬ顔である。
正に人畜無害が似合う笑みで先日の狂気の片鱗もない。いやいやいや嘘だ、貴方恐ろしいドライブテクニックかましてましたよね。こんなイケメンそうそういてたまるか!私は騙されんぞ!
何事もなかったようにその場から踵を返した青年には胡乱げな眼差しを向ける。しかし彼は料理を置いて、そのままカウンターへと戻ってしまう。確実に殺られると思っていたは眉を潜めた。
どういう事だ・・・?まさか、料理に毒でも持っているんではなかろうな・・・?思わず睨め付けるように料理を見た。
色鮮やかな野菜が入ったポトフは湯気が立ち上がり添えられたパンの香ばしい香りが漂う。臭いにつられてぐうと腹の虫が鳴りそうである。
食べてと言わんばかりの見た目から食欲をそそる料理に、はごくりと生唾を飲み込んだ。

「はっ!」
気が付いたら、皿の上の料理が綺麗にさっぱりなくなっていた。
なんというミステリー・・・。ミステリーも何も、が誘惑に負けて一口料理を口にし、あまりの絶品さにそのまま手が止まらなくなっただけである。
の顔色がさっと蒼褪めた。まさか美味しい料理で肥わせて・・・はないな、さすがに。どこのグリム童話である。一人頷き、納得するだった。
その時頭上から、小さく笑う声が降ってきた。「ふふっ。お口に合いましたか?」
「余程お腹が空かれてたんですね。」
「ヒェッ!」
勢いよく振り返ると、すぐ横に例の青年が立っているではないか。忍者張りの足音のなさに、喉の奥から奇妙な声が漏れた。
挙動不審なに、しかし青年はにこにこと笑みを崩さない。だからなんなんだ無駄に爽やかなその笑みは!狂気の笑みを見たとしてはどうにも、温和な笑みに裏があるようにしか感じられなかった。思わず肩を縮めるに、そこで青年は小さく小首を傾げた。
「失礼ですが、お仕事、探されてるんですか?
お昼には早い時間に、スーツ姿でご来店されて、鞄も靴も普段使われてないようで汚れも見当たりませんし、今は6月で、時期的にも新社会人ではないでしょう。」
え、何この人、こわい。
にこやかな笑みからスラスラと流れる指摘に、は唖然とした。一般的な業務でしかと接していないというのに、よくもまあそこまで分析出来る。
いや、でもただ単に観察眼が鋭い人なだけかもしれないし・・・。青年がそこでに向かって片目を瞑ってみせた。
「なにより、見るつもりはなかったのですが、鞄から履歴書が覗いてましたからね。」
その爽やかな笑みには、やはり先日の片鱗など微塵も見当たらない。料理には何も盛られていなかった。もしや、本当に人違いか・・・?
そう思い始めたは恐る恐る、そこで初めて彼に返答を返した。「じ、実は、その通りでして・・・。」
「もし良ければ、うちで働きませんか?」
青年からの思わぬ誘いに、は目を丸めた。
「丁度人手が足りなってきてまして。僕もアルバイトですけど、待遇は良いですよ。」
と、そこで彼は人指し指を立てると、すぐに指を2本立てて見せる。「1時間で基本これくらいです。」
思わずの上半身が前のめりになった。青年はあからさまに食いついた彼女に引くことなく、笑顔で続ける。
「繁忙期には上乗せもありますし、お休みも基本通ります。保険も条件に応じてありますよ。
マスターには僕が口添えしますよ。僕もまだ入ったばかりですが、マスターが優しい方で、スタッフを信頼してくださってるので、大丈夫です。」
なに、この好条件。降って沸いた幸運である。
しかし、しかしだ。勧誘の相手が先日の人物と思わしき青年のため、は再び勘ぐりそうになっていた。やはりあんなイケメン、そうそう見間違うはずがないのだ。ここまでくると、怪しく感じてしまう。
危うく外見に騙されそうになっていたが、ここはやんわりと断るべき、との理性が告げていた。
「でも、私料理下手ですし・・・。」
これは本当であった。そもそも、ジリ貧であるにも関わらず家で料理を作り節約をしないのは、は壊滅的に料理が下手だからだ。前世からの織り込みであり、外見こそ変わったものの、中身のスペックは基本変わっていない。
残念だ、といわんばかりに首を振れば、しかし青年は笑顔で告げた。
「安心して下さい。僕が教えましょう。こう見えてもも料理が趣味でして。こちらの料理は僕が作ったんですよ。」
なぜだ、なぜこうも食い下がる。
見た目も加わり、一見親切心しかないように見える。見えるが・・・はやはりあの笑みが忘れられなかった。ここははっきりと断ろう。そうだ、そうしよう。
決意も新たに青年を見やれば、そこで彼は身を屈めてに囁く。
「勿論、賄いもあります。」
「宜しくお願い致します。」
悪魔の囁きだった。
警戒すら吹き飛ぶ料理に、の胃袋はすでにがっちり捕まれていた。理性では本能に叶わなかった。
気が付けば即答していたであった。


それからすぐに手続きは行われ、1週間もたたずは青年、安室透が働く喫茶店ポアロで働くことになった。
なんだか上手く丸め込まれたような気がしなくもない、とは感じてはいたのだが、しかしその後めげずに行っていた就活は どうにも惨敗続きであった。まるで敢えてブラック企業しか外旋されていないような気までする。疑心暗鬼になりながら書類を送り、面接を繰り返し、 落ちる日々を繰り返していたが成果は実らず、あっという間にポアロへの初出勤日となっていた。
やはり生活費を考えれば背に腹は代えられなかった。は思う。こうなれば、殺れる前にやるしかない。
奴の優男風の化けの皮を剥がしてやる!そう意気込み、警戒しながら、はポアロへと出勤したのであった。
その数時間、分厚いかと思われた奴の化けの皮が、早くも剥がれることになる。
「どうしてこうなったんです?」
にこにこと笑みは浮かべて小首を傾げるその様は、一見以前のままのように思えた。
しかし、なんだろう、この威圧感・・・。
初出勤日、まずは基本の食材を洗って切る。事前に説明されたレシピで、サンドイッチを作ることになった。
しかし、出来上がったそれは水分を多く含み、しっとりどころかぐっちょりとして、挙句中身の具材は歪で、あちこち飛び出ていた。
少し離れた後に出来上がりを見に来た安室は、笑顔ではあるが、どうにも、穏やかではない。
「言われた通りに作って下さい。小学生でもまだマシに作れますよ。」
笑顔で多少毒は吐かれたが、それでもまだこの頃はよかった。

「塩と砂糖、間違えました・・・。」
「それだけではないでしょう。」
「あと黒蜜と醤油も間違えました・・・。」
爽やかな笑顔のまま、人の頭を割る勢いで鷲掴でくるまで、あと数分。




/ TOP /