DreamMaker2 Sample 青々と茂る緑の下で、蝉が忙しなく鳴く。照り付ける日差しに、額からじわりと汗が滲んだ。伸び放題の雑草をヒールで難なく踏み越え、慣れたように進むうちに、蝉の合唱に紛れる声が一つ。
古びた建物の日陰で、泣いている少年がいた。
白衣を羽織る女性は、少年を見つけると安堵の吐息をはく。「また、こんなところに。探したのよ、零君。」
「せんせい・・・。」
金髪の髪に蒼色を潤ませた少年が振り返る。
ヒクッと小さくしゃくりあげなからの返答に、少年を見つけた女性は笑みを浮かべた。
「悪いことをしたって思うなら、謝らなきゃ。」
しゃがみこみ、視線を会わせると少年は眉を寄せた。
「だって、あいつらが俺の色の事を馬鹿にしたから・・・。」
少年の肌は浅黒く、髪は金色、瞳は蒼だ。共に孤児院で暮らす子供達は黒髪黒目で明らかに異なっていた。それを理由に、少年はよく周りからからかわれ、仲間外れにされている。
それを仕事の合間に、ボランティアで孤児院に顔を出していた彼女、エレーナは知っていた。実際に同じ外国人で比較的少年も聞き入れてくれるエレーナは、喧嘩の仲裁も何度も行ったことがある。
しかし、彼女は知っている。つい最近、生まれた時に戸籍を申請されなかったのだろう、出生不明の少女が孤児院にやってきた。
彼女は自分の名前以外、記憶が曖昧だという。だが孤児院の子供たちよりも年上な事もあり、物事をはっきりと言い、加えて零を仲間外れにする様を見て、眉を顰めた。
その当時の様子を思い出し、思わず頬が緩んだ。「ふふっ」
「嘘はいけないわね、零君。先生、見てたわよ。ちゃんが、悪口を言っていた子達に怒ってくれたわよね。」
眉を顰めた少女は、次の瞬間、怒涛の勢いでいじめをしていた少年達を諫めた。あくまで笑顔で、少年たちが泣かないよう声を荒げることはなかったが、それでも最後には虐めた少年たちは涙目だった。
「皆も反省して、零君に謝りたかったはずよ。」
「・・・。」
「恥ずかしかったのよね、零君。」
押し黙った少年にがそう言えば、俯いた彼は弾かれた様に顔を上げた。
「あいつ、変だよ。なんで俺なんかに、構うんだ。俺は・・・皆と違う色なのに・・・。」
言うなり、少年は歯を食いしばる。彼はそれまで、周りに爪弾きにされていた。
孤児院の仲間だけではない、零を見かけた人は、大人でも物珍し気な目を向けるし、唯一受け入れてくれる両親は、零が物心ついたころかいなかった。
金髪蒼眼と明らかにハーフではなく、外人の子供であるにも関わらず、彼が日本にいるのは、両親が不明だったからだ。
同じ血が流れる両親にすら捨てられた。彼は気が付けば、周りと違う自分を、自分でも異質だと思うようになっていた。
彼と同様外人であるエレーナは、彼が育った経緯から零の心情がよく察せられた。だからこそ、今が絶好の機会であった。
「それなら、ちゃんに直接聞きなさい。」
きょとんと眼を見張る零に、エレーナはしゃがんでいた上半身を起こすと、後ろに視線を向ける。
恐る恐る視線を向ければ、草木を掻き分け、少女がこちらに向かってきていた。「零ちゃん!先生!」
笑顔でこちらに駆け寄ってくる少女こそ、であった。最近孤児院に入ってくるなり、やたらと子供たちに馴れ馴れしい。それは零も、例外ではなく。
少女は黒髪に黒目、典型的な日本人だ。だからこそ、零は狼狽えた。
「近づくなよ!」
零の怒鳴るような声に、駆け寄ってきていた足が止まる。肩を荒げ、を睨みあげる零に、彼女は目を瞬かせた。
その場にいるエレーナに視線を向ければ、彼女は肩をすくめ、任せたといわんばかりにウインクを一つ投げてよこす。
中学生であるは、零より幾つも年上であった。その為、彼が何に気を立てているのかが分かった。しかし、彼女はまだ孤児院にやってきたばかりだ。新参者のよりも以前から孤児院に来ており、現状をよく把握し、打開も出来るであろうエレーナは、しかし完全に見守る姿勢である。
は頬を掻くと、ぽつりぽつりと話し始めた。
「えっとね、確かに零ちゃんは人種的に日本人じゃないと思うよ。
きれいな金髪に肌は健康的な小麦色で、対照的に目は透き通るような蒼。お人形さんみたいだよね。」
零のような難しい年頃の子に、余計拗れてしまわないよう、は思ったことを素直に告げることにした。
睨みつけるように見てくる零に、毛を逆立てる猫のようだ、と思いながらそろそろとは続ける。「でも、違うのは零ちゃんだけじゃないよね?」
「ヒロ君は一番背が高いからってリーダーぶってるし、南ちゃんは目が二重でくりくりしてて可愛い、晴太はふっくらしてるし、太郎は出っ歯。私は・・・この通り可愛げがない。」
最後は気を抜かすために言ってみたが、しかし零の鋭い目つきは変わらない。は自らの自虐が滑ったことに慌てて、エレーナを振り返る。
「みんな違ってみんないい〜〜〜ってほら、歌にもあるよね?先生。」
にエレーナは頷くが、零はしかしまだ難しい顔のままだ。可愛い顔が台無しになる険しさである。は肩を落とす。「あ、分かってない顔・・・。」
「あーえーっと、つまり・・・皆、ここにいるよね?」
最早自棄だった。元よりは理論的に物事を話すのが苦手であった。馬鹿ともいう。何いってるんだ、こいつ?と眉を潜めた零に、僅かにも表情に変化が現れたと、はチャンスとばかりに捲し立てた。
「日本にいて、暮らしてるんだから、違う人種でも、私たちは同じなの。
零ちゃんも、日本人なんだよ。」
有無は言わさん。理解するな、感じろ。
は素早く近寄ると、まろみを帯びた零の手のひらを掴んだ。
「ほら、帰ろ!」
突然のことに肩をびくつかせた零に、は安心させるように笑みを浮かべた。
「ヒロ君はほら、南ちゃんが零ちゃんと仲良しになりたがってたから、あんな事を言い出したんだよ。
日本の嫌な上下関係が出来ちゃってる晴太と太郎は便乗しただけ。
根っこはいい子だから、ちゃんとオハナシをしたら理解してくれたから、大丈夫!
あの子達も反省して、零ちゃんと仲直りがしたいんだよ。」
オハナシには物理も含まれたとかは、この場では言うまい。笑顔で諭した後、仲直りさせようとしたの手を零は払った。途端一度は反省したものの、学習せず少年達は悪口を言い始めた為、教育的指導で頭にたん瘤を作ることとなる。しかし彼等が半泣きで反省しているのは、確かである。
仲直りさせるべく零の小さな手を引くと、ぼそりと零が呟く。
「・・・なんかが、」
「ん?」
「・・・俺は、一緒にいていいの?」
顔を俯かせて、恐る恐る見上げてくる零に、は歯茎を見せて笑った。
「とーぜん!」
の返答に、零はきゅっと口を引き結ぶ。力強く引かれた手に、泣いてしまいそうだった。堪えながら顔をあげると、少年には少女の黒髪が、きらきらと輝いて見えた。
日がじりじりと照り付ける日だった。



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