DreamMaker2 Sample 玄関を開けるなり肌に差す冷え込んだ空気に、思わず吐息を吐く。空は白ずみはじめたばかりで、日はまだ昇っていない。
扉を施錠して、安いボロアパートの階段を降りると、凍えた空気にカンカンと足音が響いた。
階段を下り終えたところで、視界の端に明るい色がちらつき、は思わず視線を向ける。
師走はすぎ、ゆっくりと春に向かっているのだろう。いつもは仕事中に上る太陽が、東の空から昇り始めていた。
それにふ、と自然と肩の力が抜ける。そのままぐっと背筋を伸ばすと、寝ぼけていた脳に活を入れ、は意識を切り替えた。
―――さて、今日も無事に、走らせますか!

朝から夜までモノレールを走らせる。決して時間に遅れずに、運航する。それが私鉄モノレール運転手であるの仕事だ。
高校を卒業するなり、は進学せずに鉄道業に就職した。たまたま目に入ったポスターに、駄目もとで面接の応募をしたのだが、人手が足りなかったのかそのまま就職することが出来たのだ。
は孤児であり、進学する金銭的余裕がなかった。しかしそれは後付けであり、としては進学すれば安定した職に就く可能性が高くなるといえど、もう1度学業をやり直すのは苦痛だったのだ。
には1つだけ、誰にも言うことが出来ない秘密がある。
言おうものなら真っ先に精神を疑われ、憐れんだ目で見られるか、最悪精神病院行きなのはたやすく予想できるからだ。しかし、今話すべきはその事ではなかった。
彼女が勤務中の現在、混乱する現状が目の前に起きたのだ。
秘密がある故、滅多な事では動揺しないは、この時ばかりは大いに動揺した。
―――あ、ありのままに、今起きたことを話すぜ!
時間にずれなく、丁寧、かつ精密に俺はいつもどおりモノレールを運転していた。
ところが、突然、目の前の線路に、そう、線路だ。道路ではない。しかもレールの上を走っているモノレールの特性上、右を見ても左を見ても、今走っているレールが伸びるのみで脇道はないというのに。
―――白い車が、落ちてきたんだ。しかもその車は、何事もなかったかのように真っ直ぐにこちらに爆走してきやがる・・・むしろ加速していた・・・。
な、なにを言っているのかわからねーと思うが、俺も何が起きたのか分からねぇ・・・。

え、本当なんなの馬鹿なの死ぬの?いや冗談なく死にます。

は勿論、一瞬目を疑ったものの、すぐに条件反射のレベルで緊急停止ボタンを押した。けれで距離が近すぎる上に、対面から走る車も、思いっきり加速してくるものだから、到底間に合いそうになかった。
汗という汗が吹き出し、緊急停止に車体が揺れる中、逃れられようのない目の前の現実に、それまでパニックになっていた思考が、突然振って降りたように冷静になった。
は思う。ああ、転生して20年あまり。前世ですらなかったのに、人様を殺めて、恨まれることになるなんて・・・こんなのあんまりだ・・・。
の誰にも言えない秘密、それは前世の記憶があるということだった。その為、幼少のころからおとなしく、手のかからない子供で、天才とも周りから思われることもあった。しかしその中身は凡人で、 加えて今世は前世より努力をしよう、などと思わない、惰情な性格をしていた。結果、成長していくにつれ、周りが前世と同じ知識を付け始めればただ知識があっただけの彼女は、周りに埋もれていったのだった。閑話休題。

せめてこのまま殺めてしまうのだろう、車の運転手をは見る。白い車のスポーツカー。初めはぼんやりとしか見えなかったが、正面から向かってきているため、すぐに運転手の顔が露わになった。そこで、留まることのなかったの思考が停止した。
運転手は色黒に金髪蒼眼という日本人離れをした、イケメンだったからではない。その隣の助手席に、眼鏡をかけた少年が乗っていたからでもない。いや、語弊がある。2人だったことに、勿論は動揺はした。したが、それ以上の衝撃が上回っていたのだ。
笑っていた。
金髪の驚くほどのイケメンが、瞳孔をかっ開いて笑っていたのだ。まっすぐに車体に向かいながら、まさに狂気、というか2、3人、人殺しましたよね??と思わんばかりの顔である。
そんな笑みを、とんでもイケメンが浮かべているものだから、正面から見たはもはや思考が吹っ飛ぶ。次に浮かんだのは壮絶な恐怖である。
レールに落ちてきた挙句、走る車体に向かってくるのだ。そりゃまともな人である訳がない。納得である。納得であるが勘弁してほしい。確実に夢に出る。
その人や少年を轢いてしまうだろうことすら、その瞬間忘れてしまう程、は恐怖した。しかしいよいよぶつかるという直前で、さすがに我に返ったのだが。
そこで歯を食いしばっていたの口が開く。
衝突する寸前だった。
―――正面の車が消えたのだ。
こればかりは、信じられなかった。まだ直前で透明になったとかならば、は信じられたかもしれない。オカルトであれば、転生などしているは比較的すぐに受け入れやすい。しかし、そうではなかった。
見間違えでなければ、目前で車体が傾いたかと思えば、90度に車体を上げたのだ。
片側のタイヤだけでバランスをとり、そしてそのまま、モノレールの横に張り付くように、僅かなレールの隙間を走っていった。
ちょっとなにがおきたのかわかりませんね。

そのあと、物にぶつかった衝撃も、大破する音もなく。
しばらくして、緊急停止したモノレールに何があったと本社から連絡がくるまで、は呆然と意識を飛ばすのだった。
そして混乱を極めたが、上記の内容を通信でありのままに話すと、隣駅につくなり引きずられるように運転を交代となり、そのまま、戻ることはなく。
彼女は精神面で就労に問題があるとされ、仕事をクビになるのだった。


面接帰り、適当に入った喫茶店にて。は思い切り項垂れていた。
就職氷河期。加えて高卒であるに、次の仕事はなかなか決まらなかった。
どこもかしこも、書類選考の時点で落とされ、今日のように珍しく面接まで進められたと思えば、面接がおざなりな、傍目から見ても振るい落とす気満々なものか、明らかに事前に開示された事業説明と異なっているブラックな企業。
辛い。何が辛いってそろそろもともと余裕のなかった懐具合だ。あと数日もすれ貯蓄も底をつくであろう。
しかし、人間とは食べなければいけていけないもので。ふと時間的にはランチに入ってもおかしくはないが、ぎりぎり間に合う目に入った格安モーニングに、飛びつくようには中に入った。これで数日生きていくしかない・・・つらい・・・。
もはやアルバイトも止む無しではあるが、如何せん、今世は物騒で、簡単に採用されるコンビニ等は避けたかった。
この街では誘拐、殺人、銀行強盗、果ては突然の爆発まで割と頻繁にある。が仕事をクビになった日も、数日前に起きた爆弾テロが、次は霞が関を狙っていたなどと、突然の緊急非難で、ほとんどの首都の人間が外出を控え、モノレールには社畜である以外、ほぼ乗っていなかった。
そういった事情もあり、白い車の目撃者は以外誰もいなく、幻覚扱いにされ、がクビにされる事になったのだが・・・。
しかし、あれは決して見間違いなどではなかった。あんな恐怖の笑みを浮かべるイケメンなど、そうそう忘れられまい。実際、数日は夢に出た。
思い出し震えが背筋を込み上げた時だった。パンの焼けた香しい香りと共に、やたらとさわやかな声が降ってくる。
「お待たせしました。モーニングセットです。」
「あ、・・・・・・。」
ありがとうございます。そう言おうとしては固まる。
爽やかな声の持ち主は、色黒で金髪、蒼顔だった。とても見覚えのなる配色である。
加えて早々出会うことのない、驚くほどのイケメン。見間違えがなかった。
以前の狂気の笑みの片鱗すらない爽やかな笑みで、あの日のイケメンがモーニングセットを片手に立っていた。

一瞬にして当時の記憶が鮮明に蘇る。
の体が恐怖に震えだした。
転生して20年あまり。まさか人を殺めそうになった数日後に一度として味わったことのない恐怖に見舞われるとは思いもしなかった。
あ、これ殺られる。
南、合掌。心の隅で、冷静な自分がそっと掌を合わせた。

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